Kiss in the Moonlight

 Story=12-----03
『夜分遅く申し訳ありません。フロントの者なんですが……』
こんな時間に、フロントから電話?
特に騒いでいるわけでもないし、迷惑など掛けていないはずだが。
「何かご用ですか。もう眠りに着いていたので、急な用じゃなければ明朝にして欲しいんだが?」
『申し訳ありません…。実は、お客さまにお会いしたいという方が、下でお待ちなのですが。』
友雅は面倒臭そうに前髪を掻き上げながら、電話に耳を傾けた。
「私たちはこの街に、知り合いは一人もいないんだ。だから、逢う必要のある人物はいないはずだよ。」
『いえ、それが…実はお待ちになっている方は、この街の教会の方でして。』

確か、さっき部屋に押しかけてきた男…宣教師だとか言っていた。
教会の者というのならば、あの男と同じ類の人物ではないか?
だったら尚更に、話をする必要などない。無視するに限る。
「断ってくれ。私たちには、その男に会う用件はないよ。」
さっさとあしらって、電話を切ろう。
そう思い、受話器を耳から離そうとした時、フロントの声が慌てて言葉を繋いだ。
『いえ!お越しになっている方は、教会でお手伝いをされている女性の方です。』

女性…。何だろう、妙な胸騒ぎがする。
もう少し話を聞いた方が良いか?
再び友雅は、受話器を握って耳に当てた。
「その女性は、どういう人なんだい」
『ええと…教会に住み込んでいる女性占い師の方でして。』
「………髪が長い?背が高くて?」
『は?ええ、そうです。とてもお美しい御方ですよ。』
フロントの男は、友雅から戻ってきた言葉にびっくりしたようだった。
今し方、この街に知り合いはいないと言っていたのに、おおまかの彼女の容貌を言い当てたのだから。

「部屋には通さないでくれ。代わりに、電話を替わってくれるかい。話だけは聞いてあげるよ。」
どうせ、ろくな話題じゃないだろう。
けれども、声をこの耳で聞けば、相手の雰囲気は何となく察せるに違いない。
しばらくして、受話器から女性の声が聞こえてきた。


『はじめまして。急にお呼び立てしてしまって、申し訳ありません。』
「本当にね。初対面の相手にこんなこと言いたくはないけれど、はっきりいってこんな時間に迷惑だな。」
嫌味を言ったつもりだが、果たして相手には通じたかどうか。
"ごめんなさい"と言いつつも、その口調はにこやかな表情を浮かべているように思える。
「で、早く用件を言ってくれないかな。ベッドで彼女が、私が戻るのを待っているのでね。」
宣教師と通じているなら、あかねと自分がそれなりの関係であると、既に聞いているはずだ。
わざと刺激的な表現を誇張して、友雅は嗾ける。
だが、彼女から返された言葉は…思いも寄らない内容だった。
『まだ清らかなお嬢さんですもの。男性のあなたが一緒のベッドでは、逆に寝付けなくて困ってしまうのではありません?』

「変なことを言うね。兄妹でもなく赤の他人の男女が、ダブルの部屋で寝ているのに…まっさらな関係だと?」
『ふふ…嘘を言ったところで、すべてお見通しですのよ。あなたとお嬢さんは、一線を越えた仲じゃないでしょう?』
この女-------何者だ。
妙な絶対的感覚を覚える口調。
横柄な威圧感はないのに、確実なことを言っているような雰囲気。
『あなたはその気でも、まだお嬢さんはそこまで盛り上がっていないようですわね。残念ですこと。』
「……そこまで分かっているなら、構わないよ。さっさと何を企んで、私たちと接点を持ちたいのか、言ってご覧。」
勝ち誇ったような言葉遣いが癇に障って、友雅は遠慮なく相手に一歩踏み込もうとした。

すると女性は、またもにこやかな口振りで言う。
『そちらのお嬢さんの清らかさこそが、今の私たちには必要なのですよ。』
ご存じでしょう---と前置きをして、彼女は宣教師が言おうとしていたことを話しはじめた。
ユニコーンをおびき寄せるため、男を知らない生娘が必要なのだと。
そして、更にこう続ける。
『この街にいる清らかなお嬢さんの中で、そちらのお嬢さんが一番相応しい…と、占いに出ましたの。』
「その話なら、さっき部屋まで押しかけてきた、不躾な宣教師が言っていたよ。」
『ええ、私の占いにお嬢さんが見えたので、彼をこちらに伺わせたのです。でも、あっけなくあなた様に無視されてしまって、払い除けられてしまったものですから…今回私が直接伺ったのです。』
やはりあの宣教師とグルだったのか。
知人もいないこの街で、続けてあかねが狙われることなんて、有り得ないし。

『何も危険なことなどありませんのよ。ユニコーンが近付いて来たら、他の者たちが捕らえますから。』
「…危険はない、ねえ?だったら、今まで君らが連れて行った女性たちは、何故誰一人として戻って来ないんだ?」

昼間、カフェで見かけた男の姿が思い浮かぶ。
酒に頼らなければ、現実から目を背けられない我が身。
自身で娘を"無駄死に"と口にして、諦めてしまおうとしても…心の中は納得出来ていない。だから、酒を口にする。
彼には、そうするしか方法がないから。
それほどに、胸に刻まれた傷は悲劇であるから…だ。
…そんな事実を知っていながら、"危険はない"など、誰が信用出来るか。


カチャ、と金属音がして、あかねはベッドから起き上がった。
目を向ける先には、友雅の背中。
受話器を手にして…まだ何か話しているようだけれど---------
---えっ…。
彼の左手を見て、思わずぎくりとした。
その手にはしっかりと、彼が常に持ち歩いているダガーが握られていて、今にもその刃を抜こうとしている。
何!?一体何があったの…?
もしかして、誰かに狙われているとか…?

すぐにあかねはベッドから下りて、クローゼットに駆け寄って行く。
もしも逃げる必要があるのなら、洋服に着替えていた方が良いかもしれない。
昼間着ていたワンピースを手に取り、友雅の前を横切って浴室へ駆け込んで行く。
「あかね殿…っ?」
急に慌ただしく動き出したあかねに、一瞬友雅の意識が受話器から離れた。
すると、その意識を引き戻すような言葉を、その女性が口にした。

『これまでのお嬢さんと、そちらのお嬢さんは違いますから大丈夫。何か、常人と違う強い気で、護られているように感じますから。』
「常人と違う…?どういう意味だい、それは。」
『そうですわね、神気に近いものでしょうか。まるで、雲の波間を泳ぐ龍のようなうねりの気を……』
友雅は、左手に掴んだダガーを握りしめた。
この女性、どこの誰だか身元は不明だが…あかねの特殊な気を感じている。
完全には解明出来なくても、よほどの法力などを持った者しか、彼女を包むオーラには気付けないはず。
それを察しているということは………。

『とにかく、一度お目通りさせて頂けません?直接、お嬢さんとお話をしたいのですよ。』
「断る。理由はどうあれ、こんな夜中に非常識だ。出直しておいで。」
やや強い口振りで、一蹴するように友雅は女性に向けて吐き捨てた。

少し無反応の時間が流れたあと。
『そうですわね、こんな夜遅くでは落ち着いて話も出来ませんでしょう。日を改めて、また伺います。』
意外にも相手はやんわりと、友雅の一声で姿勢を崩した。
また日を改めて、なんて。本当なら、もう二度と来ないでもらいたいが、そこは本音は隠しておいて。
『それでは、おやすみなさいませ。お嬢さんにもよろしくお伝え下さい。』
胡散臭さの割には丁寧な物腰で、女性は電話を終えた。


静かになった部屋の中で、友雅は考えてみた。
この目で見たわけじゃないが、泰明から連絡を受けた例の女魔術師とは、風貌の特徴は似ているらしい。
しかし、さっきの女性が同一人物でないにしろ、あかねの気を感じ取れるのはおかしい。
警戒すべき相手であることは、間違いない。

手のひらには、鋭い刃を輝かせるダガーが一本。
荷物など殆ど持っていない今の自分には、武器さえもこれひとつしかない。
けれど、もし危険が押し迫った時には----これをかざして、あかねを護るしかない。
最悪、自分が彼女の盾になってでも。



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Megumi,Ka

suga