Kiss in the Moonlight

 Story=16-----02
蹄の音が、騒がしく闇の中に響く。
奮い立たせる靡く鬣が、皓々と降り注ぐ月明かりの下で輝きながら、二人の姿を捕らえている。
これからどうなるんだろう…。
後ろに隠れたままで、あかねは現状の行く末に戸惑っていた。
しかし友雅はといえば、震えもせず迷いもせずに、大きな壁のようにあかねの前に立ちはだかっている。

……友雅さんっ…無理しないで…。
信じているけれど、それでもやっぱり心配だから……。
護ってくれるのは嬉しいけれど、そのために友雅さんが倒れたりしたら…私…。
そんなあかねの心に気付いているか分からないが、友雅は睨み合いを続けている。

だが、蹄を叩く音が徐々に勢いを増してきた。
ターゲットに狙いを定めたのだ。
もはや、あの優美な聖獣の面影などなかった。
ここに集まった生き物は、人間たちを狙う荒くれの獣と大差ない。

ヒュワウ------!!
今まで聞いたことのない、遠吠えのような嘶き。
馬でもなく、オオカミでもない。
まるで、竜巻を連れて来る風のような声が広がった。
来る。
ユニコーンは目標に向かって助走を始め、白銀の長い角を友雅へと向けた。

その時、金色に輝く流星が目の前を走り抜けて行った。
それは勢い良く闇を切り裂き、ユニコーンたちを威嚇するように落ちて、地上に突き刺さった。
金色の矢羽根はそのあとも、数本流星群のごとく流れてくる。
ユニコーンたちの視線が二人から離れ、向けられた方向からシルエットが近付いてきた。
「おまえら、逃げろ!」
ザッザッ…と、草原を踏む音が激しく聞こえる。
大振りのソードを手にした頼久と、そのあとを走ってくる天真の声がする。
「あかね殿をお連れになって、逃げて下さい!私たちが何とか片付けます!」
狂乱しているとはいえ、ユニコーンは聖獣。殺めてはならないことは、誰もが暗黙の了解。
峰打ちか居合い。または急所を狙うか、矢羽根には麻酔薬。
彼らを鎮めてられれば、それで良いのだ。もしくは上手く捕らえられれば、この騒ぎの真実を解明することも出来るはずだ。
ヒュワウ!ヒュワウ!と嘶きながら、ユニコーンは天真たちに向かってゆく。

「とっとと来やがれ!」
突進してくるユニコーンを、天真はカッと目を見開き迎え撃つ。
その間も、遠距離から矢羽根は幾度も飛んできて、ユニコーンの注意を引いた。
「おらぁっ!」
一瞬の迷いを見逃さず、天真の手が長い角を捕らえた。
もちろん大人しくなるはずもなく、ユニコーンは身体を激しく揺さぶり、天真を振り払おうとしている。
一方頼久の方は、襲いかかってくる鋭いその角を、刃先で払い除けるのに精一杯だった。
「と、友雅さんっ…どうすれば良いんですか…っ!」
「取り敢えず逃げた方がいいかな」
参入してきたのは二人でも、背後には数人の力が働いている。
ここは頼久に言われたとおりに、あかねを避難させることを第一に考えた方が良さそうだ。

友雅は、あかねの手をぎゅっと握りしめた。
ユニコーンが天真たちに気を取られている間に、この場から立ち去らなくては。
逃げる場所は…取り敢えずみんなのいる方面が良い。
彼女の手を引いて、友雅は足早に走り出した。
「友雅さんっ…!て、天真くんたちが…」
「大丈夫。彼ら二人なら、あれくらいどうにかなる。任せていても平気だよ。」
幸いまだユニコーンたちは、あかねたちが逃げ出したことに気付かず、頼久たちと交戦を続けている。
一刻も早くどこかの場所を探して、落ち着くまであかねの身を隠さなくては。
あかねさえ無事なら、あとは自分も参戦しても良い。
とにかく、まずは彼女を避難させることが先だ。


二人がこちらに駆けてくるのを、永泉が気付いた。
「泰明殿!あかね殿と友雅殿がこちらに戻ってこられます!」
「着いたらすぐに、あかねを崖裏の穴に避難させろ。あそこなら気付かれん。」
遙か霊山に続く崖には、強い神気が宿っている。
龍の加護を持つ龍胱山とあかねの気は、似た性質を持っているので、その中に隠れれば存在を誤魔化すことも出来るだろう。
「でもっ…泰明さん、あのユニコーン…なかなか観念してくれないですよ!」
さっきから矢を射っているが、諦める様子はない。
臨戦態勢を全く崩さず、頼久たちに食って掛かっている。
ずっと矢を放つ詩紋の腕も、さすがに少し疲れてきた。
「この状態が長引いちゃ、天真と頼久も疲れて来るぜ!?そうなったら、ヤバイだろ!どうすんだよ!?」
「だからと言って、殺めることは出来ません…」
どうすれば良い?少し荒っぽい手を使うしかないか?
だが、それならば、まずは友雅があかねをここに連れてきてから…………

「おい、泰明!!まずい!」
イノリの叫びに、呼ばれた泰明だけでなく、詩紋や鷹通たちもはっとした。
友雅たちの背後から、一匹のユニコーンが神速とも言えるスピードで、二人の後を追い掛けてくる。
二人は急いでいるせいで、おそらく背後には気付いてない。
しかしその距離は、あっと言う間に狭まってしまう。
「どうする!あのままじゃ捕まっちまうぜ!?」
鷹通と詩紋が、即座に標的をそのユニコーンへと向けた。
そして矢を射ろうとしたとき、突然友雅の足がその場で止まった。
何故、そこで止まる!?
ユニコーンは、すぐこそにやって来ている。
角を延ばせば、あと2メートルもない。あのスピードで突進してきたら…身体を間違いなく貫かれる。
たまりかねてイノリが、二人を助けようと飛び出していった。

友雅は背を向けたままで、振り向こうとしない。
迫ってくる蹄の音に気付かないはずもないのに、あかねを腕に抱えてその場に立ち尽くしている。
「バカヤロー!そんなところで立ち止まってんじゃな……」
自前のダガーを両手に携え、イノリが駆け付けてくる。
その瞬間、あかねは思い切り背中を押され、よろめくように身体を傾かせた。
彼女はふらりとして、イノリに抱き留められる。
それと、ほぼ同時。
角を突き立てるユニコーンの目前で、瞬時に友雅が後ろを振り返った。

ひるがえしたバスタードソードの刃は、角の先端を抑え込んで相手の攻撃を防ぐ。
「…悪いけど、簡単にやられるわけにはいかないんだよ」
じりじりと粘るユニコーンと、友雅は真正面からにらみ合う。
「イノリ、あかね殿を先に連れて戻りなさい。ここは、私が何とかする。」
「何とかするって…そんな!」
言われたとおりに連れ帰ろうとしたが、あかねは友雅の側から離れない。
いくら一匹だけだとしても、その形相は悪魔に魅入られたように凶暴化している。
間違いなくあの角は、彼の心臓を突き破ろうとしているのだ。
油断を許さない一対一の戦況に、背を向けて立ち去るなんて…出来ない。

「お願いイノリくん!私、一人で戻るから…友雅さんに力を貸してあげて!」
「えっ!?いや、ちょっとそれはっ…」
一人で戻るって言われても…。
そりゃここから泰明たちのところまでは、目と鼻の先くらい近距離だけど、この状況で一瞬でも彼女を一人で行動させるのは、まずい。
「聞き分けないことを言わないでくれないか。イノリ、気にせず彼女を連れて行きなさい。」
「でもっ…!!」
刃を盾にしながら、友雅は振り向いて合図をする。
"君もまた、彼女を護るためにここにいるのだから"と。

イノリは、友雅の意見を優先することに決めた。
気に止めるあかねの手を、半ば強引に引っ張って、全速力で泰明たちの陣へと駆けていった。



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Megumi,Ka

suga