Kiss in the Moonlight

 Story=14-----02
あかねの部屋を出た友雅は、自室に戻らずに泰明の部屋へと向かった。
どうせ鷹通も戻っていないだろうし、泰明も一人なら丁度良い。
全員の意見を聞く前に、まず彼に相談してみよう。
彼は知識の豊富さだけではなく、感情を出来るだけ抑えて物事を冷静に考え
る力を持っている。
あかねが関わってくると、個人的な想いが混じってしまう自分にとって、泰明の提案は時に目を覚まさせてくれる。

「すごいねえ、こんなにどこからかき集めたんだ?」
泰明の部屋を訪れると、テーブルの上には10冊ほどの古い本が置かれていた。
彼はどっしりとソファに腰を据えて、そのうちの一冊を熟読している最中らしい。
「ん?何だ…本じゃなくて、新聞のスクラップか」
まだ手の着けられていない本を、一冊ぱらぱらとめくってみると、セピア色に染まった古い新聞が綴じられている。
ぎっしりと詰まった文字と、素朴な挿絵。
特に大きな事件を取り扱ってはおらず、殆どこの町の地域情報みたいなものがメインのようだ。
「宿の主人から借りてきた。過去10年分くらいの新聞を集めてある。」
「これを全部読むのかい」
それほど長逗留するわけでもないのに、10年分の情報を収集するつもりでいる。
泰明の集中力には、つくづく頭が下がる。

「そんなことよりも------」
ぱたん、と開いていた本が閉じられ、積まれた本の上に戻された。
「私に話があって、ここに来たんだろうが。用件は何だ。」
読書を中断して、泰明は姿勢を起こす。
そして目の前に立つ友雅に、隣のソファに座るようにと視線で促した。
「まあ、おまえがやって来る用事など、薄々分かることだがな。----おおよそ、あかねがまた何か言い出したか。」
友雅はソファに腰を下ろすと、泰明の言葉に苦笑いで応える。
「分かっているなら話が早いよ。例のユニコーンの問題が、どうも彼女は必要以上に気に掛かるようでね。」
泰明は相づちもうなづきもしないが、冷静な姿勢を崩さず耳だけは傾けている。

「女性たちをこれ以上、ユニコーンの餌食にさせない方法がないものかね…」
「旅人の我々が分かるくらいなら、町の者が既に行っているだろうが。」
「それもそうだね…。はあ、どうしたものかな」
ソファの背もたれに身を預けて、ひとつ溜息を吐き出したあと、目を閉じた友雅は無気力に天を仰いだ。
分かっていたことではあるけれど、何も手掛かりが掴めないままでは、あかねのところへ戻るに戻れない。
…やはり危険だから、止めた方が良いと説得するか?
その方が間違いなく良いに決まっているが。

「そこまであかねの意志を、尊重したいか」
相変わらず感情を表に出さずに、泰明は友雅の顔を見る。
「止めさせたいのが、やっぱり本音だけどね。でも、あの目を見ると……どうにも、無視出来なくてね。」
出来るだけ危険を最低限に抑えて、彼女が納得行く方法を取らせてやりたい。
どうしても、そう思ってしまう。
そして、そのあとで見せてくれるであろう笑顔を、期待してしまう。

「今はまだ情報が足りない。もし、現時点で方法があるとすれば-----やはりまずは、状況を確かめるしかあるまい。」
積まれた本の中から、泰明はさっきと別の本を取り出した。
背表紙には古い年号。今から10年ほど前のものか。
「ユニコーンの凶暴化について、この本の中に気になった記事を見付けた。」
ぱらぱらとページをめくり、目的の記事を見付けると泰明の指がそれを差す。
「10年ほど前にユニコーンが凶暴化した、と言ったな。ここにはその前のユニコーンについて、書かれている。」
友雅はその本を受け取り、記事に目を通してみた。

問題が起こる10年よりも前。あの辺りにいるユニコーンは、大人しい性格だった。
凶暴どころか、むしろ一般的なユニコーンよりも、霊山付近に棲む彼らは物静かな聖獣と言われていたのだ。
「それが人を襲うようになったのか。急に…」
「不可解だとは思うが、気になることはもう一つある。」
今度はまた別の本を取り上げて、友雅の膝の上に差し出す。
そこには、例の女占い師の紹介が掲載されていた。
描かれている似顔絵は、金色の長い髪を持つ美しい風貌。
彼女の占いの的中率の話題や実績。それに関わった者たちの感謝の声までも、びっしりと記されている。
新聞一面を使ったこんな記事を読めば、どれほど彼女に皆が心髄しているのか伝わってくる。
「3Pほど後の、数ヶ月後の記事を見てみろ。女占い師の話が記事になっている。」
言われたとおりにページをめくると、中にはこんな内容が記されていた。

『ユニコーン問題について』
凶暴化するユニコーンは、一度捕らえて神の前で清める必要がある。
まず、一匹を取り押さえなくてはならない。
そのため、町の清らかな娘を一人選んで、ユニコーンをおびき寄せる。
娘はユニコーンが捕らえられ次第、町に連れて帰るため危険はない。

「この言葉に、皆が従ったというわけだな。」
「だけど、結局一人も戻らなかったんだろう?それなのに、ずっと同じ事を繰り返していて、妙だと思わないのかね?」
"危険はない"と言っておいて、それならあの墓碑は一体何だ?
娘を亡くした男たちが増えているのに、何故この言葉に異議を唱えない?
「それもまたおかしい。もしかすると…その占い師が、あの魔術師と同一人物であったとしたら…」
二人は、その先の言葉を噤んだ。
推測でしかないことだが、もしそうならば…町の者たちは、呪いを掛けられているかもしれない。
しかもピンポイントを狙った、高度な術を。
「まだはっきりは分からんがな。頼久やイノリたちが戻ってくれば、何かしら新しい情報が---------」



何か、物音がしなかったか?

コンコン、コンコン…。
その音の出所は、窓の外あたりから聞こえて来るような。
泰明が振り返ると、閉まった窓の外に藤姫の姿があった。
彼女は必死にガラスを叩いて、開けてくれと言わんばかりの焦りようだ。
すぐに泰明が白い木枠の窓を開けると、彼女は慌てて飛び込んできた。
「どうした、何があった」
「あ、あのっ…あ、あかね様の……」
「落ち着け。それでは、何を言っているのか分からん」
はあはあと息を切らしながら、藤姫が説明をしようとする。
すると……

バタン!
今度は別の物音がドア付近から聞こえた。
見渡して見ると、今そこにいたはずの友雅の姿がない。
その代わりにドアが開いたままになっていて、彼の後ろ姿が入口を覆っている。
…あかねの身の回りに、何かあったのか。いち早く異変に気付いたか。
ゆっくりと泰明も足を踏み出し、ドアの方へ向かうことにした。
藤姫は少し怯えた様子で、泰明のフードに姿を隠している。

「どうした、友雅。来客か。」
「いや、来客どころか…招かれざる客と言ったところだよ。」
友雅の肩越しから見えるのは、宿の主人の姿。
さっき借りた本の中にでも、へそくりを隠していたのか?
……と思った瞬間、彼の後ろに立つ人物に、泰明の瞳が一瞬険しくなった。



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Megumi,Ka

suga