Kiss in the Moonlight

 Story=15-----04
どこから情報が漏れたのか…。
まあ、出所は彼女だろう。町の者たちを操っているのだから、あっと言う間に知られても不思議じゃない。

最初にやって来たのは、宿の主人だ。
町の代表者を連れてきて、彼はあかねたちがユニコーン捕獲に協力することに、心から感謝の意を伝えに来たのだ。
「シリン様がお選びになられた方なら、間違いはないでしょう。お嬢さん、是非ともユニコーンを退治してください!」
彼は土下座するほどの心意気だが、正直あかねはしっくり来なかった。

聖獣を退治なんて…そんなつもりじゃないのに。
ただ捕獲して、この混乱の原因を解明するだけだし。
そしてこれ以上、女の子が犠牲にならないようにするだけなんだけど…。
「必ず生け捕りにして、元の穏やかなユニコーンに戻るように、私たちは全力を尽くしますよ。」
と、横から答えたのは友雅だった。
…友雅さん、私が思っていたこと言ってくれた…。
ぼうっとしているあかねを、ちらっと見下ろして彼は微笑んだ。



夕暮れになると、宿の前には人がずらりと並び始めた。
「ど、どうしたんですか…あの人だかり」
出掛ける支度をしていたあかねが、窓から外を見下ろして驚いた。
外に集まっている者たちは、彼女の姿が見えると皆ざわざわし始め、歓声に近い声を上げた。
「聖なる乙女に期待を込めて、見送りに来たんだろうね。こちらの気も知らないね、御苦労様なことだよ。」
友雅はそう答えると、あかねを窓から引き離して雨戸を閉めた。

膝下まで隠れるほどの、長い藍色のマントを彼は羽織る。
そしてあかねのマントは、少しくすんだブラウンローズ色。
泰明と永泉の呪いが掛かったこれが、二人の身を守ってくれる防具である。
「ちゃんとくるまっているんだよ。夜は冷え込むから、防寒にもなるからね。」
「はい。友雅さんも…気を付けて下さいね。」
信じ合う瞳が、互いを見つめる。

「あかね殿、御守り代わりに…キスひとつ、良いかい?」
「えっ…」
突然そんな事を言われたので、妙に頬が熱くなった。
別にキスなんて日常的なことで、照れることでもないのだけれど…なんとなく。
「キスは、上級巫女殿と最前線で護る者が、心から信頼して繋がり合っていることを確かめるため…だったよね?」
「う、うん…そうですね、ええ、そうでしたねっ」
「だからだよ。出掛ける前に、それを確かめよう?」
にっこり微笑んで、友雅は顔を近付けてくる。

…そうね、そうだよね。うん…。
誰よりも信じてるもん、友雅さんのこと。ホントに…信じてるもん。

唇が重なったあと、あかねより少し遅れて友雅は瞼を閉じた。
小さくて、柔らかくて…いつも彼女のキスはほのかに甘い。
一瞬じゃ勿体ないくらい、心が満たされてくる口づけ。
自然に手が背中へと回って、あかねを抱きよせながら、重なり合う唇と唇。
このままずっと-------------とも言えないのが、辛い。

「さ、行こうか。早く用事を済ませて、帰ってきたらゆっくり眠ろう。」
「はい。じゃ…行きましょう!」
離れた唇の代わりに、手と手が強く握り合った。


+++++


山麓までは、馬で移動することになった。
借りられた数は限られていたので、殆どは二人乗りで目的地へ向かう。
夜も更けてきた道はひっそりと静まり、時々夜啼鳥の声が聞こえるくらい。
幸い凶暴な獣は、この辺りには出没しないようで、それは安心だ。
「これでオオカミなんか出てこられたら、たまったもんじゃねえもんなぁ」
永泉を後ろに乗せて、天真が辺りを見渡しながらつぶやいた。

暗闇の中、進むに連れて靄がゆっくり漂い始める。
月明かりにてっぺんを照らされた、背の高い針葉樹。遠くに薄く見える山は、自分たちが目指す最終地点の龍胱山。
「こうして目に見えるようになると、旅も随分進んだように思えますね。」
「目を凝らしても、今までは見えなかったもんな。」
鷹通とイノリは、高い山を見上げる。
氷のように冷ややかな色をした、不思議な霊気を漂わせているそこに、上級巫女を見極める龍が天から降りてくる。
その場所であかねは龍に認められたのち、正式に上級巫女となる。


先頭を歩いていた頼久と泰明が、しばらくすると馬の足を止めた。
しーんとした広い野原。ところどころに、岩が転がっている。
そこから先に、大きな木が一本立っている。
「我々はここで待機する。この先は、おまえたちが行け。」
泰明の判断で選ばれたあかねの待機場所は、あの木の下あたり。
友雅はすぐに飛び出せるよう、木の上に隠れているように言われている。
「この年で木登りすることになるとはねえ」
苦笑しながら、友雅はあかねを乗せた馬を引く。
その腰には、あのバスタードソードが携えられている。

「友雅殿、あかね殿をよろしくお願いしますよ。」
「任せておきなさい。私たちは信頼し合っているのだから、絶対に危険なんて回避してみせるよ。」
ね、あかね殿?と覗き込む彼の唇が、どきっとするほど存在感を覚えた。
「お気を付けて。何か異変がありましたら、すぐに御連絡を…」
「心配性だな、頼久は。少し暢気に構えていていいよ。」
笑って友雅は答えたが、それはすべてあかねを気負いさせないためだと、頼久たちには分かっていた。
手綱を引き、止まっていた馬を先へと進ませる。
二人を乗せた栗毛の馬は、更に靄が広がる場所へと向かっていった。


大きな木の下では、陰が出来て月明かりもあまり届かない。
がっしりと太い幹を伝って、何とか友雅は木の上によじ登った。
「友雅さん、大丈夫ですかー?」
「ああ。たまには良いかな、木登りも。」
そうは言っても、ユニコーンに気付かれないためには、身動きも極力抑えなければならない。
声を出すのも好ましくないので、あかねと会話は控えなくては。

「じゃあ、私はここにるからね。何か変わった様子があったら、合図して知らせておくれ。」
「はい、分かりました。」
カサカサ…と葉擦れと木の枝がこすれる音がしたあと、物音はぴたりと止まった。
身に纏ったマントや、髪に馴染ませた呪いのせいだろうか。
とたんに、彼の気配がふっと途切れたような。

…女の子一人っていう設定だもんね、本当は…。
ユニコーンは、男には近寄らない生き物らしい。
近付いてくるのは、清らかな女性のそばだけ。
…つまり、未経験の…。
ああ、どうせ未経験ですよ、ユニコーンが近寄ってくる可能性大ですよっ。
でも…いつかは、ちゃんと好きな人と結ばれる予定が…多分…おそらく、ある…はずですからっ。

好きな人かあ……。
上級巫女でも、恋とか結婚とかは許されているけれど…。
好きあって、信頼しあえる人が良いな…。


------------カサ。

全く聞こえなかった物音が、どこかから聞こえてきた。
ちらっと上を見上げたが、友雅は全く動いていない。
それに、物音は上から聞こえたのではない。
もしかして…?

遙か遠くの方向へ、目を凝らしてみた。
白い靄が深まる山の麓の先。小さな小さな影が、かすかに動いている。
それは少しずつ、物音を併せてこちらに近付いてくる。

そして距離が狭まるにつれて、天に向かって鋭く伸びる長い角が、月明かりの下で輝きを放った。



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Megumi,Ka

suga