Kiss in the Moonlight

 Story=14-----04
ドアをノックする音が響いた。
いつもの合図のリズムではない、普通の叩き方。ということは、やって来たのは赤の他人だという証。
「私が出るよ。あかね殿は、そこから動かないようにね。」
あの女か、それとも宿の主人か。
もしくは先日追い返した、彼女に操られている宣教師の男か。
鍵を外す前に、友雅は覗き窓から外を見る。
しかし外に立っていたのは、予想していた人物ではなかった。

「話は終わったのかい、泰明殿」
鍵を外してドアを開けると、泰明がそこに立っている。
背後には例の女が、うっすらと静かな笑みを浮かべていた。
「帰らせて頂く前に、一度お嬢さんのお顔を見せて頂きたいのですけど。」
そう言ったのは、女の方だった。
泰明はそれに対して、反論することもなく黙っている。
会わせたくはないが、泰明の様子を見たところでは、肯定しても構わないということだろう。
一体この女と、どんな話をしていたのだろうか。

「お部屋の中に入るのは失礼でしょうから、ここへお連れして頂けません?」
余裕の態度で答えた彼女のあとで、泰明が続く。
「…構わん。あかねを連れて来い。」
彼にそう言われたら、無視するわけにもいかない。
「分かったよ。じゃあ、そこで待っていてくれ。」
友雅は彼らに背を向けて、もう一度部屋の中へ戻った。


「まあ、こんなに可愛らしいお嬢さんだとは、思いませんでしたわ。」
あかねの顔を見たとたん、女性は表情を和ませた。
当の本人であるあかねの方は、彼女の艶やかさに気圧されて硬直気味だ。
「はじめまして、私はシリンと言いますの。教会のお手伝いの傍ら、占いなどを生業にしておりますのよ。」
白い手がすっと伸びてきて、あかねの頬に触れようとする。
びくっとあかねが後ずさりすると、今度は友雅がシリンの手を払い除けた。
「彼女に触れて構わないとは、一言も言っていないよ。」
「あら、そうでしたわね。側に居るあなたでさえ、そう簡単に触れられないのに。失礼しましたわ。」
「…………」
頬くらい、いくらだって触れられる。
抱きしめることだって出来るし、その唇を奪うことだって素直に出来る。
だけど、おそらくこの女が言っているのは、そんなことではなくて……もうひとつの意味で"触れる"こと。
触れたくても触れることを許されないもどかしさを、この女は見透かしている。

「何か占いたいことがあれば、どうぞいらしてね。もちろん、恋占いも構いませんからね?」
「…恋占い…?」
「ええ。でも、恋を楽しむのは…ユニコーンの一件が済んでから、お願いしたいのですけれど。」
シリンは煤けた紙を一枚、あかねの手に握らせた。
"占い方法一覧"、"占い内容について”…商売用のチラシみたいだ。
「女性ですもの、恋の行く末は気になりますわよね。でも、今は貴女の清らかな存在が必要ですから。」
恋に溺れたら、その人に触れたくなる。
触れれば触れるほど、長く一緒にいたくなって、離れ難くなる。
そうしていつしか……二人でいることに物足りなくなって、ひとつになりたいと思い始める。
「本当に清らかなお嬢さんだわ。くれぐれも、この聖なるお嬢さんの身を護ってあげてくださいね?」
シリンは顔を上げると、わざと友雅を見て微笑んだ。


「あら、お友達がお帰りになったようですわね。」
廊下を覗き込むと、階段の前で立ち往生している天真とイノリの姿があった。
こちらの様子を見て、近付くタイミングを計っていたのだろう。
「それでは、私はこれで。…良いお返事をお待ちしておりますわ。」
丁寧な物腰で、シリンは立ち去って行く。
彼らの前を通り過ぎるとき、軽く挨拶をしてから階段を下りて行った。

彼女の姿が完全に見えなくなると、すぐに天真とイノリが駆けて来た。
「おい!今の女って…まさか…」
「らしいね。藤姫殿が"間違いない"と言っていたから、例の魔術師と同一人物だと思うよ。」
まさかここで、あの村を混乱させた元凶に出会うとは。
しかも、今度はあかねが標的にされるなど、誰も予想出来なかった。
「泰明殿、取り敢えず彼女とどんな話をしたか、私たちに教えてくれないか。」
問題の彼女と、一対一で会話をしたのは泰明。
電話で少ししか話さなかった友雅より、彼の方が冷静に話を進められたはず。
だが泰明は、詰め寄る友雅たちを静かにあしらって、各自部屋に待機しているように、と言った。
「まだ永泉と鷹通が戻ってきていない。揃ったら、改めて説明する。」
それきり告げて、泰明の部屋のドアはパタンと閉じられた。



30分ほど過ぎてから、ようやく鷹通と永泉が宿に戻ってきた。
既に頼久たちも揃っている。
全員があかねの部屋に集まり、泰明から事の一部始終を聞くことになった。
借りた本に書かれていた、この町の歴史とユニコーンの事件について。
それに便乗するかのように、教会に住み込むようになった占い師の女のこと。
そしてその占い師が、あの村を混乱させた魔術師と同一人物であると、確信出来たこと。

「面倒なことになったなぁ…。」
ぼやきながら、天真は頭を掻いた。
ひとつの事件だけならまだしも、いろいろな問題が絡み合っている。
何より問題なのは、あかねのことだ。
「この記事に書かれている通りのことを、あの女は言っていた。」
----ユニコーンが近付いてきたら捕らえるから、少女自身に危険はない。
「過去の事を持ち出してみたが、あの女の言うには、"あかねは常人とは違うから更に危険はない"と一点張りだ。」

"彼女は、神気に近いものに包まれています。普通のお嬢さんとは違います。
むしろその荘厳な気が、彼女を護っているのでしょう。
それに加えて、並外れた力を持つ護衛の方が見張りに立ってもらえれば、絶対に身の保証は出来ます。
彼女が協力してくだされば、きっと以前のような穏やかなユニコーンたちに戻るでしょう。"

「それさ、信じられると思ってんの?」
イノリが少し呆れたように言うと、泰明は迷わず答えた。
「信じられる要素など、何ひとつない。」
そりゃそうだ。相手は魔術師。
村ひとつを陥れることに、罪悪感も抱かない女の言う事を、誰が信じるか。
しかし泰明は、それを承知した上で話を続けた。

「だが、以前も言った通り、わざと関わってみても良いかもしれない。」
彼女と実際に話し、相手の様子は大体捕らえる事が出来た。
幸い向こうはあかねの本当の力・存在の他、友雅や泰明の実情までは気付いていないようだ。
「あかねを森に向かわせても、我々の力なら危険は未然に防げるだろう。」
頼久は剣だけではなく、武術全般で優れた力があるし、天真とイノリは腕力と跳躍力、素早さに優れている。
永泉と泰明は法力を持つし、詩紋と鷹通は弓なら上級以上の力を持つ。鷹通は、そこそこに剣も扱える。
そして友雅もまた、全て標準以上の力があるし、勘の鋭さは誰にも敵わない。

「あかね、おまえも協力したいと思っていたのだろうが。」
ふいに言葉を向けられて、あかねはどきっとした。
泰明さん、友雅さんに聞いたんだ…。私があのことを気にしてるって…。
「やるか?あの女が期待しているのは、成功か失敗か分からん。だが、我々がいれば確実におまえの身は護れる。あとは、おまえがやる気があるかどうかだ。」
「……もしかしたら、それで、これ以上犠牲になる女の子はいなくなるかもしれないんですよね?」
「そうだな。可能性は高い。」

嫌でも忘れられない、あの墓碑の数。
肩を落とした男の姿と、そんな人々がまだたくさんいること。
これ以上、悲しい人を増やすことなんて…誰か止めなきゃいけないんだ。
それなら。
世界を平穏に導くのが、上級巫女の存在であるなら--------

「……やります。」
あかねが答えると、それに反論する者は誰もいなかった。
心の中では引き止めたいと思っても、彼女の意志が強いことを知っているから、何も言わないでいる。
「分かった。それなら、改めて打ち合わせをしよう。」
あの女に返事をする前に、どうすれば一番あかねの身を護れるか。
更にユニコーンが襲ってきた時に備えて、誰がどこに配置して武器を持つか。
話し合うことは、山ほど有る。武器の手入れもしておく必要がある。
何もかも、念には念を押しておかなくてはならない。

「それから-----友雅」
泰明が、友雅を真っ直ぐに見据えた。
「おまえは、自分の命の覚悟をしておけ。」

……………!?
あかねは、はっとして友雅の顔を見た。
そしてここにいる全員の視線も、彼一人に集中した。
だが、彼は意外にも冷静で、何一つ顔色を変えていなかった。



***********

Megumi,Ka

suga