Kiss in the Moonlight

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「分かっているよ。それくらいの覚悟は、ずっと前から出来ている。」
「なら、構わん。心しておけ。」
友雅と泰明の会話は、あっさり過ぎるほどのものだった。
緊張感が流れる中、二人はそれぞれに立ち上がると、自分たちのすべき事に意識を向け始めた。
「鷹通、周辺の広域地図と詳細が分かる地図を、二種ほど町で購入して来い。」
「あ、はい…」
山麓付近へ向かうためには、確実なルート選択が必要だ。
それに、ユニコーンに気付かれない限界の距離で、万が一の時に備えて待機する位置確認も、出来るだけ正確にしなくてはならない。

「それじゃ…ええと、頼久かイノリでも良いかな。私に武器をいくつか、見繕ってもらいたいのだけど。」
"武器"という言葉を友雅の声で聞いて、あかねはぎくっと心臓が震えた。
「どんなのが良いんだ?」
「私は頼久のように、機敏に動けるか分からないからね。軽めで身を交わしやすいのが良いんだが…。」
「それなら…レイピアとかですか?」
「いや、あれじゃ細すぎて頼りないかな。」
頼久の愛用武器は数種あるが、すべて彼の技に誂えてある。
彼のような技量を持つ者以外では、おそらくまともに扱えないだろう。
となると、やはり武器職人であるイノリに、常備している武器の中から選んでもらおうか。
「バスタードソードの中で、少し小振りめのものがないかな?」

…バスタードソード?
あれは、刀剣の中でも重さや大きさもあり、なかなか素人には扱い難い剣だ。
攻撃力はかなりのものだが、果たして友雅に使えるか?
「おまえ、剣術ってどれくらいなんだ?俺、全然おまえが剣を振るってるとこ、見たことないけどさ。」
「ま、たいしたことはないよ。昔、王宮主催の剣技大会には、二回ほど出たことはあるけれど。」
王宮主催って、5年ほど前まで行われていた大会じゃないか。
確か、一般人も含めて国内の剣術自慢が集結し、数ヶ月に渡ってトーナメント戦を行う、国の一大行事だった。

「頼久がいなかったらねえ…。彼がいては、優勝は諦めるしかなかったんだよ。」
え?頼久がいなかったら?
頼久がいては優勝出来ないって…そんな上のレベルを持っていたのか?
「友雅殿は、素晴らしい技術を持っておられます。私とは全く違うタイプですが、技は本物です。」
「十年間連続優勝記録保持者の頼久に、そう言われると少し自惚れたくなるね」
気楽に友雅は笑いながら言うが、周りにいる何人かは呆気に取られている。
頼久のように、毎年開催されるたびに優勝記録を伸ばした者なら、嫌でもその名前は届いて来る。
だが、二度ほどしか出ていない者の名など、殆ど覚えてやしない。
そんな中に、まさか友雅がいたなんて…。

「イノリ、1.3mほどのバスタードソードなら、友雅殿でも使いやすいと思う。」
用意しているバスタードソードは、三種類。それぞれ重さも長さも違う。
1.3mは、丁度真ん中のサイズのものだ。
「3kgくらいあるけど、大丈夫かぁ?」
「それくらいなら、軽いものだよ。じゃあ、用意してくれるかな。」
スムーズに話は進んで行き、あっという間に第一段階の全員会議は終了となった。


+++++


皆が自分の部屋に戻ると、部屋はあかねと藤姫だけとなった。
再び全員が集まるのは、夕飯のときだ。
それまでは自分たちの部屋で、待機する。特にあかねは、外出はおろか来客にも反応しないように、と決められている。
…そんなことは良いのだけれど…。
どうしても、さっきから胸騒ぎが止まらなくて、じっとしていられない。
ユニコーン捕獲に協力することに、怖じ気づいたからではない。
そうじゃなくて、こうも落ち着かない理由は……彼についてのことだ。

「あかね様?どちらに行かれますの?」
ソファから立ち上がったあかねは、入口へと向かって歩いて行く。
その後ろをぱたぱたと、慌てながら藤姫が着いてきた。
「お出掛けにならないように、と言われておりますわ。」
「…大丈夫だよ、隣の…友雅さんたちの部屋に行くだけだから…」
ひんやりしたノブを握って、鍵を開ける。ゆっくりと、ドアが開く。
廊下は誰もおらず、静まり返っている。
「藤姫ちゃんは部屋にいて。大丈夫だから。」
「でも……」
心配そうな藤姫に、あかねはわざと笑ってみせた。
「大丈夫。何かあっても、友雅さんがいてくれるから…ね?」
本当は無理にでも着いて行きたいけれど、何となくそんな雰囲気ではなくて。
大人しく、あかねの言う通りに部屋で待っていた方が良いかもしれない。
そう思って藤姫は、ドアが閉まるのを一人で見届けることにした。



「久しぶりですね、友雅殿が剣を本格的に扱われるのは。」
身体の半分近い剣を握り、軽く振ってみせる友雅を見ながら鷹通が言った。
実際に彼の剣術を、目の当たりにしたことはない。だが、王宮ではそれなりに有名な話だった。
王宮の護衛団団長を務める頼久には敵わぬが、国王の側近である彼もまた、戦闘能力は人並み以上でなければ勤まらない。
表舞台には出て来ないが、側近という役職を頂いていることで、友雅の力は何となく分かった。

「こういう事になるのなら、もう少し本気で頑張っておけば良かったかな」
「お力を知られたら、護衛団に引き抜かれるかもしれませんよ?」
「そうなったとしても、引き受けるわけがないよ。今の私には、あかね殿を護ることが全てなのだからね。」
よく手入れされたバスタードソード。
切れ味も良さそうで、これなら獣くらいは払い落とせる。
大きさはあるが、やはり軽めのものより手応えがありそうだ。

合図のノックが、ドアを叩く。
「どなたでしょうね。イノリか頼久でしょうか。」
鷹通がすぐに入口へ向かい、覗き穴で外の様子を確認してみると、彼は黙ってこちらを振り向いた。
「誰だい?」
「あかね殿が…いらしておりますが」
部屋に尋ねてくるなんて、どうしたのだろう。
とにかく、廊下で一人にしてはおけない。
すぐに部屋に入れるように指示すると、鷹通はそっとドアを開いた。


「いらっしゃいませ。どうかなさいましたか?」
開けられたドアの向こうから、鷹通が笑顔で出迎えてくれた。
その優しい微笑みに、どんな風に接して良いのか分からずに、あかねは言葉を戸惑わせる。
すると鷹通の肩を後ろから叩いて、友雅が顔を出した。
「理由なんかどうでも良いじゃないか、鷹通。寒々しい廊下に、姫君を立たせておいてはいけないよ。」
さあ、と言って、友雅が手を差し伸べる。
「もしかして、鷹通がお邪魔かな?二人きりが良いのなら、私もそれに大賛成なのだけど。」
「え…いえ、別にそういうわけじゃ……」
あかねは否定したが、鷹通はその場の空気をきちんと読める。
彼女が言葉とは正反対に、友雅と二人で話したい気持ちがあることを、すぐに察知出来た。

「そういえば、私は地図を買って来るように言われておりました。申し訳有りませんが、少々外出しても構いませんか?」
「ああ、そうだったね。私は大丈夫だから、出掛けてきて良いよ。」
「では…どうぞごゆっくり。」
鷹通は急いで支度を整え、薄手のコートを羽織って部屋を出て行った。



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Megumi,Ka

suga