Kiss in the Moonlight

 Story=11-----03
「すまなかったな、兄さん。」
店主は、男が何か面倒をかけたのでは?と、自らが友雅に頭を下げた。
「いや、私は話をしていただけだからね。別に何も、謝られることはされていないですよ。」
「そうか、良かった。あのおやじさんも気の毒な人でな…。話付き合ってくれただけでも、少しは気が紛れたんじゃねえかな。」
男の境遇を哀れむような口調で、店主が言う。
しばらくして、やっと悩み終えたあかねが、フルーツを山盛りに積んだプレートを手に戻って来た。

「何かあったんですか?」
現場にいなかったあかねは、状況が全く分からない。
けれども、店主や友雅の雰囲気からすると…あまり良い話題を扱っているようには思えない。
「娘さんがどうのと言っていましたけれど、もしかして亡くされたのですか?」
「いや…亡くなったってのは違うんだが、でも…帰って来ないまま5年になるからな…」
さっきの"無駄死に"の言葉が、再び頭によぎる。
しかし、この店主が言うには"帰ってこない"。
死んだとは言えない、不確かな原因があるということか。
それは果たして、どんな事なのか。

「あの、行方不明なんですか?まさか…さらわれたとかじゃないですよね?」
友雅が考えている間に、あかねが店主に向かって尋ねる。
話題から外れていた彼女にも、妙な話であることは分かったようだ。
店主は顔をこわばらせて、言葉をつぐんでいる。
見ず知らずの旅人に、話していいのだろうか…と悩んでいると言ったところか。
しかし、あかねは彼が教えてくれるのを、その澄んだ瞳をこらして待っている。

…これ以上、他人事に深く関わることは避けたい。
旅路が更に長くなってしまうし、面倒な危険が降りかかる可能性もあるし。
とは言え、こんな物騒な話では無視もし難い。
「実は私たち、旅をしているんだよ。もし、人さらいなどが出る場所があるなら、そこらを避けて行かねばならないしね。そういうことならば、事情を教えてもらえないかな?」
「いや、人さらいっていうか…そういうのじゃないんだがねえ…」
店主は辺りを見渡してみる。
まだ昼には早いため、さっきの男が出ていったあとでは、店内に客はあかねたちしかいない。
誰もいないなら、いいか…。
そう思ったのか、店主は空いた椅子を持ってきて、友雅たちの前に腰を下ろした。


「あんたたち、ユニコーンって知っているか?」
ユニコーン…というと、白馬のような身体に一本角の獣のことか。
実際に見たことはないが、神気溢れる土地付近に、群れで棲み着いていると聞く。
「じゃあ、この町からずーっと西の方向に、龍胱山という霊山があるのを知ってるかい?」
その店主の言葉に、友雅もあかねも動きが止まった。
"龍胱山”……それこそ、自分たちが向かっている最終地点。
神からの天啓を代弁し、地上の平穏を司る龍が棲む霊山。
理由のあるものしか入山が出来ない、人を拒む山………そこに、あかねは行く理由がある。
そこに棲む龍に、上級巫女と認めてもらうために。

「霊山があるからか、あの付近からこの町に続く一帯は、聖なる土地と言われていてな。昔から森にはユニコーンが棲んでいるんだ。」
「へえ…。それは一度見てみたいものだね。さぞかし、厳かな光景だろうねえ…」
神気の漂う山の麓に、しなやかな身体の一角獣の群れ。
幻想的な絵画みたいな景色が、実際に見られる場所があるとは思わなかった。
しかし店主は、うつむき加減で首を横に振る。
「そりゃ無理だよ。何せあの付近のユニコーンは……人を喰うという噂が絶えないからね」
「人を喰う?ユニコーンが、かい?」
そんな話、初めて聞いた。
ユニコーンは獰猛だとは言い伝えで聞くが、人間が攻撃をしない限りは襲ってこないはず。
もしや捕獲しようとして、武器を向けたりしたからじゃないか?
あの角は万病に効く力があるとか、聖なる力を手に出来るとか聞くし。
「いや…そういうのはない。この辺りの者にとっては、ユニコーンは聖獣だ。傷付ける者は居ないさ。」
「だったら、何で人を襲ったりするんですか…?」
「ここ10年くらい前からだ。急にユニコーンが凶暴化してな…あの辺りに行く旅人や村人が、襲われる事件が多発したんだよ。」
「急に…かい?理由とか前触れもなく?」
店主は黙って、友雅の問いに首を振った。

「聖獣だからな。手を掛けるわけにもいかないし、言い伝え通りに若い娘を選んで…おびき寄せて捕らえて、様子を観察しようと思ったんだ。」
ユニコーンは、清らかな乙女に誘われて近付いてくるもの。
汚れの知らぬ生娘の膝で、眠りにつくと言われている。
「だがな、ユニコーンは…その娘を見付けると、彼女を背に乗せて森に連れ帰ってしまうらしい。」
その鋭く長い角を差し向け、彼女の腕をほんの少し傷付ける。
娘が油断したところを蹴り上げ、背負ったまま森に消えたっきり…そのままなんだという。
「じゃあ、さっきのおじさんの娘さんっていうのも…」
「ああ、そうだ。これまでに何人も、そんな風にして選ばれた娘は、ユニコーンにさらわれてそれっきりなんだよ…あのおやじさんの一人娘もな。」

"無駄死に"というのは、そういう意味だったのか。
ユニコーンを捕らえるために選ばれたのに、何の結果も得られず…娘だけが戻ってこない、と。
死んでしまったのか、それとも捕らわれているだけなのか。
それは明らかではないが、父親である彼にとっては、もう娘は死んでしまったように思えるのだろう。

「それでも、言い伝えに沿って娘に頼らねば、ユニコーンはおびき寄せられない。だから……もうすぐまた…」
「えっ!?また、誰か女の人を森に連れてゆくんですか!?」
何人もの娘が戻ってこないというのに、それでも続けるのか。この無謀なことを。
そうしてまた娘が犠牲になり、更にまた同じ事の繰り返しで……。
「それじゃあまるで、人柱じゃないですか!」
だが、人柱は生け贄に命を捧げ、平穏を導くもの。
こんな意味不明のままでは、ただの犠牲者じゃないか。

「他にないんですか?ユニコーンを連れ出す方法が…」
「分からんよ、わしらには…。少なくとも、俺たち男には近寄っても来ない。顔を出して来るだけでも、娘なら反応がある。」
だからって…何とかならないのか?
あかねは、今度は友雅の顔を見る。
彼なら…何か良い方法を見付けてくれるんじゃないかと、そんな期待をして彼をじっと見る。
「私にも、よく分からないな…どうすればいいのか…」
「そんな…」
友雅も難しい表情で、そう答える。
どうすれば良いんだ。
これ以上犠牲を増やさないためには…どうすれば良い?
上級巫女として、自分は人々に安らぎの場を与える任がある。
こんな状態を目の前にして、知らぬ振りをするのは…これからの自分に科せられたものに背くのではないのか。

「とにかく、あんたたちもどこまで旅をするか知らんが、龍胱山の方には向かわない方がいいぞ。道中、ユニコーンが襲ってこないとも限らねえからな。」
多くの群れをなして、あの鋭い角で心臓を突かれたら一発だ。
「いくらお嬢さんが生娘じゃなくても、ユニコーンは人を選ばずに襲ってくる。皆、あの辺りを避けて遠回りして、龍胱山を別ルートから抜けてゆくんだ。」
ただし、時間は倍以上掛かるがな、と店主は言った。

ということは、ユニコーンのいる場所を行けば、予定より早く龍胱山へと辿り着けるということか。
だが、襲われる危険性が多大にある。
それでも、早めにこの旅を終えて宮廷に戻りたい。
どうすれば良いだろうか。

取り敢えず宿に戻って…泰明に連絡を取って話を聞いてみよう。
こういうことなら、司祭の彼の方がまちがいなく詳しいはずだ。



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Megumi,Ka

suga