Kiss in the Moonlight

 Story=16-----01
「俺…ユニコーンなんて、初めて見た…」
「綺麗だね…。月明かりに照らされて、青白く光ってるみたい…」
優美かつ清らかな姿は、夜の闇の中で神秘的なシルエットを浮かばせる。
しなやかな身体と、緩く靡く白銀の鬣。
白馬よりも、天空を翔るペガサスよりもその姿は美しく、誰もが目を奪われた。

まず、一匹があかねの方へと、静かにやって来た。
その後ろから更に数匹が、そしてまた背後に影が浮き上がり…ゆうに10匹ほどいるだろうか。
彼らは彼女の元へ、迷わず近寄ってくる。
そして最初の一匹が、あかねの目の前で止まった。
彼女がそっと手を伸ばすと…ユニコーンは膝を折り、その場に腰を下ろした。
鬣を静かに撫でると、まるで猫が喉をならしているかのように、大人しくあかねの隣に寄りそう。
「すごいね…。本当に女の子のところでは、大人しいんだね…」
まるで幻想絵画のような光景を目の当たりにして、詩紋はそうつぶやいた。

「でも…ユニコーンが来るってことはさ、やっぱ今まで何もなかったんだな」
「え?何が?」
詩紋の隣にいた天真が、やけに現実的な口調で言った。
「いやさぁ、ユニコーンって生娘にしか近寄らないんだろ?ってことはさ、つまりあかねは…まあ、そーいうわけってことだよな。だから、友雅のお手つきはなかったって証拠だろ」
「ちょ、ちょっとこんな時に何言ってんだオイッ!!」
今度は後ろにいたイノリが、少し顔を赤くして身を乗り出してきた。
しかし、しれっとして天真は振り返る。
「だって、三年も付かず離れずにいるんだぜ?しかも、あの友雅がだぜ?何かやらかしたって、不思議じゃないだろ?」
「それはそのー、まー、そのー…」
ぽりぽりぽり……。思わず皆が、口ごもる。
"あの友雅"という言葉に、はっきりとしたフォローを誰も返せない。

が、こういう時に全く無感情で反応出来る男が、一人いる。
「その心配はない。友雅は何があっても、一線は越えられん。」
ダークグレイのマントを羽織り、数珠を手にしていた泰明が言った。
「もし、本当に友雅があかねを欲しいのであれば…尚更手は出せん。」
選ばれた時から、決められてしまった運命。
心がどんなに求めても、伝えることは出来ない。
それなのに、彼は永遠にあかねのそばで生きることを強いられる。
誰よりも近くにいられるけれど、近付けないという理不尽さ。
だから二人は、相手のエリアに踏み込むことは出来ない。
いつまでたっても、ボーダーラインはそこに存在していて…。

「最後は、あかねが決めることだ。」

踏み出せる権利を持つのは、彼女だけで。
彼は、ただそこにいるしかない。




物音など、殆ど感じさせない。
一匹ずつ集まってくるユニコーンは、あかねを中心に輪になるように並び始めた。
…しかし、美しいものだな。
木の上から様子を見ていた友雅は、自然とそんな風に思った。
これまで何度か、本物のユニコーンを目にしたことがある。
だが、ここのユニコーンたちの美しさは、他のものとは格段に違うようだ。
こんなにも美しい彼らが、女性たちや旅人たちを襲うなんて…どうも信じがたい。
実際目の前で彼らは、あかねに寄り添って大人しくしているというのに。

あかねは、自分のそばにいるユニコーンの鬣を、ずっと優しく撫でている。
清らかな乙女にのみ懐く…という言い伝え。
まさに上級巫女となる彼女に相応しい、と言えるか。
乙女とユニコーン。
まばゆいほどに、美しく聖なる景色だ------------


--------と、友雅は何かの異変に気が付いた。
一見、まったく変わりない光景なのだが、確かに今…背中に走る違和感を覚えた。
何だ?どこから、この気配は流れてくるものだ?
あかねのそばでユニコーンは、大人しくしているままだが…。
ぐるりと他のものたちに目を向けた友雅の視線が、ある一匹のところでぴたりと止まった。

おかしい。
一番最後にやってきたユニコーンだが、急に他の気配と違うものが浮き上がった。
どうしたんだ?何故あの一匹だけが……。
しかもその瞳は怪しく鈍く光り、あかねの姿をじっと凝視している。
注意しなくてはいけない。
そう思い、すぐに泰明に連絡をしようとしたが、思い掛けない展開が待っていた。
一匹だけだったはずの異様なユニコーン。
その隣にいたユニコーン、そして反対側にいたユニコーン……と、続いてあかねを見る目が変化を表してきた。

あかねはまだ、気付いてはいない。
木の間から覗く鷹通たちの陣は…やはり何の身動きもない。
あんな遠くからでは、さすがに変な動きをしなければ気付けないだろう。
だが、動き出してからでは遅い。
聖獣のその素早さで、あっと言う間になぎ倒される可能性だってある。
なぎ倒されたとしても……それでも、自分はあかねを護らなくてはならない。
ここでじっと留まって、様子見をしているだけではいけない。
友雅は、足元に置いていたバスタードソードの柄を、咄嗟に掴んだ。
そしてそれを手にしたまま、あかねの背後へと飛び降りた。

ガサッ…と、着地する音に、ユニコーンたちがぴくりと顔を上げる。
「友雅さんっ…!?ど、どうしたんですかっ!?」
あかねの腕を掴んで引っぱり上げると、友雅は彼女を背の陰に隠して、ユニコーンたちを睨んだ。
穏やかだったはずの空気が、一瞬で不穏に変わる。
それと同時に友雅はソードを抜き、彼らの鬣にも負けぬ白銀の先端を月明かりで照らした。
「友雅さん…あの、何で…?」
「私の後ろに隠れて、じっとしていなさい」
彼の手が握る剣を、ユニコーンたちは睨む。
そして、穏やかだったはずの眼差しが変化していたことに、あかねはやっと気が付いた。

…まさか、狙われてる…?
さっきまで大人しかったのに、どうして急にこんなにも変わってしまうの?
友雅の背中にしがみつき、あかねは群衆を覗くように見た。
「さて。生憎今回は、彼女を連れ去ることは出来ないよ。」
十匹のユニコーンの視線を一人で受け止め、友雅は語りかけるように言った。

あかねを連れてゆくつもりなら、聖獣だろうが容赦しない。
この剣で斬り倒してでも、渡さない。
自分自身に何度も強く誓いながら、友雅は笑みを浮かべて刃先をユニコーンへと向けた。



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Megumi,Ka

suga