Kiss in the Moonlight

 Story=13-----01
「どうしました?天真。さっきから随分大人しいですね?」
従業員に案内され、皆はあかね達が泊まっている部屋へと通された。
値段を抑えているためか、ソファセットにクローゼットの、あくまで簡素なインテリアのみ。
だが、ダブルの二人部屋ということで、思った以上に広さだけはある。
「天真、お茶が冷めてしまうよ。少しはくつろいだらどうだい?」
友雅はそう言って、湯気の立つ熱い紅茶のカップを差し出す。

…って言われてもなあ…。
カップを手に取りつつも、自然に目が行ってしまう壁際のベッド。
ダブルサイズだから存在感はたっぷりで、シーツとピローケースには乱れた皺が残っている。
あいつら、ここで一晩一緒に寝てたんだよなあ…。
これまでにも、二人が同じ部屋で一晩を過ごす事はあった。
けれどもこうやって、使ったベッドが目の前にあると…否応にも豊富な想像力が働いてしまう。

しかし、本人たちの様子を見てみると…特に甘い雰囲気などはなく、いつも通り。
友雅はあかねのそばに着いているが、変わった様子は見られない、
…出来上がって…んのかね?
でも、そういう風にも見えないしー…。
それに友雅だって、今はどうにもならねえ立場ってのは自覚してるだろうけど…。
「天真くん?お茶苦かった?お砂糖入れる?」
「あ?い、良い。少し苦いくらいで充分っ」
角砂糖一個をつまんだあかねを尻目に、天真は慌てて紅茶を口に含んだ。



それぞれのカップに、二杯目の紅茶が注ぎ終わった頃。
旅の疲れや慌ただしさに翻弄されていた心と身体も、ようやく落ち着きを取り戻してきた。
やっとこれで、本題に入れる。
しかしまず最初は、軽く後日談などを。
「そうか。じゃあ窃盗団の彼らと一緒に、元締めも引っ張り上げられたのだね。」
「ええ。さすがに彼らも捕まった以上、自分たちの身柄は保証されないと解ったのでしょう。捜査に全面協力したそうです。」
ひとりのボスに人生を一任し、裏街道から出られない生活を続けるよりも、数人の手を借りてまっとうな道を歩く方が、まだ未来があると思ったようだ。
塒へ追い込まれた窃盗団は、ボスや幹部もろともお縄になったのだと言う。
「じゃあ、これであのおじいさんも安心ですね!」
「老人は昨日の夜、王宮に着いたと連絡があった。窃盗団も捕まり、そして王宮の中に入ってしまえば、あとは何の問題もない。」
泰明の話を聞いたあかねは、ホッと胸を撫で下ろした。
そして、最初に事件に頭を突っ込んだイノリも、やっと肩の荷が下りた…と安心したように目を伏せた。

「で、残念ながらひとつの問題が万事解決したのに、今度はこちらで面倒な事が起こったのだけれど…」
即座に話題は、現在進行形へと転換する。
「例の、怪しげな占い師の女か」
「そう。泰明殿に夕べ伝えたのが、私たちの知っていることの全てだけどね。」
あの電話を切ったあとから、一切向こうからのアクションはない。
だが、諦めては居ないだろう。
占い師という肩書きを持っているようだが、知名度はどうあれ…特殊な何かを感じる力や、人の真実を見抜く力は長けているらしい。

「人を見抜く、ですか。友雅殿と、似たような力ですね…」
「別に、私の力なんてそれほどではありませんよ。永泉様の法力の方が、よっぽど人の為になるのではないですか?」
謙遜して言ったのか、本当に自分のことをそう思っているのか分からない。
けれども友雅本人がどう言おうと、彼の洞察力に異議を唱える者は一人としていないだろう。国王も含めて。

「直接会ったわけではないなら、外見は確認していないのだな」
「ああ。でも、教えてくれた特徴と、ぴったり当てはまる相手らしいよ。」
あかねの膝の上に座っている、長い黒髪の小さな妖精。
彼女が思い出してくれた、村を混乱に陥れて姿を消した呪い師…。
「あかね様、危険なことに遭われませんでしたっ?」
「うん、心配してくれてありがと。でも、特に何もなかったよ」
不安げに見上げる藤姫を、あかねは優しく手のひらで包む。
「あかね様をお護りすることで、お力になれることがあれば、私も精一杯、頑張りますわ。」
指の爪と大差ない小さな手を、ぐいっと強く握りしめて、藤姫はあかねの力になろうとしている。

そんな二人から、少し離れて。
「だが、敢えて相手に一度近付いてみるのも、策の一つかもしれん。」
泰明が言い出した提案に、誰もが息を飲んで顔を上げた。
「会って確かめねば、相手が我々の考えている敵かどうか、分からんだろう。」
確かに、それはそうなのだが。
でも、これまでと今回とでは状況も目的も違う。
今までのトラブルは、あくまで巻き込まれてしまった上で危険が伴ったけれど、今回は………。
「向こうはあきらかに、あかね殿を狙っているんだよ。それでも相手に会えと?」
例えその相手が、藤姫たちの村を混乱に落とした呪い師でなくとも、あかねが狙われているのには変わりない。
そこにわざわざ出向いて、近付くなんて危険も過ぎた行為ではないか。

「そういう時のために、おまえがいるんだろう、友雅。」
硝子玉のように澄んでいて、尚かつ暖かみの薄れた色をした泰明の目が、友雅の姿を凝視する。
「あかねに危険が及んだ時、身を挺して護り抜くのが、おまえの役目だろうが。」
「……分かっては、いるけどね…」
そのために、自分は彼女の一番近くにいることを、天啓として許されている。
言われなくても、彼女に初めて会った時から…自然と自分はそれを理解していた。
「例えおまえが尽き果てても、我々がいる。だから、あかねのことは安心しろ。」

……え?尽き果てる…って、それ…。
はっとして、あかねは泰明の方を見る。
表情はいつものまま。
彼だけではなく、友雅も、そして他の面々も、誰一人として動揺していない。
胸騒ぎがするのは、ただ一人…あかねだけだ。

同じ部屋で、こうしてみんなの会話を聞いているのに、何故だかとても疎外感を覚える。
入り込めない空気。
自分だけが特別な位置に匿われていて、肝心な現実から引き離されているような。
「くれぐれも、慎重な計画を立ててからにしてくれるかい。危険度は低ければ低いほど、良いのだし。」
「当然だ。おまえの命もまた、あかねを護るには必要不可欠だからな。」

ズキン…小さな傷みのようなものが、胸の奥に響く。
……命って…。友雅さんの命?
私を護るのに、友雅さんの命が必要……。
それじゃまるで、私に危険が及んだら…友雅さんが命を投げ出すように聞こえる。
なんか…嫌な感じ…。それこそ人柱みたいじゃない。
友雅さんが一番に護ってくれているのは、分かっているけど…そんな、命をどうこうなんて言葉、聞くの嫌だな…。


リリリリ…ン…と、電話が鳴り出した。
近くにいた永泉が受話器を取ると、相手はフロントにいた宿の主人から。
「あの、部屋の用意が出来たそうです。鍵を渡しますので、フロントへ降りてきて欲しいとのことです。」
「そうですか。手続きもしなくてはなりませんし、私が行ってきましょうか。」
鷹通は二杯目の紅茶を飲み終え、カップを置いてソファから立ち上がる。
旅の資金管理は、鷹通の仕事。
宿料金などの生活に必要な支払いはもとより、前日の個人出費額を毎日欠かさず計算し、朝食時に必要と思われる額を支給する。

「戻り次第、部屋を移動します。友雅殿とあかね殿は、お荷物をまとめておいてください。」
質素なダブルの部屋も、今日でおしまい。
この宿に滞在する期間は、そう長くはないだろうけれど、これからは今よりは良い部屋で過ごせそうだ。



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Megumi,Ka

suga