Kiss in the Moonlight

 Story=15-----02
「あの…ごめんなさい。鷹通さん、気を遣ってくれたんですよね。」
「ん?まあそれもあるだろうけど、買い物の用事があったのは本当だからね。気にすることはないよ。」
友雅はサイドボードの扉を開け、中からティーセットを取り出した。
さっきホットワインを飲んだから、湯はまだ湧かしたてがあったはず。
取り敢えずあかねの分だけ…と、茶葉をスプーンに少しすくってポットに入れた。

「あかね殿?」
彼女の姿に目をやると、ソファに座らず窓際に立ち尽くしている。
「座ったらどうだい?話をするなら、ソファでゆっくりと……」
背中に手を伸ばそうと、あかねの顔を覗き込んでみる。
すると彼女は黙ったままで、じっとそこにあるものを凝視していた。
「…これ……」
「ああ、それね。用意してもらった剣だよ。腕が鈍っていないか,少し構えてみたんだけど。」
ぎらりと仰々しく輝く、大振りな銀色の剣。
先端を触れただけで、傷つきそうな鋭利なフォルム。
「出しっ放しにしていたら、危ないね。片付けておこう。」
形はすんなりしていても、重さはありそうなその剣を、友雅は片手で軽々と取り上げて鞘に閉じた。

「それ、友雅さんが使うんですよね。」
「そうだよ。これで剣術を覚えたから、新しい剣より勝手が良いんだ。本番で使うのなら、やっぱり使いやすくて攻撃力があるものが良いしね。」
…本番…。
本番ということは、剣を本当の意味で使うということ。
危険をはね除けるため、そして相手を倒すための……。

邪魔にならないように、友雅は自分のベッド横に剣を置いた。
一応借り物だし、使うその時になって劣化しては困る。
丁寧に扱わなければな…と、そんな事を考えていた彼の背中に、後ろからしがみつくぬくもりがあった。
「…ごめんなさいっ!友雅さん、ごめんなさいっ!」
「……何?どうしたの」
引き離そうとしても、力いっぱいな彼女の手は、友雅の身体を捕らえて離さない。
「私…周りのことだけ考えてて…友雅さんのこと、全然考えてなかったです…」
「うーん、確かにそれは残念だな。出来ることならあかね殿には、私のことだけ考えて欲しかったのに。」
冗談めいて答えてみたが、あかねは返答をしないまま、うつむいて声を失った。

人を助けることは、重要なことだ。決断した答えは、決して間違っていない。
でも、もう一つ…大切なことを忘れていた。
自分が危険な道を選べば、自分以上に危険に晒される人がいるということ。
その危険を回避するために、身を翳す人がいること。
この答えを選んで、もしも犠牲が出てしまったら……自分だってきっと、あの男性のように悔やむはずだ。
真っ白な墓碑に、どうしようもない想いを抱いて祈りを捧げることになる。


「…あかね殿、泰明殿の言っていたこと、忘れたのかい?」
彼女の肩を支え、振り向かせて胸に抱きながら、友雅は静かな口調で声を掛けた。
「私たちの力だったら、ほぼ危険は回避出来るって言ってたよね。泰明殿の言葉、信用出来ないかい?」
一拍反応を待って、あかねは首を左右に振る。
「それなら、君が心配する必要はないんだよ。私たちだって、油断はしないけれど安全は確信しているし。」
多分彼が言うのだから、それは本当だろう。
だが、どんな時でも油断をしてはならないことは、今回も変わらない。
特に友雅は、あかねを最前線で護る役目であるから、他の者よりも厳しいだけだ。
でも、それもいつものことである。
「あの剣はね、単なるお守りみたいなもの。"一応"持っていた方が良いから、用意しただけのことだよ。」
木の枝を切り落としたり、布を切ったり…。
剣は何も、戦うためだけにあるものではない。
「どうせなら、使いやすいものを持とうと、あれを選んだだけだ。危ないから、じゃないよ。」

「本当に…大丈夫…なんですか。」
「ああ。これ以上不安にしていたら、泰明殿に"私の言葉が信用出来ないのか"って怒られるよ?」
指先が、髪をすくいあげる。
細くて軽やかな柔らかい髪は、指に絡まって、そして静かに撫でてやる。
「友雅さん…さっきも身体を張ってでも…って言うから…」
「もしかして、私が言っていたことも不安材料になったかい?それなら、申し訳なかったね。」
自分が護るから安心してくれ、と言ったつもりだったのだ。
かえって、それが気を遣わせてしまったのだな。迂闊だった。
彼女もまた、他人の悲しさや辛さ、寂しさを分かる人間だ。
せいぜい分からないことといえば……………
………個人的に一番分かって欲しいこと、だけど。

「それでも、油断はだめだよ。私たちだけじゃなく、君もね。」
「…はい、それは分かってますけど…」
「そう?一番心配なのは、そこなんだけどね。かなりののんびり屋さんだから、あかね殿は。」
「の、のんびり屋ってっ!!!」
思わず身を乗り出した彼女の手を、友雅は笑いながら受け止める。
「はいはい、失言でした。あかね殿は慎重で冷静で、真面目な姫君です。」
「それもわざとらしいです!思っていないくせにーっ!」
ムキになって突っかかって、感情を浮き彫りにして。
素直にそうやって、君は元気な顔をしていれば良い。

「とにかく。私たちはこれでも、現在の上級巫女様から天啓を通じて選ばれた、特別な者たちなのだから。」
あかねの身体を優しく支えながら、友雅は彼女の顔を見下ろす。
「信じて頼っておいで。あまり雑念を抱く方が、逆効果だよ。」
適度に緊張を。適度に余裕を。
どちらに比重が傾いても、良い事はない。バランスが大切。
「悪いことばかり考えないこと。分かった?」
「……は、い」
返事が戻ってくると、友雅は何度もあかねの髪を撫でてやった。



「あかね殿、落ち着かれましたか」
部屋に送り届けて廊下に出ると、紙袋を持った鷹通が立っていた。
後ろには、泰明の姿もある。
「完全に不安を取り除くのは、無理だと思うけれどね。でも、何とかなったかな」
出来ることなんて、宥めて励ましてやるくらい。
すべてが問題なく終わらなければ、きっと彼女は本当には落ち着けないだろう。
それでも、黙って見ていられないから。
ほんの少し、気持ちを軽くしてやれるなら、どんなことだってしてみせる。

「あかねがこの問題に、全く関わらずに済む方法は、ないこともないがな。」
戻った部屋の中に入って、ドアを閉めたのと同時に、泰明が言った。
「そんな方法があるのですか?それなら…」
と、鷹通が方法を聞き出そうとする前に、泰明は持っていた書類や本をテーブルに置いた。

「簡単なことだ。……あかねが、生娘でなくなれば良い。」
「やっ、泰明殿っ…そ、それはっ…」
狼狽えながら鷹通は、彼の視線の先を見る。
確かにユニコーンは、理由は知らないが生娘にしか近付いて来ない…が。
彼女が清らかであるから、白羽の矢が立ったのだ。
だからつまり、生娘でなくなれば…あの女性の注文を断る理由になるけれど。
でも……。

「どうだ、友雅。」
少し唖然とした様子で、友雅は泰明の顔を見た。
しかし、すぐに苦笑いを浮かべて、瞼をおろす。
「……そんなこと、私が出来るわけないと分かっているくせに…。意地が悪いね、泰明殿。」
「分かっているから、言っただけだ。」
昔のおまえのままなら、当然言わなかったがな、と泰明はしれっと答えたあと、ソファに腰をおろした。



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Megumi,Ka

suga