Kiss in the Moonlight

 Story=15-----03
次の日の朝、食事に集まった席で泰明が告げた。
「朝食が済んだら、私は教会に行く。あかね、友雅、おまえたちも着いてこい。」
それはつまり、昨日話し合った末の返事を、シリンに伝えに行くということだ。
「三人だけで向かうのは、危険ではありませんか。私か天真のどちらか、同行した方が良いのでは…」
一度手に取ったコーヒーカップを、皿に戻して頼久が言う。
しかし泰明は、必要ない、と彼を思いとどまらせた。
「相手はせいぜい、2〜3人だ。話をするだけのこと、特に危険はない。」
「何かあっても、私1人で十分だ。君は心配しないで、宿で待っていておくれ。」
泰明の言葉に続いて、友雅が気楽に答えた。

-------窓から覗く外の天気は、今日も晴れ晴れとした心地良さそうな日だ。


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シリンたちが住むという教会は、町の中心部に流れる川を渡って、5分ほど歩いたところに建っていた。
絵本に出てくるような、のどかな佇まいの小さな教会。
三角屋根に独特の文様の飾りと、明かり取り窓のステンドグラス。
こんなことでもなければ、見ているだけで周囲の景色と溶け込んだ、和やかな建物なのに…と思いつつ、ドアを叩く。

「まあ、いらっしゃいませ。御連絡頂ければ、お迎えに伺いましたのに。」
顔を出したのは、シリン。
華やかな容姿と不釣り合いな、質素すぎるエプロンドレスを身に着けて、金色の髪を三つ編みで束ねている。
「どうぞ中へお入り下さいな。お茶でもご用意致しますわ。ああ、お嬢さんにはお菓子もございますよ。」
「いや、ここで結構。我々は、返事だけを伝えに来ただけだ。すぐ退散する。」
泰明は誘いに乗らず、玄関先で用件を済ませようと思った。
むやみやたらに、向こうの巣に立ち入るのは止めた方が良い。
相手の塒は、相手の勝手に従う。こちらの自由が失われたら、それこそ危険だ。

警戒していることに気付いたようだが、シリンは特に様子を乱すことはなかった。
「わざわざお越し頂いてお返事…ということは、期待しても宜しいのかしら。」
「期待通りか分からんが、例のユニコーン捕獲に協力する。」
「…本当に?ああ、やはり天からのお告げを信じて良かったわ…。今度こそ、すべてを平穏に導く清らかな乙女が現れると。お嬢さん、それがまさに貴女だったのですね。」
満足そうに微笑むシリンを、あかねは友雅のそばでちらちらと見る。

すべてを平穏に導く乙女……。
上級巫女とは、確かにそういう存在である。
その存在は、惑わされたユニコーンと、戻ることのなかった少女たちを平穏に導くことも、出来るだろうか…。

あかねの肩を、友雅が軽い力で握りしめた。
その手はまるで、心配するな、と言っているように感じる。
もう、後戻りは出来ないから…信じるしかない。
自分の力と、成功と、そして彼と…仲間と。
必ず上手く行くのだと、それ以外考えないように。

「ただし、条件がある。あかねの警護には我らの仲間が着かせてもらう。これだけは譲れん。」
昨夜、地図を見ながら最善の配置場所を決めた。
男の気配を、ユニコーンに気付かれてはまずい。しかし、あかねを一人で置き去りには出来ない。
友雅には呪いを使い、男の気配を和らげさせて、出来る限り彼女の近くにいてもらうことにした。
あとは、飛び出して間に合う距離で待機だ。
「見ず知らずの赤の他人は、信用がおけない。我々が動けないのなら、この話は無しだ。」
元から自分たちは、あかねの身を守るために同行しているのだ。
こういう時こそ、力が発揮される時だ。
「ええ、それは構いませんよ。その方が、お嬢さんも落ち着かれますものね。」
シリンは泰明の注文を、すんなりと受け入れてくれた。
果たして本意なのか分からないが、承諾したならそれで結構。
あとは、こちらで動かせてもらう。

「では、出来れば早く行動に移したいのですが……今夜など、どうです?」
「こ、今夜っ…!?」
まさかそんなに急なことを言われるとは…。さすがにあかねも、それには慌てた。
だがシリンは"当然"という感じの顔で、あかねの姿も視野の中に入れて話す。
「そちらの方とはお話しましたけど、実際ユニコーンの問題はせっぱ詰まっておりますの。そろそろまた、山麓付近に荷馬車が通過する季節。それまでに何とかしないと…」
どうしても都合が着かないなら、先に元から選んで置いた少女を先に連れて行く、とシリンは言う。
「もしかしたら、そのお嬢さんが成功するかもしれませんけど…」

「ま、待って!やります!私が行きます!」
泰明から話は聞いた。
先に選ばれていた少女は、まだ12才。親の店を手伝いながら、弟たちの世話をしている働き者の女の子。
そんな小さい子を、犠牲にするなんて…出来ない。
「今夜、行きます。私が…ユニコーンを絶対に捕獲出来るようにします。」
友雅の腕にしがみつきながらも、あかねはきっぱりと答えた。
「可愛らしいだけじゃなくて、頼もしいお嬢さんなのね。本当に、今回は期待出来ますわ。よろしくお願いします。」
彼女は身を乗り出してきて、強引にあかねの手を取ってしっかりと握った。
自分よりも大きいけれど、長く白い大人の女性の手が強くあかねの手を包む。
隣で友雅が、その様子を黙って見ていることには、全く気にも止めていない様子だった。




「急な話だな。」
簡単すぎるほどの面会時間を終え、あかねたちは来た道を戻っていた。
広々としたあぜ道を歩きながら、泰明がぽつりとこぼす。
「今夜…出発か。まあ、先延ばししても仕方ない。用件は早く済ませておこう。」
それに、この問題が穏便に片付いたとしたら、彼らにも好都合なことがある。
ユニコーンが群れをなしている付近は、龍胱山への近道が続く。
あそこが安全に通れるようになれば、迂回する道より三分の一ほどの距離で龍胱山に着くはず。
旅は出来る限り、早く終わらせたい。
長ければ長いだけ、度々危険が伴うからだ。

「そのためにも…やはりこの問題は、早めに済ませよう。おまえたちも、気持ちを整えておけ。」
「ああ、大丈夫だよ。あかね殿も、平気だね?」
「…はい。頑張ります。」
歩いている間も、友雅はずっと腕をあかねに貸してくれている。
捕まる場所はここにあるのだから。
頼ってくれれば無事に終わるのだ。
そう、信じさせてくれる腕が、確かにあかねの目の前にはあった。


宿に戻って説明をすると、やはり皆も一瞬焦って戸惑った。
まさかそんなに早い行動になるなんて、誰も思っていなかっただろう。
「イノリ、武器の整備は終わっているか」
「あ、ああ。それはもう完璧だけどさ」
全員の武器も防具も、隅から隅までチェックしてある。
「永泉、あかねと友雅の分のマントは用意出来ているか。」
「はい。香油をふりかけて呪いを掛けてありますので、準備が出来ております。」
二人が一番近くで、ユニコーンに遭遇する。
他の者よりも強い防御の呪いが必要なのだ。
それらをまとって山麓に向かうのだが、友雅には更に呪いを掛けねばならない。

「あかね、友雅の髪にこの香油を馴染ませてやれ。」
彼女の手に落とした香油は、女性の気配を含む。
それを友雅に分けてやることで、男の気配が薄らぐのだと泰明は話した。
小さなボトルから一滴、手に落ちたオイルは甘い花のような香りがする。
手のひらに延ばして、あかねは友雅の髪をすくうように擦り込む。
「何だか、あかね殿の香りに似ているね」
「え、そ…そうですか?」
近付いた顔が優しく微笑んで、少しだけあかねは照れくさかった。



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Megumi,Ka

suga