Kiss in the Moonlight

 Story=10-----04(ほんのりR15風味)
あ…。

それは意味不明の、不思議な感情。
重ね合ったとたんに、落ち着きのなかった動悸がぴたりと止まった。
半分乗り掛かるようにして、身体を落として重なるふたつの唇。
毎晩必ず、眠りに着く前にこうして…いた。
別に特別、変わったことじゃないのに。

今、背中に触れたのは…彼の手のひらだ。
そして、唇を通じて、彼の呼吸が自分の中に流れ込むのが分かる。
どうしてだろう。唇がずっと離れない。
意味は分からないけれど、このままでも良いって---------何故かそんな気がして。
だからいつまでたっても、キスが終わらない。


「さ、そろそろ眠ろうか。」
ぽんぽん、と背中を友雅の手が叩く。
まるで催眠術を解くかのように、軽くリズムを取るような感触で。
「あ…えっと…その…」
目を開けて顔を上げると、彼はいつもの穏やかな笑みでこちらを見ている。
「何?」
「いえ、別に…な、何でも…ないです」
「そう?じゃあ寝ようか」
友雅はあかねの手を引き、彼女ごと毛布の中へと誘い込む。

背中が暖かい。
そして、彼の鼓動が聞こえる胸に寄り添う頬も。
「おやすみ」
「……おやすみ…な…さい…」
交わされた言葉は、それっきり。
それっきり…彼の瞳は開かずに、規則的な呼吸音だけしか聞こえなくなった。

催眠術…そう、催眠術に掛かっていたみたいだ。
唇が重なった瞬間から、今まで照れくさかったことや、恥ずかしかったさっきの記憶まで、すっぱり消えてしまって。
とても心地良い感触に思えて。
このままずっとキスしていたい…なんて思ってしまって。

…何で、そんなことを思ったの?
…何でだろう?本当に…何でなんだろう。
…何で?何で?-----繰り返し、そればっかり。
同じことばかり考えているうちに、自然と……意識が疲れてきた。


+++++


目が覚めた時、既に船は次の町へ到着していた。
貨物船が行き来する商業都市で、規模も雰囲気も前の町とさほど変わらない。
「色々と世話になってしまって。本当に感謝致します。」
「こっちこそ不便なことばかりで悪かったな。朝飯くらい、ご馳走してやれれば良かったんだが…何せこんな男所帯なんでな。」
「いやいや、部屋を貸してもらっただけでも、十分ですよ。」
船長はそう言いながら、友雅の挨拶に笑って答えた。

「じゃあ気を付けてな。宿はこの先に3件ほど並んでるから、好きなところを当たってみてくれ。」
泰明に言われて、彼らが追い付くまで宿を取って待っているように、と言われた。
出来るだけ船着き場に近いところを、という指定があったので、まずは宿の確保に行かなくては。

「でも、残念ながら今日の宿は、余り良いところは取れそうにないな…」
何せ現在の持参金は、あかねと友雅の小銭を合わせてもたいしたものじゃない。
元々は昨日の取引が済んだあとで、別場所に待機していた鷹通たちから二人分の荷物を預かり、船に乗り込むはずだったのが…あんな展開になったものだから。
「どうしようかねえ…」
あかねの安全を思うなら、出来るだけきちんとした宿を取りたい。
だが、予算がそれを許してはくれない。
船長が教えてくれた街角に立つ3件の宿は、見た感じでそこそこの料金を取られそうだ。

「いっそのこと、君の部屋だけ取ろうか」
「えっ!?友雅さんはどうするんですかっ!」
「私はまあ、酒場とかに行けば、朝まで時間を潰せるよ。」
二人分の部屋を取るとなれば、それなりの金額を要するから良い宿は無理だ。
しかし一人分ならば、しっかりとした良い部屋を取れるくらいの金額はある。
「うん、そうした方が良いな。セキュリティの良いところなら、君一人でも安心だろうしね。」
「そんなっ…!友雅さん!ちょ、ちょっと…!」
彼は自分で答えを決めて、あかねの手を引きながら町へ向かう。
旅行者とは思えないほどの身軽さで。



クリーム色とスカイブルーの建物は、目にも美しい芸術的な佇まいである。
"HOTEL"という看板が掲げられたドアを押し、あかねを連れて友雅は中へ入る。
「女性一人なのだけど、出来るだけ良い部屋をお願いしたいんだが。」
「はい、お一人様ですね。お部屋はいくつかありますが、料金はこちらとなっております」
身なりの整った主人が、料金表を差し出す。
思った通り一番上のクラスの部屋も、一人分なら泊まれそうだ。
明日には皆が到着するだろうし、その時に改めて自分の部屋を取れば良い。
「じゃあ、この部屋を一部屋……」
友雅は指定の部屋を指差して、数少ない資金を取り出そうとした。

「ま、待って下さい!安くて良いですからっ、二部屋!二部屋お願いします!」
急にあかねが横から割り込んできて、別の部屋を指差した。
そこなら確かに、今の予算で二部屋取ることも可能だが…一階で町側に面しているため、窓から外がまるみえになる。
治安的な不安もあってか、その分値段が安く抑えられているようだ。
「ダメだよ。こんなところは危ない。覗かれたり、誰かが乗り込んできたりしたら、どうするんだい?」
「そんなの、窓を閉め切っちゃえば良いじゃないですか!」
雨戸までしっかりと閉じれば、中に誰がいるか分からないし。
そうすれば自分だけじゃなくて、友雅の部屋だって確保出来るのだから。

だが、彼はうなずいてはくれなかった。
「どんな理由があろうと、君の部屋の安全性を落とすわけにはいかない。」
あかねの言葉を頑なに聞き入れず、友雅は素早く部屋の手配を進める。
何度も彼の手を引いては、必死に願い入れてはみたのだが、結局彼は耳を貸すことはなく。
フロントから差し出されたのは、ひとつだけの鍵だった。



一番良い部屋という肩書き通り、その部屋はなかなか綺麗なインテリアでまとめられていた。
端正な造りの調度品ばかりで、どちらかといえば女性的な部屋という印象。
「綺麗だね。女性が泊まるには、居心地が良いんじゃないかい?」
付き添いということで、特別に友雅も部屋に通してもらった。
だが、もちろんここに泊まるわけにはいかない。フロントでチェックされているため、出て行かなくてはならないのだ。

「あかね殿、お願いがあるんだけれど、良いかい?」
ドアのそばに佇んでいるあかねに、窓から外を眺めていた友雅が尋ねた。
「昼間だけ、ベッド貸してもらっても良いかな。夜のために、仮眠を取っておきたいんだよ」
夜になったら、近くの酒場に転がり込まなくては。
しかし、いくら朝まで店がやっていると言っても、そこで眠るわけにもいかない。今のうちに眠って、夜の眠気を払っておきたいのだ。

「…嫌です」
あかねに近付こうとして、その返事が聞こえたとたん、彼はそこで足を止めた。
「そうか。じゃあ仕方ない。ソファなら借りてもいいかな?」
別にソファでも構わない。単に仮眠を取れれば良いことで、最悪この部屋の床に寝転がるだけでも良い。
「嫌ですっ。ここにいてくださいっ!」
彼女の手が、友雅の腕をぐっと掴んだ。
さっきと同じ必死な瞳が、彼の顔をじっと見つめる。

「ここに、ここにいてくださいっ!ここに…泊まって…一緒に…っ」
深く澄み切った瞳の輝きが、ゆらゆらと揺らいで…唇が震えていた。



***********

Megumi,Ka

suga