Kiss in the Moonlight

 Story=14-----03
「直接御会いするのは、これが初めてですわね。」
金色の長い髪を持つ女性は、腕を組んで立ち塞がる友雅を見ると、ニコリと微笑みながら言った。
「今お声を伺ったところですと、先日のお電話を受けて頂いたのは、そらちの方ですわね?」
「そういえば、一度も会った事もないのに、突然電話を掛けてきた失礼な女性がいたような気がするけれど。」
皮肉を込めて答えてみたが、女性は全く堪えていない。
電話で話した時の口調も、こんな調子だった。
小憎らしいことに、騙そうとしたこちらの裏まで読んでくれて。
その電話の相手が……彼女か。
初めてこうして目の前にすると、聞いていた魔術師の特徴にぴたりと当てはまる。

すらりとした長身で、腰に届くほどの長い金髪。
女性らしさを醸し出す体付きと、首には曰くありげな古い十字架。
なのに唇はやたらに艶やかで…教会に住んでいるよりも、夜の街角の方が似合いそうな風貌。
少なくとも、神に仕えるような雰囲気には見えない。
むしろその反対で、魔を背負っている方が様になりそうな妖艶さがある。

「改めて、ご挨拶に参りましたのよ。直にお嬢さんともお会いしたくて。」
「こちらの意向も無視して?そちらが会いたいと思っても、こちらも同じとは限らないと思うがね。」
突き放して答えると、友雅は隣にいる宿の主人を、ちらりと見た。
すると彼は慌てて、両手をじたばたと振り回す。
「いやいや!こちらの方は怪しい者じゃないんだよ!この方は教会で、占いをやられていてな…」
意気揚々と説明する姿を、泰明はじっと部屋の中から伺う。
呪いを掛けられているかもしれない…とさっき話していたが、確かにこの様子は違和感がある。
普段は全く常人と変わらないのに、この女性の言うことに関しては、無理難題さえも疑わず受け入れるのは妙だ。
高等な魔術を使う相手なら、警戒しておかなくては危険を伴う。

しばらくして話が一旦途切れると、女性が再び口を開いた。
「ところで、例のお嬢さんはお部屋にいらっしゃるんでしょう?お話させて頂けないかしら?」
そんなこと言われて、誰が許可するか。
「断る。彼女は君が言うとおり、清らかな姫君だからね。得体の知れない相手に、簡単に拝ませるわけには行かないよ。」
「あなたが個人的に、独り占めしておきたいから…ではありません?」
赤い唇の端が、きゅっと上に向かって緩む。
勝ち誇ったような強気の視線。一見美しいその姿が、忌々しくて仕方ない。
「ユニコーンの話は、伺ってらっしゃるでしょう?すぐにとは言いませんから、まずはお話を聞いて頂きたいの。」
「何度言ったら分かるんだい。そういうことに彼女を…」
引き下がらない相手に、友雅の口調がやや厳しくなった。

そんな彼を退けるかのように、後ろから泰明が割って表に出てきた。
「話なら、私が先に聞かせてもらおう。一応司祭の職を所持している。役不足はないはずだ。」
泰明はそう言うと、シャツの袖をまくって手首を晒す。
右手首には常に、司祭の証明である赤瑪瑙のバングルがはめられていた。
「とにかく、詳しい説明をしてもらおう。そうでなければ、この男が言ったとおり…娘には会わせられん。」
「随分と護衛が強固なお嬢さんなのですね」
女性は友雅と泰明の顔を、何度か交互に見比べた。
腹の中を探ろうとしているのか。
だが、残念ながら二人の自衛は、そう簡単には崩せるわけがない。

「……分かりましたわ。では、お話をさせて頂きます。」
泰明の応対に、彼女は折れた。
とは言ってもこのまま、廊下で立ち話をするわけにも行かない。
「部屋で話を聞こう。中に入るが良い。」
ドアを手押し、泰明は入口を開けた。
藤姫は即座に彼のフードから飛び出して、友雅の髪の間にこっそり隠れる。
「友雅、おまえはあかねの部屋にいろ。」
「…ああ、分かった。それじゃあとは、頼むよ。」
女性を部屋に招き入れると、ドアはパタンと閉じられた。
部屋の前に取り残されたのは、友雅と…宿の主人の二人だけ。
「そ、それじゃ私はこれで!」
まるで逃げるかのような動作で、足早に彼は階段を駆け下りてゆく。
静まりかえった、長い廊下。
もう一度ドアに目をやるが、中の会話は聞こえてこない。

「友雅殿、早くあかね様のところへ…行って差し上げて下さいませ!」
どこから声がするかと思ったら、自分の首辺りからだ。
うなじの後ろからもそもそと、髪の毛をかき分けて藤姫が顔を覗かせる。
「 お一人にされていては、何かあった時に困りますっ。早くお部屋へっ」
「ああ、そうだね。」
穏やかで賑やかな町に見えるけれど、一切の油断が出来ない、そんな町。
例え防犯が行き届いた部屋でも、この目で彼女の姿を見ない限りは、不安は消えることがない。



部屋のドアを開けると、あかねは奥にあるベッドの上で、膝を抱えていた。
友雅の肩から飛び降りた藤姫は、急いで彼女のところへと飛んでゆく。
「あかね様っ、何もおかしなことはありませんでしたっ?」
「う…ん…別に、さっきの人たちが訪ねてきた以外は…」
内側の鍵を、二重にしっかりと閉じられたことを確認し、友雅もあかねのところへと向かった。
「急に彼らが訪ねてきたのかい?」
「はい…。突然ノックが聞こえたんですけど、宿のご主人だって言うから、出た方が良いかなって思って…」
鍵穴を覗いてみたら、見たこともない綺麗な女性が一緒にいる。
藤姫に見てもらったところ、その女性は間違いなく……
「例の魔術師だということで、慌てて窓から私たちを呼びに来てくれたのか」
こくこく、と何度も藤姫はうなづいた。

……見間違えたりはしない。
あの女性が村に訪れたその日から、何かが崩れてきた。
そして守護妖精を封印し、森の獣の気を乱し……穏やかな村は瀕死の状態にまで陥れられて。
「間違いありませんわ、あの人ですっ…。あの人がっ!」
辛い記憶を思い出した藤姫は、あかねの腕の中に閉じこもっている。

女魔術師か…。
湖で魔術の実験をしたおかげで、あの村の森に棲む獣たちは、村に降りて暴れるようになった……。
……まさか?
「友雅さん、どうかしたんですか?」
ベッドの上に腰を下ろして、さっきから友雅は何かを考えている。
頭の中は覗き込めないけれど、ちょっとひらめいたものがあったように見えたが。
「何か、気になることとかありました?」
「…いや、はっきりとは断言出来ないけれど。」
推測の域を超えていないが、可能性として仮説をひとつ立てるとしたら…。

女魔術師が、また何らかの実験らしきことを行ったと考えてみれば、あの村の獣と同じ影響を受けないとも限らない。
それが龍胱山にほど近い、霊力の強い場所であるならば、術の力を増幅することも可能。
彼女はあの場所で、何らかの魔術の実験を行ったから、その影響を受けたユニコーンは気を荒げ、人を襲うようになった…。
確かにそれは仮説でしかないが、もし事実ならば納得出来ることばかりだ。



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Megumi,Ka

suga