Kiss in the Moonlight

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あかねに用意された部屋には、見覚えのあるものばかりが揃っていた。
ソファ、ベッド、カーテンの柄やサイドボードの中にある、ティーセットのブランドまで。
無理もない。そこは昨日、彼女が最初に通された一人部屋だ。
「あかね様、広々として素敵なお部屋ですわね。」
初めてこの部屋を見る藤姫は、ひらりひらりと部屋の中を飛び回っては、あちこちを見渡して目を輝かせている。
しばらくすると、あかねが用意したブランデーグラスの縁に止まり、その薄い羽根を休ませた。

「あかね様と離れている間、どうなさっているのかと不安で不安で…。大変なことは、ありませんでした?」
「んー?そうだね。お金がギリギリで、ちょっと大変だったけど。でも、何とかみんなが来てくれるまで過ごせたよ。」
持参金がかなり厳しくて、部屋の料金に関して友雅と揉めたりしたが、今はもうそれも笑い話に出来る。
予算に限界があるなら、それはそれで金額に合うものを探せばいいのであって。
レストランじゃなくても、食料品店で買い物をすれば良いし。市場に行けば、更に安いものだって手に入る。
上級巫女として王宮に上がる前は、そんな風に家計と相談して生活していたのだ。
そんなの全然辛くもないし、むしろ自分で選んだりする買い物は楽しい。

「でも、先程のお話にもありましたけれど…危険なことがお有りでしたのね。」
藤姫はグラスから飛び上がり、あかねの肩にちょこんと座った。
「あかね様を狙うなんて、とんでもない不届き者ですこと!。絶対にこらしめねばなりませんわ」
「ふふ…大袈裟だよ、藤姫ちゃん。別に、まだ直接危ない目には遭ってないし。」
「ですが、友雅殿はおっしゃってましたわ。あかね様を連れ出そうと、その占い師が電話を掛けてきたと。」

これに関しては、あかねはよく分からないのだ。
電話で話したのは友雅で、相手がどんな内容を言っていたのかも、あかねの耳には聞こえなかった。
ただ、終始友雅は険しい表情をしていて、時々片手にダガーを握りしめていた。
何にせよ、穏やかな話をしているわけじゃないらしい…。それだけだ。
「くれぐれも、お気をつけて下さいね?用心し過ぎて損はしないものですから。」
「うん、分かってる。でも…大丈夫だよ。友雅さんがいてくれるし…」
やっと手元に届いたトランクを開け、中の荷物を取り出しながら藤姫と会話する。

「…あかね様は、他の皆様よりも友雅殿を、一番に信頼されておりますのね」
「えっ?」
ふわりと手元に飛んで来た藤姫が、クッションの上に座ってあかねを見上げる。
「そう…見える?」
「…はい。殆どいつも、友雅殿とご一緒に行動されてらっしゃるし…」
確かに、事情を知らない人から見たら、特別に親しいように見えるかもしれない。
実際、町中で歩いていたって、恋人同士に扱われることも珍しくないし。
「うん…友雅さんはね、他の人とは…違うの。」
そう言って、あかねは荷物を整理する手を止めた。

「友雅さんも、私と同じように天啓を受けた特別な人なの。だから、ある意味では私と同じ境遇って言えるかもね。」
上級巫女を見つけ出す力を持ち、その女性を護ることに生涯を捧げる運命を背負った彼。
そんな彼が見付けたのは……………この私。
「ずっと護ってくれるって、約束してくれたの。その約束は、今もちゃんと守られてる。だから、安心していられるの。友雅さんがいると。」
「…そうなのですか…」
「だから、藤姫ちゃんの言うように…一番信頼してる…人だよ。」
でも、他のみんなも信頼しているから!と、あかねは付け足した。


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荷物の片付けや雑用を済ませ、ようやく落ち着いた鷹通はソファに腰掛けた。
あかねの部屋の、真向かいにあるツインルーム。
友雅は窓辺に腰を下ろして、宛てもなく町の景色を見下ろしている。

「話を聞いた時は、どうなることかと思いましたが…あかね殿がお元気で、ホッと致しました。」
「例の相手とは、私が電話で話しただけだからね。」
ただし、あの女は"日を改めて伺う”とか言っていた。
間違いなく近日中に、何かしらアクションを起こしてくるだろう。

「本当は、向こうが動きだすうちに、この町を出てしまえば…と思ったんだ。でも、向こうがあかね殿を狙っているのが分かっているし。そのままにしておけないだろう?」
どうにかしなくては、今後もあかねを追い掛けてこないとも限らない。
「それに、あかね殿の神気に気付いているのも…ちょっとおかしな雰囲気だね。」
「そうですね。普通の者とは思えませんね…」
あかねのサポートメンバーに選ばれた鷹通でも、彼女の特殊な気は感じ取れない。
自分たちの中で気付ける者は、司祭であり法力を持つ泰明と永泉くらいか。
友雅を除いて、だが。
なのに、まったくの部外者がそれに気付くなんて…やはり妙だ。

「問題の呪い師だとしたら、かなりの力を持っているだろう。今回は、そう簡単に行かないかもしれないね。」
これまでよりも、危険が伴うかもしれない。
ある程度、覚悟をしていた方が良いだろうか……。


合図を知らせるリズムのノック。仲間の誰かがやって来たようだ。
すかさず鷹通がドアを開けると、外に立っていたのは泰明だった。
「例の女について、少し情報を集めてきた。中に入っても良いか」
「ええ、どうぞ…」
開けられたドアをくぐり、泰明は部屋の奥へ進んでゆく。
友雅は相変わらず、窓辺に座ったままで泰明を出迎えた。
「仕事が速いね、泰明殿は。」
「敵が動く前にこちらが動かねば、危険が増えるだけだからな。」
そう言って泰明は、空いているソファに腰掛けた。

調べてみると、この町には4つの教会があるらしい。
地方や異国の貿易商が行き交うこの町では、その土地それぞれの信仰に備えて、各派の教会や寺などがある。
問題の教会とは、町で一番古い教会だと言う。

「現在の宣教師の曾祖父が、ここで教会を開いたのが始まりだそうだ。」
それから祖父・父親…と、四代に渡って聖職に就いている。由緒正しい、神の使いの家系と言ったところか。
しかし、今の宣教師は未だに独身で、跡継ぎがいない。
代々の聖職を継続するためにも、それなりに伴侶探しに念を入れているらしいが…あいにくと、結果はよろしくない。
「そこに、何故だか数年前ほどから、女が出入りするようになったらしい。」
「女?もしかして、それが私と電話で話した例の自称占い師…?」
「おそらくな。しばらくすると女が教会にやって来た信者に、占いなどを施すようになったそうだ。それが意外と的中率が良いと評判になり、今も教会に住み着いている…といったところだ。」
ついには町の者は皆、まるで彼らが夫婦のように認識するようになった。
本当のところは…分からないが。

「夫婦ねえ?その宣教師は押し掛けて来たけれど、夫婦という感じではなかったけどね?」
どちらかというと、彼女の方が主のようで。
彼女に言われて、ここにやって来ました…という感じだったし。
これでは夫婦というより主従関係に近い。
それか、女性が側にいること自体に、舞い上がって自らを見失っているとか?
「女に免疫がないのだろう。おまえと違ってな。」
平然と友雅に向けた泰明の言葉に、鷹通は思わず吹き出しそうになった。

「まあ、教会と女についてはそんなところだ。」
まだまだ不足の情報はあるが、短時間でそこまで調べられれば上等である。
これから町中を散策でもしてみれば、自ずと彼女たちの噂が聞き出せるだろう。
「イノリは詩紋と、天真は頼久と町に出ている。普通の旅行者の振りをして、一日ほど見歩きして来ると良い。」
「……私もかい?」
この組み合わせで行けば、鷹通と出掛けることになりそうだ。
だが、そうしたらあかねが一人になってしまう。
妖精の藤姫は話し相手にはなるにしても、危険を回避する力としては不十分だ。


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Megumi,Ka

suga