Kiss in the Moonlight

 Story=10-----02(ほんのりR15風味)
「あかね殿、どこにいるんだい?」
「は、はぁい…こ、ここですっ。ここにいますっ。」
そう答えてあかねは手を上げたようだが、真っ暗の部屋では分かるはずも無い。
けれど、耳に入る声の距離感から推測して、おそらく友雅の足元…ベッドのフットボードあたりにいるのだろう。
「どこか打ったりしなかったかい?怪我は?」
「だ、大丈夫です。びっくりしてよろめいただけなんで。」
即座に座り込んでしがみついたから、何とか安定は保てた。
こんな格好で怪我なんてしたら、モロに打ち身が芯まで響いてしまいそうだ。

「明かり付けようか。足元が危険だろう。」
カタン、と友雅の手が動く気配がする。
ランプに手を伸ばそうとしているのか。

……ちょっと待った!明かりを付けるだと!?
まだシャツに袖を通していないのに、この状態で部屋を照らしてしまったら……大変なことになる!
「やめてくださああい!!まだ着替え終わってないですーっ!!」
何とか友雅の手を阻止しようと、あかねは闇の中を手探りで右往左往した。
濡れたワンピースを脱いで、他に湿っていたものもすべて取り払い、未だに必要最低限のギリギリな格好なのだ。

そりゃ、友雅は男だから良い。
下はともかくとして、上半身なんて裸だって別に(見る方は気恥ずかしいけど)構わないだろう。
でも、これでも私は女性なんだからーっ!!!
そう簡単に、無意味に肌を見せてたまるもんですかぁっ!!!
じたばたしながら、あかねはベッドの上に這い上がり、ヘッドボード辺りに寄り掛かっているであろう友雅のそばへ、何とかして近寄ろうとした。

「ダ、ダメっ!着替え終わるまではダメです!!」
ごそごそベッドの上を、あかねの必死な声が近付いて来た。
しかし、正直なところを言うと…それなら尚更悪戯心が膨らむというもの。
丁度彼女が近付いた時を見計らって、ランプのスイッチを付けてみたら、どうなるだろう?
白くなめらかな柔肌を持っているのは、以前共にベッドで眠った時に確認済み。
だけど寝間着の中身は…残念ながらまだお目に掛かってはいない。

上級巫女を護る為に、選ばれた唯一の存在であることは自覚している。
しかし、生憎自分はれっきとした男である。
つまり…女性への興味は、どうしても失えない。
特にそれが、自分にとって重要な相手ならば特に………。

『友雅、戯れの思考は大概にしろ。』
急に泰明の声が、友雅の耳の奥に響いて来た。
それは、首から下がるペンダントを通じて伝わっている。
あかねと先に町を発った友雅と、離れていても連絡が取れるように、泰明が呪いを掛けたのだ。
『あかねは、おまえがこれまで付き合った女とは違う。分かっているだろう。』
『…言われなくても、十分にそれは分かってるよ』
だからこそ、特別な想いがあるんじゃないか。
今までに感じたことのない、崇高かつ…込み上げるような何かが。

『ともかく、立場を考えろ。』
……分かってるよ。
どのみち、自分ではどうしようもないことだ。
自分には決定権も何も無い。
想いが芽生えたとしても、それを抱き続けるしか出来ない。
だから、突然空しくなるんだよ
彼女が上級巫女になったあとで、どんな生き方が自分に待っているのか…って。
選ばれてしまった以上、後戻りもやり直しもきかないのにね。


ゴソゴソと、衣擦れの音が至近距離で聞こえた。
「友雅さんっ?ランプ…付けないで下さいねっ!」
「分かった分かった。暗いままにしておくから、早く着替えを済ませておいで。」
「絶対に付けないで下さいよっ!?」
何度も強く念を押したあとで、あかねの気配は再び遠ざかって行く。

細い腕に手を伸ばして、引き寄せることも出来る。
けれど彼女は、泰明が言うように、これまでと同じようなことは出来ない、特別な相手だから。
聞き分けの良い男のままで、一歩退いているしかないか。
諦めがちに、友雅がそんなことを思った時、再び船体がぐらりと傾き始めた。


「きゃ、きゃ、きゃあ〜っ」
ベッドの上で、ごろんと転げたあかねの重みが、友雅の方にも伝わって来た。
膝をついて腰を上げようとしたところで、揺れに任せて転がったようだ。
「すごい揺れだな…。なるべく動かないようにって言ったのも、納得だね。くれぐれも足元に気をつけるんだよ。」
「そうですねっ…あ、きゃあ〜っ!」
部屋が暗いことで、更に方向感覚が滅茶苦茶になっているらしく、バランスを調整出来ないまま、あかねはふらふら揺れに流される。
そして、緩い波に身体が浮き上がり、ぐらっと前のめりになったあかねが……そのまま倒れ込んだ、そこは…。

「危ないねえ…。気をつけて、って今言ったばかりなのに。」
友雅の胸に受け止められ、かろうじてあかねはベッドから転げ落ちずに済んだ。
その代わりに、自分とはあきらかに違う肌が、ぴたりと身体に密着する。
広い胸と、無駄な筋肉がないがっしりした腕。
これまでに何度も抱きしめてくれていたそれが、今日はものすごく暖かく感じる。

…あったかい…。
鼓動が、とくんとくん言ってる。
胸にそっと手を伸ばして触れると、友雅の心音が震えているのが分かる。
耳を押し当てると、その音はあかねの頬に小さな振動を伝えてくる。


「あかね殿、今…どういう状況か、分かってる?」
「……え?」
友雅の胸に耳を当て、彼の心音が自分の鼓動に重なって行くのを、ぼんやり聞いていたあかねだった。
が、彼の声にはっとして目が覚めた。
「きゃ、きゃああ!きゃあーっ!」
「こらこら。静かにしてなさい。そんな声出したら、周りに怪しまれてしまうじゃないか。」
「だ、だって!だってぇっ!!」

今、自分は何てことをしていたんだろう!!
裸の彼の胸に手を伸ばし、しかももたれ掛かって鼓動に耳を傾けて!
何より!友雅の腕に抱かれている自分の格好は…そんな彼と全く同じ姿じゃないかっっっっ!!!
「ご、ごめんなさい〜っ!!」
姿が見えなくて良かった。
こんな状態、彼に見られたとしても自分の目に映っても、大パニックに陥ること間違いナシだ。
友雅から離れようと、すぐにあかねは後ずさりする。
しかし、思い掛けなく伸びてきた彼の手が、あかねの手首を捕らえた。

闇の中から引っ張られる力に、再び身体は友雅の腕の中へと転がり落ちてゆく。
そして、もう一度重なる肌と肌。
薄布の一枚さえもなく、互いの身体は密着したまま。
そんな状態で、彼は自分の腕の力を強めて、あかねをぎゅっと抱きしめる。
「きゃ…!な、何っ!?は、離してくださいっ!何するんですかぁっ!!!」
肌を合わせているだけでも、赤面どころかパニックものなのに…。
こんな、強く抱きしめられたら…どうして良いか。

離れようとしても、離れられないぬくもりの感触。
初めてのことに……あかねは恥じらいよりも混乱で頭がいっぱいだった。



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Megumi,Ka

suga