Kiss in the Moonlight

 Story=13-----03
「鷹通は、永泉と出掛けて来い。私は調べものがあるので、留守を預かる。」
そうなると…まさか友雅の同行者は…。
「おまえは、あかねと一緒に行け。」
たまりかねた鷹通が、横から慌てて割り込んで来た。
「しかし泰明殿、いくら友雅殿が着いていると言っても…」
友雅は何も答えないが、同じように思っていることだろう。
出掛ければ、少なからず危険に晒される。
けれども、出掛けなければ危険度は下がる。
どちらが良いと考えたら、あかねこそ留守番をしていた方が良いに決まっている。

「おまえが言う通り、危険はある。だが、向こうの気を惹くには、あかねが出るしか方法はない。」
身を乗り出した鷹通に、泰明は目線だけをそちらへ向ける。
「あかねか…または、相手に存在を知られている友雅か。どちらかが出れば、向こうは動く。」
「そのために、あかね殿を囮にしろと言うのかい。」
泰明は、返事をしない。
けれど鷹通も友雅も、泰明が肯定していることだけは分かった。
「勿論、あかねに危害が出ぬようには心掛ける。万が一の時は、友雅------分かっているだろうな。」
さっきも言った通りに、と泰明は付け加える。
「命を犠牲にしてでも、あかね殿を護れと言うんだろう。」
「…分かっているなら構わない。」

この任を背負った時から、その覚悟はいつも持っている。
だけど、最近になってほんの少しだけ、心境が変わって来ていた。
あかねを護るために、自分が犠牲となるのは良いけれど、もしそれで命を落としたとしたら-------。

今までみたいに、彼女のそばにいられなくなる。
その笑顔も、笑い声も感じられなくなる。
そして、自分が息絶えたことを、彼女が少しでも悲しんでくれるとしたら……。

「悲しませたくないからね。命に関わらぬよう、緊張感を持って行動するよ。」
「油断をしなければ、おまえの持つ天性の洞察力と勘を持ってすれば、最悪の状態は防げる。」

そうだね。隙を見せなければ、何とか凌げるだろうね。
私も今となっては、自分のこの命が惜しいから…本気を保たなきゃいけないな。

生きていれば、ずっと…一生彼女のそばにいられるのだからね。
例えそこに、恋愛感情などなくても。
彼女が誰か…他の男と結ばれたとしても、そばにいることは出来る。
それが、せめてもの幸い。
複雑ではあるけれど、離れてしまうよりはずっと良い……と、自分に言い聞かせてやろう。




聞き慣れたリズムのノックで、部屋のドアが鳴らされる。
「どなたでしょう?」
「うーん、多分友雅さんじゃないかな」
特に確証はないが、何となくあかねは答えた。
何か用事があったとしても、連絡に来てくれるのはいつも友雅だし…。
肩から藤姫は飛び立って、ドアの覗き穴を確認しに行ってみる。
あかねが言ったとおり、外にいたのは紛れもなく友雅だった。

「1時間ほどご無沙汰だったね。何をしていたの?」
「あ、荷物の整理とー…あとは、ちょっと藤姫ちゃんとおしゃべりとかです。」
一緒にいなかった間の道中の話や、妖精の世界のこととか。
逆にあかねが人間界の話をしたりすると、藤姫は興味津々で耳を傾ける。
二人でいると、話題は尽きない。

「楽しそうだねえ。そんなところに水をさすようで悪いけれど……私と一緒に、出掛ける気はないかな?」
「えっ?外に…ですか?」
今朝、狙われているのだから危ないって、あれほど言っていたのに。
なのに、出掛けようって…どういうことだろう。何か、理由があるのだろうか。
「別にこれと言って理由はないけど。敢えて言うなら、そうだな…可憐な姫君と恋人気分に浸ってみたい、というところかな」
「こ、恋人っ…!?」
過剰に反応するあかねのそばで、藤姫はじーっと友雅の様子を伺っている。
その視線に気付きながらも、彼は知らぬふりであかねだけを見る。

「ああ、そうだ。せっかくだから…以前頂いたドレスを着てみてはどうだい?」
「ドレスって、教会の奥さんがくれたやつですか?」
守護妖精を解放し、隣村を平穏へ導いてくれた御礼だと言って、教会の夫妻があかねにくれたものだ。
パーティーや宴に着て行くような、かしこまったものではないが、凝ったリボンや縁取りがあしらわれていたりして、旅の日常着にするには勿体無い、としまいっぱなしだった。
「きっと君に、よく似合うと思うよ。美しい姿の姫君をエスコートするなんて、思い描いただけでも胸が躍るよ。」
すっとあかねに近付いて、友雅はその小さな手を取る。
そして彼女をクローゼットの前に連れて行き、観音開きのドアを開けた。

「さ、私の楽しみを現実にして、見せてくれないかな?」
ハンガーに掛けられている、くすんだワイン色のドレスを取り上げる。
あかねの両肩に広げて、鏡に映った彼女の姿を見て友雅は微笑む。
「あの、危なくないですか?外に行ったりして…平気ですか?」
「うん。正直、危険がないとは言えないけど、大丈夫だろうって泰明殿からもお墨付きだよ。」
直接顔を見合わせず、鏡の中で相手の姿を見る。
背後に佇む友雅は、自分を後ろから包み込むように、そこにいる。

そんな風に思っていると、彼の両手が伸びてきて身体を捕らえた。
「私がいるから。護ってあげるから、安心しなさい。」
耳元で、しっかり聞こえる友雅の声。
その声は…三年前の、初めて会った時と全然変わらない。
この言葉を信じて、ここまで歩いてこられたんだ。

「じゃ、一緒に行きます。エスコートしてくれるんですよね?」
「当然。こちらこそ、エスコートさせて貰いたいとお頼みしたいよ。」
「はい。じゃあよろしくお願いします。」
腕の中で、くるりとあかねは向きを変える。
そして今度は、友雅の顔を真っ直ぐに見上げて、笑顔を見せた。
……ああ、この笑顔だ。
初めて見た時から思ったんだ。胸が暖かくなるような、気持ちの良い笑顔。
彼女が一人前の上級巫女になるまで、笑顔を失わせずに護ってやろうと思った。
でも今は、できればずっと----------そして、願わくばその笑顔を、自分のためだけに…と、そんな風に思い始めている。

いや、本当はずっと思っていたのかな。
それを自覚していなかっただけで…。

「ねえ友雅さん、藤姫ちゃんも連れて行っても良いですか?」
とんとん、と腕を叩かれて、友雅ははっとして現実に戻った。
あかねが指を差すと、ひらりと飛んできた藤姫が、あかねの肩に座った。
「うーん、残念ながら彼女には、留守番をしてもらうことになるね」
「ええっ!?私もあかね様とご一緒したいですわ!」
藤姫はあかねの肩にしがみついて、離れたくないという意思表示をする。
しかし、可哀想だがそうも行かない事実。
もしも例の女性が、あの村を陥れた張本人だったとしたならば、妖精の気配に直ぐさま気付くだろう。
「あかね殿の気配と君の気配が二乗になっては、相手への存在証明を高めるだけなんだ。悪いけれど。」
いざという危機に遭遇した際、あかねだけでも決死の覚悟で護らねばならない。
そこに、藤姫まで気を止めなきゃならないとなると、集中が出来ない。

「藤姫ちゃん、ごめんね。でも、友雅さんの言うことは正しいから…」
「そんな、あかね様っ」
こうも懐いているのを引き離すのは、ちょっと心苦しい気持ちになる。
「泰明殿がこちらに待機していてくれるから、一緒にいると良い。彼のそばなら、安全だよ。」
友雅はそう言ったが、藤姫にとってはあかねのそば以外、何の楽しみもない場所なのだった。



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Megumi,Ka

suga