Kiss in the Moonlight

 Story=14-----01
静かな場所は落ち着くものではあるが、ここは空虚感に近いものが漂っている。
眩しいくらい青い芝生が広がるのに、吹き抜けて行く風は冷たい。
そして、足元に並ぶ墓碑の白さが…目に痛い。

……こんなに多くの娘が、ユニコーンの餌食になっているのか…。
それは、友雅の予想を遥かに越えていた。
詳細は分からないが、これほどの人数が荒くれたユニコーンのため、差し出されているのは事実。
しかも、選ばれているのは生娘…まだ、年端も行かぬ少女ばかりだろう。
一人が帰らねば、また新しい娘が連れて行かれる。
彼女たちの家族は、どんな思いで娘を送り出したのか…。
そして…帰らない娘の墓碑を作り、弔うのだ。
さっきの男のように。

「あかね殿、やっぱり…宿に戻ろう。」
友雅は、あかねの肩を抱いてそう言った。
こんなところに、長居をするものじゃない。
不安と戸惑いとで、怯えるように手元を震わせている彼女に、これ以上こんな光景は見せたくなかった。


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思ったよりも早く帰還したせいで、部屋にはまだ鷹通の姿がなかった。
生真面目一本の彼よりも、早く戻って来るなんて珍しいものだ、と自分でも思いながら、あかねを部屋へ送り届けた。
「あかね様、お帰りなさいませー!」
ドアを開けたとたんに、ひらひらと羽音を響かせて藤姫が飛んできた。
だが、彼女は伏し目がちなあかねの表情に、すぐ気付いた。
「あかね様?どうかなさいましたの?」
「……あ、ううん…別に何でもないよ…」
そうは言うけれど、何でもないようには絶対に見えない。
普段の眩い瞳の輝きは、陰りを帯びていて。

「お茶でも入れてあげようか」
鍵をかけて、あかねをソファへと連れて行く。
友雅は手早く、ティーセットを用意した。
ミルクはたっぷり紅茶と半々に、角砂糖は二つ。
藤姫にはカップの代わりに、そのままピッチャーにミルクを入れて、テーブルに差し出した。
「やっぱり、よく知らない町をうろつくよりは、部屋にいる方が安全だ。ゆっくりしておいで。」
あかねの肩を軽く叩いて、友雅は部屋を出るため入口へと向かった。

「…あの、友雅さん…」
ノブをまわそうとした時、背中越しに彼女の声が聞こえて、友雅は振り返った。
「うん?どうかしたのかい?」
「…………」
口を着けないカップからは、湯気がまだ立ちのぼっていて、その横で藤姫があかねの顔を覗き込んでいる。
だが、友雅の名前を呼んだあとから、それ以上あかねの声は止まったままだ。

「あかね殿、ちょっと…こっちにおいで」
顔を上げると、入口の前で友雅が手招きをしている。
ゆっくりソファから腰を上げた彼女は、彼の元に向かって歩いてきた。
あと数歩で触れられる距離に近付いた頃、テーブルに座っていた藤姫が羽根をはためかせた。
彼女はあかねを追って来ようとしたが、何も言わずに友雅は手を広げ、"こちらに来るな"の合図を送る。
どうして?という感じで、少しムッとする藤姫など目に入れず、彼はあかねの腕を取って引き寄せた。

「何考えてる?」
「……あの………」
どう言えば良いだろう。
あの墓碑に名前を刻まれる少女たちを、これ以上増やさない方法がないものか?と、ずっとさっきから考えていた。
けれど、どうやっても選択肢が増えない。
たったひとつ、それは---------。

………もしも私が、女の子たちの犠牲を止めるきっかけを作れるのなら………。
私が踏み出すととしたら…友雅さんは着いてきてくれる…かな。
それとも、力づくで阻止する?
でも、このままで良いの?
原因が不透明な状態がずっと続き、次々と女の子たちが消えてゆくのを、黙って見ていて良いの?
悲しむ家族の姿が増えてゆくばかりで、世界を穏やかにすることは出来るの?
これから上級巫女として、世界の調和と平安を神に願わなければならないのに。

友雅の両手があかねの頬を包み、近付いた瞳が彼女の揺らぐ瞳を捕らえた。
「絶対に危険な目には晒さないから、安心しなさい。」
「……」
唇を噛み締めて、うつむきながら目を逸らそうとするあかねを、友雅は少し強引に抱きしめる。
ドアに背中を押し当てて、逃げ場を塞いで。
もう一度頬に、手を当ててこちらを向かせて。
「私の命に代えてでも、君のことは護るから…大丈夫だよ。」

-----違うの、友雅さん。そうじゃなくて…。

……………あ。
突然に、呼吸を押さえ込まれる。
柔らかな、彼の唇で。

「もし、ユニコーンが角を突きつけたとしても、君を貫く前に私が立ちはだかるから、大丈夫だよ。」
「え?」
「だから、君は安心していれば良いんだ。」
気付いたら唇が離れていて、呼吸が出来るようになっていた。
顔を上げると、そこには優しい笑顔があかねを見下ろしている。
…友雅さん、もしかして…気付いた?
私が考えていたこと、言葉にしなくても通じた…?
「本当なら止めさせたい。そんな危険なこと、させたくはないよ。」

でも。
「あかね殿の気持ちは分かるし。その想いを無駄にすることも避けたい。」
「何か…方法とか、ありませんか…」
方法と言っても、まだ情報は少なすぎるし。
それに、あの自称占い師の女性がどう事件に関わっているか、それも分からない。

「泰明殿に、少し相談してみるよ。」
カチャン、とロックが外されて、ドアが開く。
少しだけひんやりする空気が、入口から部屋の中に入って来た。
「とにかく、君は部屋でゆっくりしておいで。何が良いことが思い付いたら、また来るよ。」
「…はい、分かりました。」
友雅はあかねの髪を軽く一度撫でて、そのまま部屋のドアを閉めた。


……友雅さんに、余計な心配かけちゃったな…。
ただでさえ、私のことで気を揉んでいるのに、こんなことに足を踏み入れちゃったから…。
迷惑かけないようにしようって、ついこの間決めたはずだったのに、結局はこうなっちゃう。
後から気付いたって、もう引き下がれないのに…。
ホント、私ってバカ…。

「はぁ…」
「あかね様?」
友雅が出て行ったあと、やっと慌てて藤姫が飛んできて肩に止まった。
けれど大きな溜息を着いてから、がくりと頭をうなだれたあかねの表情は、まだ少し陰りを残したままだった。


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Megumi,Ka

suga