Kiss in the Moonlight

 Story=12-----04
そういえば、さっきあかねが浴室に飛び込んで行ったが…どうしたのだろう。
友雅はドアに近付いて、軽くノックをしてから声を掛けた。
「あかね殿?どうかしたのかい?」
「…あ、もうちょっと待って下さい!」
ガサガサと浴室の中で、何やら音がする。
それから2分ほど過ぎた頃、やっとドアが開いて彼女が出て来たのだが…その姿を見て友雅は唖然とした。
「どうしたんだい?そんな格好に着替えて…。まだ出掛けるには早いよ?」
「だ、だって…誰か狙ってる人がいるんじゃないんですか!?」
髪の毛もしっかり整えて、靴もきちんと履き替えて。
今すぐにでも、宿を発てるような姿であかねは神妙な顔をする。

「別に、そんな人はいないよ。」
「だって……」
彼女の視線が、友雅の手元に向けられた。
ペンダントと同じ色の、深い緑の瑪瑙があしらわれたダガー。
さっき、それを鞘から抜こうとしていたのを、あかねの目は捕らえている。
「ああ…これ?まあ、いざというときの為にと、取り出しただけのことだよ。」
「ホントですか?誰かと戦う必要があって、手にしたわけじゃなくって?」
不安そうに詰め寄るあかねに対して、友雅は穏やかに微笑んで首を横に振った。

「さ、そういうわけだから…安心して休みなさい。」
あかねをふわりと抱き上げて、友雅はベッドへと戻る。
着替えてしまったのなら、この際洋服を着たままでも良いだろう。
二人分のくぼみと、シーツが乱れたその中へ、もう一度あかねを横たわらせてブランケットを掛ける。
「…友雅さん、隣に来ないんですか…?」
彼が眠れるように、壁際に少し身体をずらしたのに、友雅はベッドの中に入ろうとしない。
「私は、やっぱり遠慮しておくよ。あかね殿が、自由に使うと良い。」
「そんなっ…一緒に、って言ったじゃないですか!」
せっかく掛けてもらったブランケットを、はね除けてあかねは起き上がる。
しかし友雅は背を向けて、ソファに深く腰を下ろしてしまった。

「ここでごろ寝していれば、見張りにもなるしね。この方が効率良いだろう?」
予備のブランケットだけ一枚借りて、二人掛けのソファに横になる。
やや幅が短くて、足が肘掛けの外に出てしまうけれど、まあこれくらいなら問題はない。
「君はゆっくりと朝までおやすみ。姫君の枕元は私が護っているから、安心して良いよ。」
そばにやって来たあかねの手を取り、指先に軽くキスをして友雅は目を閉じた。

だが、あかねはその場にしゃがみ込むように膝をつく。
そして彼の腕に手を絡めると、静かに自分の顔を押し当てた。
「一緒に寝て…くださいよ。」
彼女の声に、友雅はそっと瞼を開いた。
懇願するような瞳で、それでいて、ほのかに恥じらうように頬を染めて。
その唇で、自分と一緒に寝てくれと告げる。
あまりにもそれは、魅惑的で甘美な誘いじゃないか。
…残念ながら彼女が、その言葉の意味を自覚しているとは、到底思えないけども。

「でもねぇ…。隣で艶かしい女性がいると、理性を保つのが大変で落ち着いて眠れなくてね。」
「そんな冗談は良いですからっ…!お願いだから、ベッドで寝て下さいっ」
あかねは身を乗り出して、今にも抱きつきそうなほど近付く。
「そういう約束でしょう?私、構わないって…言ったじゃないですか。」
この部屋に入るとき、そう約束したし。
ついさっきだって、友雅は自分から言った。
「だから…平気ですから。友雅さんもベッドで、ゆっくり身体休めて下さい。」
彼女の手が、友雅の手をぐっと引っ張る。
女性の力で彼の身体が動くなんて、最初からあるはずがないと分かっているけれど、それでも。

「ねえ早くっ!友雅さんっ!」
「……ふう。分かった分かった。あかね殿には敵わないよ。」
仕方なく友雅は重い腰を上げ、彼女に引かれるようにベッドへと向かった。
彼がやったのと同じように、今度はあかねがブランケットを広げて、枕を整える。
先にベッドに入って壁際に寄り、友雅が寝る余白を取る。
「友雅さんが一番疲れてるんですよ。気持ち良く朝まで眠って下さい。」
「はいはい。じゃ、お言葉に甘えて………」

カチ、とランプが消えて、部屋が暗くなって。
きゃっ…とあかねの声がすると、彼女の身体は友雅に包み込まれた。
「気持ち良い眠りと目覚めのために、抱いて眠らせてね」
「えっ…あ?あ…は…い…」
船の中みたいに狭いベッドじゃないのに、二人の身体は夕べみたいに密着して。
心音が伝わるほどに、近付いて横たわる。
「おやすみ」
「………はい」
両手に背中を包まれ、あかねは目を閉じる。
目を閉じても、開いても、辺りはただ暗闇が広がるだけ。
聞こえるものと言ったら…友雅の心音だけ。

二人同じシャンプーの香り。
でも、ちょっとだけ彼の香りの方が、深く甘い感じがするのは…何故だろうか。
囁く声に似た、甘くてどこか優しくて…落ち着く香りに包まれて------------
いつのまにか意識は途切れて、夢の中に沈んでいた。




目覚まし時計の音ではなく、けたたましいくらいの電話のベルで目が覚めた。
ぼやけている意識を起こして、友雅は身体を持ち上げる。
腕の中のあかねも、もぞもぞと身動きしてベルに反応を示している。

「……はい、こんな朝早く、どんな用件なんだい?」
五月蝿い電話の受話器を取り上げ、ゆっくり身体を伸ばす。
窓はまだ開いていないが、天気は悪くなさそうだ。
『お約束されているお客様が、お見えになっております。』
「……また夕べの、怪しい女性じゃないだろうね。それなら、帰ってくれと言ってもらいたいんだけど。」
昨夜の会話では、あれで引き下がるようにも思えない。
時期を見て、再びやって来るだろうと踏んでいるが…まさか、こんな朝から訪ねて来たとか?

『いえいえ!違いますよ。昨夜、お客様に承りましたご友人方が、朝一番の船でご到着されておりまして。』
というと…泰明たちが着いた、と。
船着き場で出迎えようと思っていたが、外出する手間が省けて良かった。
『お部屋はまだご用意出来ていないのですが…どちらでお待ち頂きますか?』
「そうだな…。じゃ、悪いけれどここへ通してくれるかな。その間に、早めに部屋の用意をお願いするよ。」
了解致しました、とフロントの男は礼儀正しく答えて、電話を終えた。

「あかね殿、皆が宿に到着したらしいよ。」
「んー…随分早いですね…」
ベッドで目をこすりながら、あかねは大きく伸びをする。
「夕方出発の船だったらしいから、私たちよりも早い時間に着いたんだね。」
ようやくこれで、フォローの手が増えた。
最前線で彼女を護るのは、自分一人にしか出来ないこと。
だれど、未踏の地で仲間が近くにいてくれるのは、やはり有り難いものだと友雅は思った。



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Megumi,Ka

suga