Kiss in the Moonlight

 Story=11-----04
宿に戻ってからも、あかねは納得行かない様子で、部屋の中をずっとうろうろ歩き回っている。
「あかね殿、落ち着いて少し座ったらどうだい?」
「落ち着いてなんかいられませんよ!みんな、どういうつもりなんですか!良い結果も得られないのに、次々と女の人を生け贄にするなんて!」
「まあ、可哀想な話とは思うけれどね…。でも、彼らはそれしか情報がないのだから、仕方ないよ。」
「だからって…!!」
イライラして怒り震えるあかねを、友雅は抱き寄せるように引っ張った。
そして胸の中に閉じ込めて、華奢な身体を包みこむ。

「泰明殿、さっきの話…そちらに通じているかな?」
『ユニコーンの話か。ペンダントから、会話はこちらに聞こえていた。』
身体を寄せているせいで、泰明の声があかねにも聞こえる。
友雅の胸に身体を傾け、聞こえてくる声に耳を澄ました。
『だが、妙な話ではある。ユニコーンが無意味に人を襲うなど、私も聞いたことはない。』
「そうだね、私もだ。何か…よからぬ気でも紛れているんだろうか?」
普通の土地なら有り得るが、霊山付近なら神気が邪気を払い除ける。
そんなはずは、まずないだろうと泰明は言うが。
「だったら、どうしてこんなことが起こるんですか?」
『自然に発生したものではないとすれば…何かしら外部からの力が働いている、ということか。』
例えば、守護妖精を封印された村で起きた、獣の暴動のように。


「そういえば、あの村では…妙な魔術師のような輩が、湖でおかしな実験をしたと言っていたね…」
あの村でのことを、友雅は思い出した。
確か村を訪れた魔術師が、湖で魔術の実験をしたが失敗し、それから獣が暴れ出すようになったと聞いた。
魔術師は、いつのまにか立ち去っていたと言っていたが…。
「もしかして、今回もその魔術師とかが関わっているとかって…ないですか!?」
『詳しいことは何とも言えん。そちらに着くまでに調べてはみるがな。』
人々と共存し、これまでは襲うことなどなかった獣が、突然に暴れ出す。
これだけ聞いていれば、状況は似ているのだが…。


「その魔術師が、どんな人物だったのか分かれば、この辺りの人たちにも聞いて回れるんだけれどね…」
こんなことになるのなら、あの時村の者たちに詳しく聞いておけば良かった。
まさかここに来て、同じような展開に再び遭遇するとは思わなかったから、どうしようもないのだが。
「あ、友雅さん…もしかしたら、藤姫ちゃんなら分かるかも!」
ぱん!と両手を叩いて、あかねがひらめいた。
彼女は元々、あの村の守護妖精の使いとして存在していた。
村の状況は一部始終知っているはずだし、自ら仕える主が封印された状態を見ているはず。
それなら、魔術師の姿形も覚えているかも知れない。
「そうか…可能性はあるね。聞いてみよう。」
改めて友雅はペンダントに手を当てて、もう一度泰明と連絡を取ろうとした。



-----------------コンコン。
突然、ドアをノックする音が部屋に響いた。
「友雅さん…誰か来たみたいですけど、開けた方がいいですかね?」
「…いや、あかね殿は中で待っておいで。私が先に見てこよう。」
泰明たちが到着するはずもないし、町には知り合いなんてものもいない。
誰が訪ねてきたというのだろうか。
不思議そうに首をかしげつつ、友雅は内側のロックを閉じたまま、少しドアを開けて外を見た。

「すみませんね、ちょっとお話したいんですけども。」
「どなたです?知らない相手を部屋に入れるワケにはいかないのでね。」
「ああ、そうですね!失礼。私はこのような者でして」
ドアの透き間から男が差し出したのは、銀の薄っぺらい板一枚。
どうやら名刺のような意味の代物らしく、そこには男の名前と肩書きが彫られてあった。
男は、この町に住む宣教師らしい。
「宣教師がどんなご用です?宗教勧誘なら間に合っているよ。」
「いやいや、そうではありません。こちらに…若いお嬢さんがいらっしゃるでしょう。彼女に、お話があるのです。」

……なんだ、この男は。狙いはあかねか?
どこで彼女の存在を知った?
そして、何故彼女とコンタクトを取りたがる?
あまりにも胡散臭い。ドアを開けたりなど、出来るものか。

「悪いが、知らない相手とはあまり面識を持たせたくないのでね。帰って貰えないかな。」
友雅はそう言って、ドアをしっかり閉めようとした…が、相手は足を一歩間に挟んで、それを遮る。
「申し訳ありません。でしたら、部屋に入れて頂かなくても、ここでドア越しにお話でも結構です。どうしても、お話ししたいことがありまして…」
冗談じゃない。こんなことは無視した方が良い。
しかし、その様子をあかねが不安そうに見ている。
「…お話だけなら、聞いても良いんじゃないですか…?」
「あかね殿、そんな必要は……」
余計な相手に関わったら、ろくなことはないから。
そう言い正そうとしたのだが、宣教師がここぞとばかりに覗き込んできた。
「ああ、お嬢さん!お願いします、お話だけでも…!あなたのような、清らかな乙女が必要なのです!」

清らかな乙女…?この表現、さっきも聞いた。
もしかして、ユニコーンがらみの話…か?
「私は神の力を通し、簡単な占い家業もしております。今朝、占いをしておりましたところ、こちらに汚れなき乙女がいらっしゃると…そうお告げを受けまして伺いました。」
「ユニコーンに関わる話かい」
「おお、それをご存じなら話が早い。私はユニコーンに愛される乙女を探しておりました。ユニコーンは清らかな生娘に……」
「汚れのない生娘に誘われてくるんだろう?」
「ええそうです、そうです。実はユニコーンを捕らえるために、そんな乙女に森で彼らを呼んで頂きたくて…」

「帰って貰おうか。そんな危険なことに、彼女を利用させられないからね。」
聞く耳持たず、友雅はドアをバタンと閉めた。
鍵もしっかりと閉めた。いくら相手がノブを動かそうと、扉を開けさせはしない。
「さっさと帰ってくれないか?騒がれても迷惑なんだよね」
「ああ、お願い致します!皆を助けるためにも、そこにいる清らかなお嬢さんのお力が……」
五月蝿い男だな。本当に宣教師なのか?
身元もよく分からないし、どうもあやしい。
とにかく、早く立ち去ってもらわなくては。
友雅はあかねを手招きし、警備員を呼ぶように連絡して欲しいと頼んだ。
あかねは黙ってうなづき、机の上にある電話を取りに行く。

「お嬢さん!お願いですから私のお話を----------」
ドンドン、とドアを叩く音。
五月蝿い男だな…。少し嗾けてやるか。
「あのね、君はさっきから彼女を清らかな乙女とか言っているが、この部屋をよく考えたらどうなんだ?」
友雅の声がすると、男はぴたりと大人しくなった。
こちらな声に、耳を傾けている…ようだ。
「この部屋はダブルだよ。男と女がダブルの部屋で寝泊まりしている。そんな女性が、汚れない生娘だと君は思っているのかい?」
しーん…と急に鎮まった、ドアの向こう。
どうやら気付いたか?上手くコロッと信じたみたいだ。
「ダブルベッドで男女が一緒に寝て、生娘でなんかいられるわけないだろうに。少なくとも、私はそれを確かめているからね。分かったかい?」
--------なーんて。
同じベッドで眠っても、何にもないけれど。残念ながら。

そのうち、どやどやと人が上がってくる足音が聞こえた。
一時は廊下が騒がしくなったが、すぐに宣教師と名乗った男は連れ去られて行き、ようやく静寂が戻ってきた。

「…何だったんでしょうね、あの人…」
「さあねぇ…。ま、自分の間違いに気付いたみたいだから、しばらくはやってこないと思うよ。」
そういう友雅の話が、また嘘八百なのだが。
思わず笑いが込み上げた友雅を、あかねは???という顔をして見ていた。



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Megumi,Ka

suga