Kiss in the Moonlight

 Story=13-----04
小さな商船や客船が入港しては出航し、多種多様の人々が町を行き交う。
昨日よりも更に人手は増えて、賑やかさはピークに達していた。

「何だか、藤姫ちゃん可哀想だったなあ…」
二人で町に出てからも、あかねは後ろ髪を引かれる思いだった。
泰明の隣で、友雅に連れて行かれるあかねを、じーっと恨めしそうに見ていた彼女が、今も忘れられない。
「お土産でも買って帰れば、ご機嫌を取れるんじゃないかな。」
藤姫の主食は、蜂蜜とミルク。
ほんの少しだけなら、チョコレートと生クリームもOK。
「そういえば、昨日寄った食料品店に、名産地の蜂蜜が売っていたよ。」
「え、本当ですか?気付かなかった!」
何せ昨日までは懐具合が寒すぎて、出来るだけ必要最低限のもの以外、見ないようにしていたので。
でも、今日は普段通りに買い物も出来る。
「それとも、先にランチでも食べようか?今日はレストランにも入れるよ。」
「うーん、どうしようかな〜。取り敢えず、少し歩きながら考えましょー」

するりとあかねの手が伸びて、友雅の腕に寄りかかる。
恋人気分で腕を組んで歩こうと決めて…こんな調子。
ショーウインドウに映るのは、あのドレスを着て彼と歩く自分の姿。
「似合うね。いつもより素敵で、ときめいてしまいそうだ。」
ちらちら自分の姿を眺めるあかねに気付いて、友雅がそんな風に声を掛けた。
お世辞でも嬉しいから、良いか…と割り切って、そのまま調子に乗って一緒に歩いてみる。

「御礼の気持ちでくれたドレス、こうして着てあげられてよかったぁ」
「そうだね。」
長い間凍り付いていたような村では、謝礼するものなど何もなかったのだろう。
だから妻のクローゼットから、心だけでもとドレスを差し出してくれたのだ。
「大切に着なきゃいけませんね」
ドレス自体よりも、これに詰め込まれた彼らの心を大切にしなくては。
そうなると、やっぱり頻繁には着られないかな。



「あれ?あの店から出てきたの、友雅とあかねじゃん?」
船着き場近くの市場を抜けて、町の中心部に戻ってきた頼久たちだったが、丁度食料品店から出てくる二人を天真が見付けた。
二人の手には、小さな紙袋。あかねはロリポップキャンディを頬張りながら、友雅と腕を組んだりして。

「あいつらさあ、ホントに…こう見てると、ふつーに出来上がった奴らにしか見えねえよな。」
「お二人の間にある絆は、特別なものだからな。さぞかし深く、心を通わせておられるのだろう。」
「んー…友雅の方は、ちょっとばかし気の毒でもあるけどな。」
彼が本気になるほどに、与えられた運命に肩を落とすことになるかもしれない。
あかねを護る任を得なかったら、今も自由気ままに人生を楽しめただろうに。
「気まま過ぎるのも、困りものだがな。あの方の場合は…少々戯れ事が頻繁で、派手過ぎていたし。」
そう。あかねを探しに行った時だって、いつのまにか酒場で女性を見付けて、それきり姿を消してしまって。
どこに行ったのかと右往左往していたら…ちゃっかり朝になって、あかねを見付けて連れてきた。

「しかし、あの頃からそういうことも、ぴたりと止んでしまったな…」
王宮内の敷地にある酒場などには、彼と顔馴染みの女性たちは山ほどいる。
時折呼び止められて、友雅によろしくとか言われたりするけれど、全く顔を出さなくなったようだ。
常にあかねのそばにいて。
彼女の足元を護りながら手を引き、背中を支えて…三年が過ぎて。
「でも、あいつがそこまであかねに尽くしても、確実に手に入れる方法はないってのが、まあ気の毒だわな。」
踏み込むことは許されない。フライングも出来ない。
最後の審判を待ちながら、あかねとともに生きるだけ…。
「同じ男としちゃ、ツライよなあ。」
…まさか、友雅に同情する日が来るなんて、思っても見なかったな、と二人を遠巻きに眺めながら、天真はつぶやいた。



「さて、どこでランチにしようか、姫君?」
二人が抱えた小袋には、果物のジュースと出来たてのシーフードサンド。
天気も良いし、どこか外で座って食べようというあかねの提案に、友雅はすんなり従うことにした。
「やっぱり、見晴らしの良いところが良いなー。向こうあたり、少し高くなってて良い感じしません?」
あかねが指を差したのは、石造りの階段が続く高台。
鮮やかな緑の垣根に覆われた公園に、煉瓦の東屋が建っているのが見える。
あそこだったら、町を大体一望出来るかもしれない。
問題の教会も、遠くにいながら場所を確定出来そうだ。

「では、今日のランチはそこにしよう。」
彼女の手を引いて、人混みの喧噪をすり抜けてゆく。
熱気の溢れる場所を通り過ぎて視界が広がると、空気も緑の香りがしてきた。

ゆっくりと一段ずつ、あかねの手を取り階段を上がってゆく。
どんどん町の風景が遠ざかり、その代わり空が近付いていくような気になる。
しかし、丁度半分まで登り切った頃。
突然あかねが足を止めて、眼下の景色を見下ろした。
「どうしたんだい?何か、気がかりなものが見付かった?」
「……あの…今、この高台の裏あたりから、昨日のおじさんが出てきたんです」
昨日の、娘が"無駄死に"したと嘆いていた男のことか。
「何だろ…。何か、寂しそう…」
彼の素性を知った今では、その寂しさは当然のことだと感じる。
でも、肩を落として歩いていく姿は、昨日よりもずっと寂しそうな…悲しそうな。
「何かあったのかな…。友雅さん、ちょっと一回降りてみませんか?」
「まあ、君がそうしたいのなら、構わないけれど。」
辺りは明るくて民家も多いし、町中にも比較的近い。
治安的には、問題はなさそうだ。
あかねがそこまで気になるのなら、何かしらがそこにあるのかもしれない。


階段を下りて、再びあかねたちは地上へと降り立った。
既に男の姿はなく、追い掛けようにも行き先は予測さえも出来ない。
「彼が出てきたのは、この歩道の向こうあたりかい?」
「うん、多分…。」
遠く見通せる歩道には、緑の街路樹が続いている。
だが、そちらには不思議と民家が見当たらない。
「行ってみる?」
あかねはうなづいて、友雅に駆け寄った。
何となく、彼のそばにいなくちゃいけない…そんな胸騒ぎのようなものを感じて。

ぴったりと肩を抱いて貰いながら、歩道を前に向かって歩いてゆく。
景色はとても綺麗なのに、どうしてだろう。あまり心地良い気分になれない。
それはあかねだけではなく、友雅も同じ気持ちだった。

しばらくすると、辺りは青々とした芝生が広がっていた。
綺麗に手入れされた芝。
その中に点々と存在している白い石碑たち…………つまり、それは墓石。
「墓地だったのか。どうりで何となく、寂しい雰囲気がしたということだ」
刻まれた名前を眺めつつ、友雅はそうつぶやく。
すると、急にあかねがぎゅっと腕にしがみついた。

「…友雅さん、これ…」
彼女が、ひとつの石碑を指差した。
刻まれていたのは、女性らしき名前。
しかしその名前の下には、くっきりと一角獣の顔が彫り込まれている。
これひとつではない。
その隣も、向かい側も、上も、そして下も………。
ユニコーンの姿が家紋のように刻まれた墓碑は、すべて女性の名前だった。



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Megumi,Ka

suga