Kiss in the Moonlight

 Story=11-----02
2階のフロアの一番奥に、その部屋はあった。
あかねを連れてドアを開けると…まあ、広さはそこそこ。インテリアも、思ったほど安っぽくはない。
さっきの部屋と違うところと言えば、2階フロアには鍵付き出入り口がないのと、部屋のドアが二重になっていないこと。
そして、ベッドがダブルベッドであることだ。
ちなみに、天蓋なんて立派なものはない。
シンプルなダブルベッドが、フロントの女性が言う通り、隣部屋と接しない壁際に置かれている。

「あかね殿が言ったんだからね?取り消しはもう聞かないよ?」
「え?」
「一緒のベッドで寝ても構わないって。部屋のランクが下がって、セキュリティも少し甘くなった。だから、離れるわけにはいかないからね。」
「は、は、はっ…はい…」
咄嗟のこととは言え、自分から言い出してしまった手前。
あかねも今回は、反論は出来ない。
でも、ちゃんと友雅さんに眠ってもらいたかったし…。
それに…そばにいてくれたら…安心していられる。
いくら安全な部屋だからって、そのせいで彼が外で一夜を過ごすことになったと思ったら…きっと朝まで眠れそうにない。

「常に目の届くところに、いるようにね。」
「わ、分かってますよっ…何度も言わなくてもっ…」
あかねはベッドの上に腰を下ろした。マットの弾みは、見た目より全然悪くない。
ダブルだから広いし、枕もちゃんと二つ揃ってあるし。
これまでよりは、のびのび二人で眠れそうだ。


「………きゃああっ!!」
突然ぼすっ!と後ろから押さえ込まれ、あかねはベッドにひれ伏すように倒れた。
背中から押される重みは、どことなく馴染んだぬくもりを伝える。
「いくら広いベッドだからと言って、私と離れて眠らせはしないからね?」
「え…っ…?」
どきっとするような台詞。低めの甘い声が、耳の裏から聞こえて来る。
乱暴な力じゃなくて、自然な重さで押さえつけられているから、威圧感とかは全然ない。
けど、何だかちょっと…ヘンな気分が……。

「抱きかかえて眠らないと、あかね殿の寝相では、ベッドから転げ落ちてしまいそうだからねぇ。」
「ええっ!?」
笑いを堪えるような声に気付き、ぐっと顔を上げて降り向こうとする。
友雅は、にこやかな顔でこちらを見ていた。
「転げ落ちて怪我でもされたら大変だしね。だから、この腕で抱いてお護りしてあげねば。」
「そ、そんなに寝相は悪くないですよっ!!!」
誉められたものじゃないけど!
疲れた時は、過去何回かは……落ちたこともあるけれど!
じたばたするあかねから、彼は笑いながら離れた。

「ま、ともかく…こうなったら仕方ないね。取り敢えずこれから、ブランチがてら外に行こうか。」
そういえば、船を下りたあと宿探しをしていたので、まだ食事を摂っていない。
すっかり太陽は上がっていて、朝食には遅く昼よりは早い時間。
「丁度あちこち店も開いた頃だろうし。今日一日は懐が寂しいから、豪華な食事は出来ないけどね。」
「そんなの気にしませんよ。だったらパン屋さんとかでパン買って来て、ここで食べても良いし。」
「そこまで質素じゃなくても良いんだけどね」
くすくすと友雅は笑いながら、ベッドからあかねを起き上がらせる。
窓の外からは、町中の活気づいた声が聞こえて来た。
「じゃあ行こうか。辺りの偵察も兼ねて。」
「はい!」
友雅に手を引かれて、あかねは部屋を後にした。


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パンケーキとフルーツ、そしてコーヒー付きのブランチ。
一日の始まりの食事としては、もう少々ボリュームが欲しいところではあるが、贅沢は出来ない。
それでもあかねは満足なようで、フルーツワゴンから何度もおかわりしている。
「そんなもので膨れるものかい?」
「ぜーんぜん平気ですよー、これ美味しいですもん。」
あまり自国では馴染みの無い果実ばかり。
甘いものや、酸味のあるものなど多種に渡る。
これがバイキングで食べ放題なら、食を満たすには言う事なしじゃないかとあかねは豪語する。
「まあ、君が満足ならそれで良いよ。好きなだけどうぞ。」
「もちろんです。でも、友雅さんも食べてくださいよ?」
とは言われても、そうそうフルーツを大量には食べられないものだが…。

「はい、これならあまり甘くないから、男の人でも平気だと思います。」
あかねはプレートの中にある、瑞々しいオレンジ色の果実をフォークに差して、それを友雅の口元に差し出す。
「甘いっていうより、酸っぱい感じ。でも美味しいですよ。ほらー、どーぞ?」
くるくるとフォークを回して、彼が口を開くように身を乗り出して煽る。
こうも可愛く勧められては、無視は出来ないな。
差し出された果実は、口に入れると爽やかな酸味が一面に広がる。

「ね、美味しいでしょう?」
「うん、悪くはないかな」
「じゃあ、今度は友雅さんの分まで取って来ますね!」
そう言ってあかねは椅子から立ち上がり、もう一度ワゴンへと向かう。

……一体、何回テーブルとワゴンの間を往復するんだろうねえ…。
ワゴンの前に行くたびに、その都度あれにしようかこれにしようか、散々悩んで戻って来て。
まったく、可愛いところは出会ったときと変わらないな。
変わったところと言えば……ま、いろいろなところがあるけれど、私もあの頃から比べたら随分変わったよ。
特に、自分の気持ちは…ね。



「いやあ、仲が良いねえ。あの可愛いお嬢さんは、お兄さんの良い人かい?」
突然後ろから、聞き覚えの無い声がした。
振り向くとそこにいたのは、少し痩せた50代くらいの男だった。
「そういう風に見えますか?」
「ああ。若干年は離れてるみたいだが、さっきから良い雰囲気だったよ。」
他人の口調から、相手の本音を直感で感じ取れるけれど、お世辞を言っているようにも見えない。
意外にも、自然にそういう関係に見えるものか…。
まんざら悪い気もしないな、とあかねの後ろ姿に目を移す。

しかし、その男が寂しそうな様子で、友雅が見ている彼女の方に視線を向けた。
「いいねえ…。うちの娘もあのお嬢さんくらいだったよ…。アンタみたいな男と一緒になって、孫の顔でも見せてもらいたかったよ…」
「娘さん、どうかなさったんですか」
「…はは…ちょっとな。若くして無駄死にしちまったよ…」
"無駄死に"という物騒な言葉に、友雅は眉を顰めた。
この辺りで、何か事件か戦乱でもあったのだろうか。
宮廷に集まる地方の話題の中で、そんな話は聞いたことはないが。
だが、よほどの辛い思いをしたのだろう。
よく見てみると、こんな早い時間だというのに彼の手には、ウイスキーのグラスが握られている。

体格の良い店主がカウンターから出て、男の方へとやって来た。
「ほら、おやじさん。昼間からこんなところで酒なんか飲んでちゃ、天国から娘さんが雷を落とすぞ?」
店主が背中を叩くと、男は乾いたように笑ってグラスを飲み干す。
そうして、ポケットからコインを取り出して、店主の手のひらに直接乗せた。

「お嬢さんを幸せにしてやりなよ?うちの娘の分もな」
彼はそう言い残して、去り際に友雅の肩を叩き店を出た。



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Megumi,Ka

suga