Kiss in the Moonlight

 Story=10-----01(ほんのりR15風味)
「ちょっとちょっと!そんなカッコでいたら、風邪ひくよ!」
階下から駆け上がって来た船員が、二人の姿を見てびっくりしながら言った。
海の中を泳いで来た友雅は勿論、そんな彼に抱きついているあかねの服も、かなり水を含んで色が変わっている。
「とにかく、部屋に案内するから着いてきな!甲板なんかにいたら川風受けて、一層身体が冷えちまうぜ!」
別の船員がやってきて、二人を誘導するように船の中へと手招きをする。

「行こうか。さすがに少し肌寒くなってきたよ。」
そう言って友雅は、あかねの手を握る。
冷えた身体では、いつものように彼女を抱き寄せるわけにはいかないので。
あかねの手を引きながら、友雅は船員の待つ方へと足早に向かった。



案内された部屋は、これまでの宿とは雲泥の差と言える狭さだった。
殺風景というか質素というか。ロッカーとテーブル、ソファに、おまけにベッドはひとつしかない。
「悪いな。うちの船にはこれしか個室がないんだよ。」
本来は貨物船であるため、客室なんてものは最初から存在しない。
船員たちの部屋は、狭い部屋に二段ベッドが二つのぎゅうぎゅう状態。
唯一の個室は船長の部屋だけで、あらかじめ聞いていた友雅たちの為にと、船長が一時的に部屋を明け渡してくれたのだ。
「船長さんが、お部屋を譲ってくれたんですか…」
「まあ、次の町に着くまでの一晩だけだし。王宮の客人を、俺らみたいな相部屋には詰め込めないからな。」
「有り難い。あとで船長殿のところに、挨拶に伺わせてもらうよ。」

ベッドの上には、コットンのシャツとパンツが用意されている。
シャツは肩幅が丁度良さそうだが、パンツの方は少し幅にゆとりが有り過ぎる。
しかしこんなずぶぬれでは、背に腹は代えられない。

「君、ちょっと悪いんだけれど…いいかな?」
部屋を出ていこうとした船員を、友雅が呼び止める。
「女性の着替えというのは、ここには…やはりない…だろうねぇ?」
「そりゃあ…。まず、貨物船に女が乗ることなんかないし…」
言いかけて、彼は"あっ"とあかねの存在に気付く。彼女の衣類も、着替えが必要だったのだ。
「何か…ないかな?この際、大きめのシャツでも良いよ。」
「ああ、そうだな。分かった、急いで何か探してくるから、それまで何とか我慢しててくれ。」
そう言って船員は、すぐに部屋を飛び出して行った。


ドアが閉まり、部屋の中に静けさがやって来る。
ランプの明かりがガラスのシェードから透けて、ぼんやりと飴色に室内を照らす。
「さて、あかね殿。私は着替えたいのだけれど…構わないかな?」
「え?あ、はい…どうぞ」
立ち上がった友雅は、濡れたシャツのボタンを外す。
胸元がはだけると、そこには彼の身分を示すペンダントがぶら下がっている。
そういえば彼に初めて会った時、あのペンダントを手渡されたっけ。
間違いなく王宮に送り届けると約束するから、と言って嘘偽りない証として、一晩持っていて構わないと言われたんだ。

あれからもう三年か…。
王宮で過ごした日々は、それより前の記憶よりも深く刻まれている。
いろんな事があったな。
勉強は大変だったけれど、普通じゃ経験出来ない楽しいこともあったし。
初めて舞踏会に参加させてもらった時は、緊張したなぁ。ドレスもなかなか着こなせなかったし。
でも、友雅さんがそういうことに慣れていたから、少しずつマナーとかも分かるようになったけど。

…一緒にいてくれたから、ホントに安心していられたんだな、三年間も。

"私が君を護って行くから、安心して良いんだよ。"
彼の言葉は、真実だった。
今こうして三年の時が過ぎて、初めてその言葉が実感できる。


「あかね殿?良いの?」
「え?何がですか?」
顔を上げると、既に友雅はシャツを脱ぎ捨てて、上半身の肌を晒している。
「私は構わないんだが、下も脱がないといけないんでね。このまま手を進めても、構わない?」
「あ、あああ!ちょ、ちょっと待ってて下さいっ!!」
さすがにそれは、刺激が強すぎる。
慌ててあかねはランプに手を掛けて、小さなスイッチをオフにする。
フッと部屋が暗闇に包まれ、その中で衣擦れの音が響いた。



しばらくして。
「もう良いよ。」
抱えたランプのスイッチをオンに切り替えると、再び薄ぼんやりした明かりに部屋が照らされた。
「ちょ、ちょっと何でまだ裸なんですかっ!!」
てっきり着替えを済ませたと思ったのに、何故か友雅は上半身裸のまま。
着替えは上下揃っているのに、どうして下しか代えていないのか。
すると、動揺しているあかねの前に、彼は用意されていたシャツを放り投げた。
「私は男だから、上くらい裸でも全然構わないよ。だからこっちは、君の着替えに使いなさい。」
「で、でも…私の分はさっきの船員さんが、探しに行ってくれているから、待っていれば……」
「いつまで掛かるか分からないし、見付かるかも分からない。そんなカッコで待たせるわけにはいかないよ。さ、次は君の番だ。」
あかねの手からランプを取り上げて、代わりにシャツを膝の上に乗せる。
そうして、彼女がやったようにランプの明かりを落とすと、再び部屋が暗くなる。
「早くしないと、着替えの最中に明かりを付けてしまうよ?」
「ええっ!?ちょっとそれは勘弁して下さいっ!!」
本気か冗談か分からない台詞に、あかねはすぐに着替えを始めた。


部屋には小窓がついているが、厚手のカーテンが掛かっていて、ほぼ完璧に外部からの明かりを遮断している。
近くに友雅がいると分かっていながら、服を脱ぐことは少しためらってしまうのだけれど…。
視界の見えない闇の中なら、彼に肌を見られることはないはず。
それでもやっぱり落ち着かないので、友雅に背を向けてワンピースのボタンを外し始めた。

全身ずぶ濡れの彼にしがみついたから、前衣はじっとり濡れていて、肌に絡みつくから気持ち悪い。
服を脱ぐと外気に肌が晒されて、少しひやっと産毛が逆立つ。
けれど、湿った服を纏っているよりは、遙かにマシだ。
さあ、早くシャツに着替えなくちゃ。
例え見えないからと言っても、ほぼ生まれたままと言える姿で部屋に二人きり…なんて、ちょっと…やっぱり。
あかねは手探りで、ベッドの上にあるシャツを掴もうとした。

その時だった。
わずかな予測さえ出来ないほど、唐突に船がぐらりと傾くように大きく揺れた。
「きゃ……!」
明かりのない闇の中で、なおかつ突然のことにバランスを崩したあかねは、船の揺れに乗じ、身体がよろめく。
「あかね殿?大丈夫かい?」
「は、はい…。ど、どうしたんでしょうか?」
揺れに耐えようとして、あかねはベッドの角にしがみつく。
どうしたのだろう?
天候は至って順調な夜だったし、風もさほど強くはなかった。
船の走行が妨げられるようなことなど、全く思い付かない。

コンコン!とドアをノックする音が聞こえた。
「おーいお二人さん、大丈夫か?」
その声は、部屋まで案内してくれた船員だ。
「何かあったのかい?船が急に揺れているようだけど。」
「いや。丁度今、急流に差し掛かったんだよ」
船長の言うことには、ゆっくりスピードを落として進むつもりだが、それでもしばらくは若干揺れが続くだろう。
「だから、出来るだけ動かない方が良いぜ。怪我したら大変だからな。」
もう少し早めに言えば良かったのだが、着替えを探していた最中だったので、ここに来るのが遅れてしまった。

「とにかく、気を付けてくれよ。着替えは、もう少し待っててくれな」
「ああ、よろしく頼む。」
ドアを開けることもなく、廊下から船員は用件だけを告げて、再び部屋を立ち去っていった。



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Megumi,Ka

suga