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Kiss in the Moonlight
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| Story=11-----01 |
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「心配しなくても大丈夫だよ、今夜は私が一緒にいなくても、ここなら警備がしっかりしているし。」
しがみついてきたあかねの手を、そっと取って友雅は微笑む。
このフロアには、フロア出入り口にも鍵がついている。
宿泊者のみに手渡される鍵があり、別フロアの部屋と行き来する際にも、それらを使わなくては出入り出来ない。
それに、このランクの部屋は二重の入口がある。
もちろん鍵も二通りあり、厳重すぎるほどのセキュリティが整っている。
だからこそ、切り詰めてこの部屋をひとつだけ、取ることにしたのだ。
彼女のために。
「でも!ここの部屋…広いし、別に二人だって窮屈じゃないですよ!」
「確かに広いけど、ベッドはひとつだけだよ?」
そう言って、友雅は指を差す。
薄い天蓋カーテンで覆われた、金の飾り付きの優雅なベッド。
夕べのベッドより広々しているが、決して二人でゆったり眠れるサイズじゃない。
けれど、昨日も今日も、友雅は疲れているはず。
なのに酒場で、朝まで時間を潰すなんて…。
それじゃ身体を休められないじゃないか。
だったら、いっそ今夜一晩くらい自分がソファで寝れば--------
「"自分の代わりにベッドを使って"なんていうのは、聞き入れないよ。」
見透かされたように、あかねの思考が動いている途中で、友雅の声が響いた。
「酒場っていうのは都合が良いんだよ。町や周辺の情報も集まる。かえって、こうした方が良いんだ。」
「でも…」
友雅の言っていることは分かるけど、やっぱり身体を休めてもらいたい。
長い旅の途中、先はまだまだ続きそうな道程。
仲間たちが合流するまでの間は、羽根を休められるわずかなひととき。
だからこそ…なのに。
「一晩眠らないで倒れるような人間じゃ、君を護っていられないからね。大丈夫だから、ゆっくり一人で朝までおやすみ。」
彼は手を伸ばして、あかねの髪を優しく撫でようとした。
「…嫌っ!」
その手を払い、あかねがさっきのように腕にしがみつく。
「…だ、だったら…一緒に……」
顔をうつむかせて、言葉を濁しながら。
けれども、少しだけ覗くその頬は、ほんのりと紅を差している。
「一緒に今夜もベッドで寝る?夕べみたいに…抱き合って?」
「………っ…」
一気に夕べの記憶が、頭の中に蘇って来た。
暗くて、ほとんど視界は塞がれていたけれど…その分、神経は敏感になっていた。
だから…鮮明に覚えている。
はじめて肌に重なった、他人の肌の感触と、抱きすくめられた胸の安らぎ。
けれどそれは、決して嫌な気分じゃなかった----------。
「か、構いませんっ…!」
ぎゅうっとあかねは、友雅の腕にかじりつく。
「い、良いですよっ!別に…一緒に寝るのは初めてじゃないしっ…!」
「本当に?」
「だってっ…悪さなんかしないって、いつも友雅さん言ってるじゃないすかっ…。わ、私…し、信じてるし!」
「--------ふうん」
"悪さをしないって信じている"…か。
ということは、夕べ一瞬だけ衝動に流されたあれは、彼女にとっては"悪さ"ではなかった…と取って良いものかね?
自覚と責任とで抑えて来た感情は、時にして真実の赴くままに動き出すことがある。我を無視して。
それでも今となっては、あの程度で歯止めが利いた自分を、逆に誉めてやりたいくらいだ。
けれど…ハプニングというものは、突然に、思い掛けなくやってくるもの。
次にあんなことが起こったら…衝動をはね除けることが出来るかどうか。
『友雅、あかねの言う通りにしろ。』
二人は同時にはっとして、友雅の胸に下がるペンダントを見た。
この声は…深い青緑の瑪瑙から聞こえてくる。
『あかねの言う通り、そこに泊まれ。』
「泰明殿、そうは言うけれどね、生憎現在こちらには資金がないんだよ?」
元々ここはシングルルームであるし、自分が泊まるとしたら、エキストラベッドを入れてもらわないと。
そうなると、部屋代で限界だった資金が、オプション分プラスで更に厳しくなる。
これじゃ、今日の食費だって賄えるかどうか。
それではいくら何でも困るだろう…。
『だったら部屋のランクを下げて、二人部屋を取れ。』
「そうですよ!泰明さんの言う通り、もっと下の部屋でも友雅さんがいてくれれば…私、平気です!」
平気というか、そういう問題じゃないんだがねぇ…。
そりゃ確かに自分が一緒にいれば、周囲の災いから君を護ることは出来るけれど。
問題はそこじゃなくて……。
「……本気かい?」
もう一度、友雅は泰明に尋ね返した。
泰明の力があれば、夕べのことは何となく察知しているはず。
この手があかねの肌に、手を伸ばしてしまった一瞬に気付かないはずはない。
それなのに、同じ部屋を取れという理由は何故だ。
何より…泰明は、こちらの厳しい立場を知っているくせに。
『今日の食費を確保出来る予算で、二人部屋をすぐに取り直せ。そして、おまえはあかねから離れるな。』
はあ…。
友雅は頭を抱えて、大きく溜息をこぼした。
……何でこんな苦労を、味わうことになるんだろう。
自分に与えられたこの運命が、以前とは違う意味で忌々しく思えて来る。
龍の天啓を受けなかったら…それが自分じゃなかったら、こんな気持ちにはならなかったのに。
この役目などなく、彼女と出会えていたなら…普通にその手を引き寄せることだって、可能だったかもしれないのに。
そんなこと、悔やんでも自分にどうすることも出来ないが。
「分かったよ…。泰明殿にまで言われるなら、仕方ない。部屋の変更をしてもらうように、フロントへ行って来るよ。」
「は、はい!お願いします!」
友雅がやや落胆している反面で、あかねの方は説得が成功した、と明るい表情に変わっている。
そんな風に朗らかに微笑まれるほど、彼が更に複雑な心境に陥ることなど、あかねは気付いていないのだろう。
「やっぱり、こうなるのか…。」
フロントで提示された室料を見て、再び友雅は溜息を着く。
二人部屋と言えば大概どこの宿でも、ツインよりダブルの方が若干割安だ。
例えベッドが大きくても、ひとつとふたつでは手間が簡単な分、値段も控えられるのだろう。
だから、出来るだけ安く二人泊まれる部屋となると、ダブルを取る羽目となる。
「ダブルで宜しいですか?」
「ああ。その部屋に変更して欲しい。」
「承知致しました。…では、角部屋の方が良いですね。ここならベッドが外側にありますから、周りに音漏れすることもございませんよ?」
………フロントの女性は、やけににっこりと微笑んで言う。
成る程。
ここでもどうやら、そんな勘違いが通ってしまっているようだ。
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