Kiss in the Moonlight

 Story=09-----02
「イノリくんって鍛冶はもちろんですけど、装飾品とかのセンスもあると思いませんか?」
装飾品のショウウインドウを見て気付いたのか、あかねがそんなことを言った。
王宮に召される前は、叔父の装飾品工房を手伝っていた彼女である。
女性用のアクセサリーに関しては、常日頃から目の前で製作過程を見ていたし、納品時に売上状態をチェックしていたから、女性が好むデザインなどはそこそこ分かると思っている。

「そういうのも作ったら、きっと人気出ると思うなぁ」
「あかね殿にそこまで言われるのなら、いずれは武器だけじゃなくて、宝飾の仕事も頼まれそうだね。」
「そうですよ。王宮には王女様や皇女様もいらっしゃるし、女官の人たちもいるし…大繁盛しそうですよ」
武器なんて物騒なものより、きらきらした美しい装飾品で溢れるほうが、ずっと幸せな気持ちになれる。
いつか、武器を作ることもなくなるような…そんな世界がやって来ればいいのに、とあかねは思う。



「だからー、信用しろって!。俺だってそんな風に睨まれて、嘘なんか言える度胸ねえっての。」
その声が聞こえて来たのは、古びた佇まいの飲食店の路地の奥。
立ち止まらずにはいられなかった。
何せそれはまさしく、天真の声であったからだ。
「…友雅さん、今の声、天真くんですよねっ?」
「まだ戻っていなかったのか…。しかも、あまり良い展開じゃなさそうだ。」
声の調子を聞いたところでは、まだ天真も冷静さを欠いてはいない。
落ち着いて相手を言いくるめようという、足が地に着いた声ではあるが、状況は良いとは言えない。
どうするか。このまま知らぬ振りして立ち去るか?
それともどこかに隠れて、展開を見張っていた方が良いだろうか。

しかし、その答えを出す時間さえ待ってくれずに、状況は急に動き出した。
「ガセだったら、それこそおまえの身は保証しねえからな」
両側から天真を囲みながら、男たちは路地から出て来た。
次の瞬間、鈍い音が響く。
同時にあかねの顔に何か押し付けられて、視覚と息を塞がれた。
「あっ、あかねっ!?」
「て、天真く…ん」
出てきたとたんに、天真の胸とあかねの顔が正面衝突した。
ついお互いの名前を口にしてしまった二人に、友雅は苦い顔を浮かべる。
顔か名前のどちらかならごまかせるが、顔と名前が一致してしまうと難しい。
しかも相手は数人。一人が忘れていても、誰かがきっと記憶しているはず。

「おまえの知り合いか?」
あかねと友雅を指差し、男は天真に尋ねる。
わざわざそんなこと聞かなくとも、名を呼び合っているんだから分かるだろうに、と思いながらも、友雅は男たちの表情が微妙に動いたのを見逃さなかった。
…皆、彼女の顔を見て。そして一瞬にやりと口元をつり上げた。
それはつまり、男だけが持つ特殊な感情が働いた証拠。嫌な予感がする。
「うちの若造が、何か君らに粗相でもしたのかい?」
友雅はわざと、自分から男たちに会話を投げかけた。
「若造ってことは、あんたはコイツの主か?」
「まあ、そんなものだよ。で、この子は私の妹みたいなものだ。」
自分が友雅に雇われているように言われて、天真は少し不機嫌そうになった。
が、この状況で食らいつくわけにもいかないので、渋々黙っている。

すると男たちは、友雅の姿を頭のてっぺんからつま先まで、舐めるように見た。
着ている服装も良い生地を使っているし、洗練された仕草や身のこなしは、上流社会を知っている風だ。
「確かに、あんたを見ると…そこそこ裕福なヤツみたいだな。」
納得したらしい彼らは、天真の背中を押して二人の元へ突き返した。
「そんじゃ、主のあんたに聞こう。どうなんだ?こいつが言うとおり、あんたたちが宝刀を持っているのか?」
「こいつの話じゃ、爺さんから譲り受けた宝刀を持っていると言うんだがな?」
一人一人ずつ睨みながら、男たちは友雅に尋ねる。
どうやら自分たちが、宝刀を譲り受けたという話が通っているようだ。
ここはそのまま、口裏を合わせてなぞっておこう。

「…確かに。先日私が、あのご老人の身の安全と引き替えに、取り引きして譲り受けたんだ。」
友雅が答えると、更に男は詰め寄って来る。
「それを、こいつは俺らに譲っても良いって嗾けてきたんだがな?どうなんだ、主のあんたとしては。」
天真が自分の損得で勝手に言っているだけか、と警戒しているようだ。
「ああ、別に君らが欲しいのなら構わないよ?私はあまり、ああいうものには興味が無くて。」
それに、あんな豪華なものを持ち歩いていると、変な輩たちに狙われるので、そっちの方が面倒くさい、と友雅は彼らを意味ありげに見て答えた。

「欲しいのなら譲るよ。但し、こちらで取引場所と時間を決めさせてもらう。」
「取引場所?」
男たちが聞き返すと、友雅はうなづいて少し考えるふりをする。
「人の目が多いところで、あんなもの出せるわけないだろう。そうだな…深夜の方が良い。どうだい?」

男たちは、小声で相談し始めている。
その合間に、天真が友雅の肩を叩いて耳うちしてきた。
「おい、友雅…大丈夫なのか、あいつら」
「それまでには、レプリカも出来上がるよ。あとは宿に帰って、相談して今後のことを決めればいいさ。」
「でも…そうなったら、友雅さんが受け渡しに行くんでしょう?それって危険じゃないんですか?」
今度はあかねが、友雅の腕をぐっと掴んだ。
覗き込む表情は心配そうで、瞳の奥がふるふると震えている。
「心配してもらうのは、とても光栄なことなのだけど。大丈夫、平気だよ。」
あかねの身を護ることに比べたら、こんなものお遊び程度の覚悟で十分。
とはいえ、油断は大敵なのは百も承知だ。

そう言っているうちに、男たちは意見がまとまったようだ。
グループのリーダーらしき一人が、一歩前に出て友雅に手を差し出した。
「あんたの言い分で手を打つ。」
「有り難い。私も、さっさと手放してしまいたいのでね。」
邪気のない笑顔を作り、友雅は男としっかり握手を交わした。
だが、手を離す直前で男の目が変わった。

「逃げたり、偽物なんか持ってくるんじゃねえぞ。その時は…あんたの一番大切そうなものを、代わりに頂くからな?」
「い、一番大切なものって、何だよっ!」
天真が思わず切り返すと、男たちのにやりとした視線があかねに投げかけられ、慌てて彼女は友雅の後ろに隠れた。
「男にとって一番大切なもので、男が一番喜ぶものだよ。分かってんだろ?隠れたお嬢さんもさぁ。」
「てめえら…汚ねえ口ききやがってっ…!」
調子づいて来た彼らに対し、堪忍袋の緒が切れかかった天真の拳が、強く握られ身を乗り出そうとした。
それを、友雅の手が即座に止めた。天真の腕を捕らえ、後ろへと引き戻す。

「この娘に目をつけるなら、ここで話は無かったことにする。悪いけど、他の行商人にでも当るよ。」
「何だと?」
「本気だよ。私は別に、あれを君らに譲る恩も何も無いから。」
あっさりとそう言い放って、友雅はあかねの肩を抱いて背を向けた。
話は既に終わった、という様子で、彼はどんどんその場を離れて歩いて行く。
慌ててあとを、天真が追いかけた。


「待て!分かった!あんたの言った通りの時間に…待ってる。」
ここで取り逃がしては大変だと、男が急いで友雅を呼び止めた。
足の歩みを止め、あかねの姿を隠すように腕の閉じ込めたまま、友雅は顔を傾けて振り返る。
「…場所はどこが良い?旅人の私より、君らの方がこの町は詳しいだろう?」
「船着き場にある食料倉庫の裏に、突堤がある。そこなら人は殆ど来ない。」
「了解。じゃ、その時に例のものを持って行くよ。」

それだけ答えて、友雅はまた歩き出した。
男たちはずっとその場に立ち尽くしていたが、三人は路地を出て人混みに紛れるまで、一度もそちらを振り向く事は無かった。



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Megumi,Ka

suga