Kiss in the Moonlight

 Story=12-----02
「じゃ、繰り返すよ。魔術師は女性で、髪が長く背が高い。一人で行動していて、西国の聖地へ向かうために旅をしている---と言ったのだね。」
『そうです。約3日ほど村に滞在し、例の湖で妙な実験を行ったと…』
たった3日の間に守護妖精を封印させ、森の獣たちを混乱させ、ひとつの村を困惑に陥らせた。
これが本当ならば、魔術師としてかなり強力な技を持つ女性だ。
『人に直接危害を与えることはなかった。しかし、周囲を乱して影響を与えるとなると、その方が結果的には害が酷くなる。』
「そうだね…厄介な相手だな。」
『呪い師に意図があって、そのようなことをしているのかは不明だ。だから尚更に、行動は読めない。道中、気を付けた方が良い。』
どこに潜んでいるか分からない。
もしかしたら、この街にいるかもしれない…。

「分かった。君らが到着するまで、十分気を付けておくよ。」
『あかねの身には、くれぐれも注意しろ。おまえのことも含めて、だ。』
………おまえのことも含めて…?

『昨夜や、よく行き過ぎなかったな』
「……やっぱり泰明殿には、お見通しか。ちょっと糸がほつれかかったけど、何とか切れずに止められたよ。」
『おまえにしては、上出来だ。』
本当にね。我ながら…自分を誉めてやりたいくらいだ。
突き進むことなんて容易いのに、理性に打ち勝って踏み止められたのだから。
まあ、糸がほつれかかったこと自体、問題かもしれないけれど。
『おまえの境遇は気の毒とは思う。だが、権利はあかねにあるのだからな。自覚して抑制しろ。』
「………分かっているよ。」
泰明の言葉は、圧力のように友雅を押し潰した。
忘れてはいけないことでありながら、忘れたかった自分の運命の行く末を思い出させて。
辿り着く答えが悲劇か歓喜かの両極端であることを、嫌でも再認識させる。
『明日の朝に、港に着く。フロントに連絡して、人数分の部屋を用意させるように伝えておけ。』
「了解。また何かあったら、連絡を頼むよ。」
友雅の手の瑪瑙は、ゆっくりと色を潜めて深い色へと戻った。


「まったく…。あんなに騒ぐものだから、何かあったのかと鷹通たちも心配していたよ?」
「だ、だって!だって友雅さんが急にっ…急に出て来るからっ!!!」
連絡を終えたペンダントを、友雅はまだ濡れている首に掛けた。
あかねはといえば、バスルームの隅っこでうずくまって顔を両手で覆い、こちらに背を向けている。
「そんなところで小さくなっていないで。最初からちゃんと、腰にはタオルを巻いていたじゃないか。」
「かっ、確認してる余裕なんかないですよっ!」
耳の先まで赤くして、彼女は絶対に振り向こうとしない。
仕方ない。
少しバスタブに浸かって暖まりたかったが、シャワーのみで済ませてしまおう。
友雅はそう決めて、洗面台に置かれていたバスローブを手に取った。

「ほら、もう着替えも終えたから。早くこっちにおいで。」
肩をぽんと優しく掴まれて、おそるおそるあかねは後ろを振り向いた。
首筋から胸元はやや開いているけれど、アイボリーのローブで彼の身体は包まれている。
ほうっとして、安堵の溜息をつく彼女の手を、友雅はゆっくり引き上げた。



部屋に戻ると、すぐに友雅はフロントに電話を掛けた。
泰明に言われた通り、明日到着する彼らの部屋を用意させるためだ。
頼久・天真、詩紋・イノリ、泰明と永泉は2人部屋で良いだろう。
鷹通は……やはり自分と2人部屋となるか。
あかねの部屋は改めて、最初に通されたランクの高い一人部屋を取り直せば良い。

ということは、明日になれば別々の部屋になってしまうのか。
元々、それが当然ではあったはずなのに、今となっては名残惜しい気もする。
そんな彼女はベッドの上で、女の子らしい"お手入れ"に精を出していて、こちらの気持ちなど気付いていないようだ。
「友雅さん、お部屋用意出来ました?」
「ああ、何とかね。2人部屋4つと言ったら慌てていたけど、空きはあるようだ。」
「そうですか、良かったですね。」
良かった、なんて。そんな彼女の言葉こそ、残念だというのに。
時には、さっきみたいに過剰なまでに大騒ぎして、顔を赤くして。
またある時は、今みたいに肝心なところが鈍い。
せめて、こんな甘い空気を敏感に感じてくれれば…少しは気持ちも和らぐし、可能性も期待出来るのだが。

---権利はあかねにあるもので、自分にはない。
従来のように踏み込めない…から、もどかしい。

ベッドの上が、ゆっくりとくぼむ。
ギシ…と軋む音がして、座り込んでいるあかねの隣へ友雅が近付く。
そして、彼女の頬に手を伸ばす。
「だけど、今夜は約束通り…ここで一緒に眠らせてもらうからね?」
「ひぇっ…?あ、ああ…そ、そうですね…」
キスされるような近い距離で、頬に友雅の吐息が掛かって、あかねがびくっと細い肩を震わせた。
これくらい、意識的に近付いても構わないだろう。
そうでもしなければ、この穏やかすぎる姫君の心に、花の蕾を膨らませることも出来ないだろうし。

「…さ、早く休もう。朝になったら、船着き場まで皆を出迎えに行かなきゃならないからね。」
「そうですね、はい、はあ…ええ…」
腕を使ってあかねをベッドに横たわらせ、ブランケットの中へと二人で倒れ込む。
広いはずのダブルベッドの真ん中に、寄り添うように、抱き込むようにして、ランプの明かりを落とす。
「おやすみ」
「…はい、おやすみなさい…」

柔らかな手が友雅の頬に触れると、闇の中で近付く唇。
眠る前の儀式…毎晩の、約束。
でも、夕べから妙な変化が訪れている。
どちらともなく、その唇を離すことが出来なくなっている。
離れては…また戻る。
戻ってくる唇を拒みもせず…口づけは繰り返す。
「………ん…」
不思議。
キスって、こんな感じだったっけ…?
何度も何度も、毎日ずっとしていたのに…何だか最近はちょっと変な感じがする。

一回だけじゃ物足りない。
もっと、ずっと…こうして唇を重ねていたい…。



-----------リリリリン!

唐突に闇の中に響いたのは、電話のベルの音。
はっとして二人の唇は、現実に引き戻されたように離れた。
「ごめんね、ちょっと降りても良いかな…」
「あ、は、はいっ」
慌ててあかねはランプに手を伸ばし、足元に明かりを灯した。
友雅は彼女の上を跨いでベッドから降りると、鳴り響く電話の場所へと急いだ。



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Megumi,Ka

suga