Kiss in the Moonlight

 Story=09-----04
さて、既に相手は到着しているかな…と、歩んでいくと、突堤の先に男たちの姿が見えた。
「時間には正確なんだね。既に勢揃いしているとは。」
穏やかな口調の友雅と違い、相手は緊張感漂う表情で待ち構えている。
…ま、偽物かもしれないとか、疑っているのは当然だな。
でもこれを見れば、そんな気持ちも払拭されること間違いない。

「品物を見せて貰おうか」
「どうぞ。隅から隅まで、じっくりと愛でてごらん。」
袋ごと友雅は宝刀を突き出す。
全く執着なんかしてないと思わせるため、適当に不作法に扱ってみた。
紐を解き、中から金色の宝刀が姿を現していく。
「…すげぇ」
夜空に輝く月にも勝る輝きに、思わず男たちが声を上げる。
それも無理はない。友雅でさえも、ここまで完璧に美しくイノリが作るとは思わなかったほどだ。
あかねが言っていたが、イノリのセンスは宝飾技術も優れている。
いずれ彼女のために、何か作ってもらおうか…なんて思いたくなるほど。

「よし。取引は終了だ。」
「ああ良かった。これで肩の荷が下りるよ。あとは、君らの好きにしておくれ。」
男は丁寧に宝刀を仕舞い込み、もう一度しっかりと紐を結んだ。
どうやらレプリカを信じてくれたようだな。
それはそれで一安心…。
周りに潜んでいる護衛官たちも、飛び出す機会をうかがっているだろう。
しかし、この男たちがすんなりと引き下がるとは、友雅も思っては居なかった。

「だがな、こんなのをタダで人にくれるような男には、あんたは見えないけどな?何か企んでいることがあるんじゃないのか。」
そう言って男たちは、友雅を海側に詰めていく。

『やべえ!あのままじゃ海に落っこちまう!』
『待て、天真。もう少し様子を見よう。』
頼久は飛び出そうとした天真を引き止め、冷静に目を凝らして状況を見張る。
その間にも男たちは、突堤の先へ友雅を追い詰めていく。
しかし友雅はというと、慌てた様子はない。

「私が何を企んでいると?君らは、どんな事を私が言えば満足するんだい?」
「普通なら、金で取引するんじゃないのか?なのに何も言わないのは、妙だ。」
「私が金に困っているように見えるかい?」
特別裕福だという自覚もないけれど、生活に困っている感覚もない。
だが、何もいらないと言っても怪しまれるか。
思いつきでも良いから、注文を付けた方が丸く収まるかも。
「…それなら、上質の宝石を使った指輪をひとつ、用意してもらおうかな」
突堤ギリギリのところで、友雅がそう答えると男たちは詰め寄るのを止めた。
「あの娘の指に似合いそうな、細い金の指輪にルビーのような石が良いね。それを取引条件にするよ。」
「ふうん。よっぽど、あのお嬢さんがお気に入りなんだな。」
「そりゃあ、もう。」
君らになんて分からないくらい、私には特別で大切な女の子だよ。
この世に二人といない、誰にも代わりのきかない女性さ。

「ああ、分かったぜ。それじゃ、よく似合うものを探すためにも、一度お嬢さんに会わせて貰わないとな!」
突然男の手が、友雅の腕を掴んで引っぱり上げようとした。
なるほど。彼女のところへ私を引きずっていくつもりだな。
----------誰が大人しく、言いなりになってやるものか!

友雅は勢いよく振り払い、軽く蹴飛ばすと男たちはその場に転がった。
状況の変化に反応した周りの者たちが、突堤に向かって飛び出してくる。
「取り押さえろ!」
「大人しく縄に掛かれ!」
静かなはずだった船着き場が、昼間以上に騒がしくなると同時に、緊迫した空気に包まれる。
大人数の護衛官たちが取り囲み、リーダーの男を頼久が取り押さえた。
「友雅殿!早くあちらへ向かって下さい!」
そう言って頼久が振り返ると……

「友雅殿っ!?」
振り返ったその目に映る彼の姿は、一瞬のうちにぱっと消えた。
その代わりに闇に響いた、水しぶきの音。
「助かったよ、頼久。あとはよろしく頼むよ」
「友雅殿!ど、どこにっ…」
護衛官に男を引き渡した頼久は、夜の海をかき分けて泳ぎ進んでいく友雅を眺めていたが、その姿はどんどん闇に薄らいでゆき、いつのまにか消えてしまった。




「お嬢さん、ここにいると誰かに見付かるかもしれないから、中に入っていた方が良いよ。」
甲板に出て外を眺めていたあかねに、船員がそんな風に声を掛けてきた。
そうは言われても、心配でじっとしていられないのだ。
取引はどうなっただろうか。あの男たちは、捕らえられただろうか。
何より…友雅は……無事だろうか。
まだ彼の姿は見えない。
来るはずの彼がいないことは、それだけでこんなにも不安になる。
「ちょっと船の外まで、見て来ちゃいけないですか…ね?」
「そんなのダメだ!俺ら、お嬢さんの安全を確保するようにって、そりゃ五月蝿く言われてんだから」
まあ、言っても無理だとは思ったけど。
それでも、早くこの不安を取り払ってくれないと…。

「おおーい!ちょっと!早く下にロープ持って来てくれー!」
船の下の方から、他の船員の叫び声が聞こえてくると、あかねの前を男たちが駆け下りていく。
一体何があったんだろう?と思っていると、船と船着き場をつなげる橋がゆっくりと上がり始めた。
「ちょっと待ってっ!友雅さんがまだ来てないのにっ!」
友雅はまだ到着していないのに、出発なんて…どうして!?
ゆっくり船が動き出し、少しずつ陸から離れていくのを、どうしていいか分からずあかねは立ち尽くす。
どうして友雅さん置いて行っちゃうのよっ!
さっきまで待っていてくれたのに…どうしてよ。

まさか、待つ必要がなくなったとか…。
…そんなことないっ!絶対にそんなことなんか…
頭に浮かぶマイナスの想像を、何とか振り払おうとするけれど、次第に目の奥が熱くなる。
友雅さんに限って、そんなことないものっ!
絶対にそんなこと……


「少し待っててくれるか?誰かの着替えを貸してやるから。」
「ああ、すまないね。」

………背後から聞こえた声。
その声は、さっき男たちが駆け下りていった階段から、甲板へと上がってきた男の声と同時に聞こえた。
あかねはすぐに、後ろを振り返る。
長い髪に水を滴らせ、全身水浸しで佇む彼がそこにいた。

「随分と待たせて悪かったね。何事もなかったかい?」
泳いで船に渡ってきたので、一歩でも歩けば足元から水が噴き出し、身体から海水が滴る。
着替えてから逢いに行こうと思ったのだが、彼女がそこにいては、ここから離れることは出来ない。
それに------

自分が濡れることも構わずに、目を潤ませてしがみついてきた彼女を、手放す事なんて…とても出来なかった。



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Megumi,Ka

suga