Kiss in the Moonlight

 Story=10-----03(ほんのりR15風味)
強い力に抱きしめられて、身体に巡り来る震えも押さえ込まれている。
心音とか肌の感触とか、体温がそのまま…感じる。
耳元に近付く呼吸音さえも。
「友雅さ…ん! やっ…離してっ…」
「海に入ったせいで、身体が冷えているんだ。少しの間でいいから、暖を取らせてもらえないかな?」
「冷えて…なんか、全然ないですよぅっ!!じゅ、十分もうあったかいですってば!!」
暖かいどころか、燃えるくらいに熱い。
でも、それは彼の身体の温度なのか、それとも自分の温度なのか…分からない。


「おーい、着替え見付けて来たぞ。部屋、入っても良いか?」
力強いノックがドアを叩き、さっき立ち去ったばかりの船員の声が聞こえた。
気付かぬうちに船の揺れは治まっていて、再び緩やかな流れの中にいる。
自由を奪っていた友雅の腕が解け、あかねは咄嗟にベッドの毛布を掴むと、頭からそれを被った。
カチン、とランプのスイッチが灯る音がする。
毛布の繊維の透き間から、うっすら部屋の明かりが差し込んでくる。
「どうぞ。入っても構わないよ。」
やっと明るくなった部屋の中で、あかねが毛布の中にうずくまっているのを確認し、友雅は船員の入室を許可する旨を告げた。

「うちの面子の中で、一番身の丈が高いヤツの服を借りてきてやったぜ。」
縦にばかりひょろりと長くて、体格が良いとはとても言えない男。
しかし、その分シャツの裾も長いから、あかねが着るなら腰もすっぽり隠れて良いだろう、と彼は笑いながら言った。
「濡れた服は、部屋の隅っこにある配管近くに干しとけば、蒸気の熱が回って朝には乾くよ。」
「ああ、それは便利だね。じゃ、椅子の背にでも掛けて置いておくよ。」
泳いできた自分の服は、さすがに乾くのは朝になりそうだが、あかねの服なら短時間で乾きそうだ。
「シャワー室も、好きに使ってくれて構わないんだが、数が少ないから混み合っちまうんだよな」
それに、男しかいない船だから、女性が使うのは出来れば避けた方が良いかも、と彼は言う。
もちろん、そんなこと他人に言われなくとも当然だ。
湯を浴びて暖まりたいかもしれないが、ここは我慢してもらわなければ。

暖めるのなら、私にも出来ないこともないんだけれど…。
ついさっきまで、腕に感じていた柔らかいぬくもりを、思い出しながら友雅はそんなことを思う。

「そんじゃ、俺はこれで。到着が近くなったら、起こしに来てやるからな。」
次の町に着くのは、朝。
夜が明けて、太陽が少し眩しく思えるくらいの時刻になるはず。
それまではこの部屋で、慌ただしく積み重ねられた疲労を癒すとするか。

「あかね殿、シャツが届いたから、早く着替えなさい」
毛布の上から、彼女の背中を軽く揺する。
「あっ、明かり消してくださいっ!暗くないと着替えられないですっ!!」
そうか…。さすがに皓々と明かりのある部屋では、あの格好で毛布から出てくるわけにはいかないな。
私はいっこうに構わないけれど、そうも行かないよね。
友雅はベッドから立ち上がり、入口へと向かう。
ギイ、とドアが軋みながら開く音がすると、毛布の中からあかねが顔を出して、こちらを見た。
「着替えが終わるまで、外にいるから。終わったら合図して。」
そう言って彼は、ドアを閉めて出ていった。


部屋の中で一人となって、ようやくあかねは毛布から出てきた。
ランプの明かりがベッドの周りを照らし、自分の腕や足を浮き上がらせる。
…偶然に起こった、事故みたいなもの。
そうじゃなきゃ、あんなこと…。
裸…で抱き合うなんて、そんな、恋人同士じゃあるまいし…。
恋人…なんかじゃないもの。単なるトラブルに過ぎない出来事。
でも、それならどうして、もう一度友雅さんはあんなことしたんだろ…。

思い出しながら、あかねは自分の手首を見つめる。
この手を捕まれて、そのまま強く抱きしめられて…否応にも肌が重なって---------。
「…わかんない…」
両頬が、ものすごく熱い。
忘れようにも忘れられない、鮮明な記憶と感触は…消えてくれない。



急いでシャツに袖を通すと、丁度良くロングTシャツのように膝まで隠れた。
これならお尻もちゃんと隠れるな、と一安心して、湿ったワンピースを配管の近くに広げて干す。
あまり外で待たせては悪いから、鏡でしっかりボタンが留まっているかを確認して、あかねは友雅を招き入れた。

「寒くないかい?やっぱり、私のシャツも重ね着した方が良いんじゃないかな。」
「だ、大丈夫ですよ。私は濡れたわけじゃないから…」
友雅は、あかねに貸すはずだったシャツを取り、ひらりと広げて袖を通す。
少しは見慣れたつもりだったが、さっきのことで彼の胸を直視出来ない。
「とにかく…朝まで眠るとしよう。今日はいろいろあって疲れたし。」
「はい…そうです…ね…」

……って!
彼がベッドに横たわるのを見て、改めて気付く。
この部屋にはベッドはひとつしかないのだから、今夜は一緒に眠るしかないのだ。
あんな事があった後なのに、今度は寄り添って眠らなければいけないなんて。
ついこの間もこんなことはあったけれど…何だか…変な気持ちがする。
「ランプ、消すよ?早く隣においで」
ベッドのそばに置かれたランプに、友雅の手が伸びる。
毛布を広げ、枕の代わりに腕を差し伸べ、彼はあかねが横たわるのを待っている。
「真っ暗になったら、またつまづいたりするよ。ほら、早く。」
「……は、は…い…」
カチッとスイッチがオフになり、再び部屋が闇に包まれたと同時に、あかねは友雅の横に身体を倒した。


二人の身体を上から覆う毛布は、貨物船の乗員用にしては仕立てが良い。
厚手だが軽く、一枚だけでも十分暖かい。
毛布の暖かさと、息が掛かるほど近くにいる他人の体温で…逆に熱いくらいだ。
熱くて、心臓がばくばく言って、なかなか眠れない。
……でも、友雅さんは今日は大変なことが、いっぱいあったんだもの…ね。
きっと、ものすごく疲れてるんだろうな…。
私は何だか寝られそうにないけど、黙って大人しく寝たふりしていようっと…。
そう思い、あかねは息をぐっと呑み込んで目を閉じた。

「あかね殿」
「はっ、はいっ!?」
寝たふりをしているのだから、返事などせず無視すれば良いのに、つい条件反射で呼びかけに答えてしまった。
「寝る前には何をする?忘れてはいけないよ。」
背中へ伸びた友雅の手が、あかねの肩を抱き寄せる。
…眠る前に行う儀式。それはもちろん…。
そ、そうだ、お、おやすみのキス…しなきゃ…っ…。
当たり前のような日常の儀式だったのに、何だか妙に動悸が激しく鳴り響く。
でも、やらないわけにはいかないし…。

上半身を起こして、隣に横たわる友雅の唇へ、自分の唇を近付けてゆく。
ゆっくりと、近付くたびに呼吸が唇に伝わって------そして、重なる。



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Megumi,Ka

suga