Kiss in the Moonlight

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慌ただしい工房の中で、イノリはただひたすらに作業を続けている。
職人たちが行き来しながら、外で見かけた男たちの事を噂する声が響いていた。
「近いうちに、ここにも来るぜ…。何て言えば良いんだ?」
「ごまかすしかないだろ。爺さんは既にいないし、俺らは…何も知らねえ。そう言うしかない。」
さっきから、同じようなことばかり繰り返している。
だからと言って、別の答えが見つかるわけでもないのに、不毛な会話だな…と引き続きイノリは手を止めない。

しばらくして。
「おい、兄ちゃん…本当に爺さん、ちゃんと逃げられたのか?」
工房の職人の一人が、イノリの背後にやってきて声を掛けた。
「多分大丈夫。今頃は公道を西に真っすぐ、順調に向かってるはずだぜ。」
「…ならいいけどさ。あんなにぞろぞろ護衛を付けて、途中で全滅なんてことになったら、たまったもんじゃねえ。」
同行しているのは、王宮で鍛えられた精鋭の護衛官たちだ。そこんじょそこらのチンピラなんて、敵うわけもない。
峠を越えてしまえば、賑やかな道が続いていく。
人通りの多い場所を選ぶことで、相手も簡単に手を出すことは出来なくなるから、更に安全性も高くなるだろう。
すべては彼らに任せて、とにかく自分は一刻も早くレプリカを仕上げなくては。

「でも、すげぇなあ…。兄ちゃん、かなりの腕利きだな。」
別の職人が横から、イノリの手つきをじっと覗き込んだ。
今朝工房にやって来て作業を始めたのに、既に土台は完璧に出来上がっている。
金の塗装も、以前老人が見せてくれた宝刀にそっくりで、今は形成の最終段階。
これが終われば、あとは装飾作業に取り掛かる。
1日あれば出来上がる、と言った時には笑い飛ばしたものだが、これなら本当に完成してしまいそうだ。
誰もが作業時間どころか、技術的にも再現は無茶だと敬遠したというのに……。
目の前で仕上がっていくそれを、職人たちは作業もそっちのけで見入っていた。

そんな工房の入口がけたたましく開いて、外から飛び込んできたのは、昼食を買い出しに行った若い見習職人。
手荷物を置くことも忘れて、彼は慌てながら皆のところへやって来た。
「おい!あ、あいつらが今…ここのすぐ近くに来てたんだけどさっ!」
一瞬、空気がピンと緊迫する音が聞こえたような。
いよいよここも目を付けられたか。
しらを切るつもりでいるけれど、問題はそれを彼らが信用するかどうかが気がかりで、皆の不安は消えないで居る。
だが、その見習いは妙なことを口にした。
「ここに来るのかと思ったんだけど、途中でどっかから出てきた若い男が、あいつらを連れてどっか行っちゃったんだよ…」
「若い男?そいつも別口の悪党共の一味なんじゃないか?」
裏社会には裏社会の繋がりがあり、彼ら同士の取引もあって不思議じゃない。

「なあ、その男って…どんなヤツだった?」
カンカン、と作業を続けながら、皆に背を向けつつイノリが尋ねた。
「そ、そうだなあ…。がっしりしてはいないけど、背は結構高い若い男だった。髪は明るい茶で短くて…」
「もしかして、腕にタトゥみたいなのしてなかった?」
「あ、ああ!あった!腕を出したカッコしてたから…」
「首飾りとかもしてなかった?」
「そういや、なんか首に掛けていたな…」
イノリはそれを聞いて、にやっと顔を緩ませた。
間違いなくそれは、天真だ。腕に忠誠を示した文様と、王宮に召される時に妹から贈られた首飾り。
多分、この状況で彼らは動き出したのだろう。
それならば自分は尚更、早くこれを仕上げなくてはいけない。

「もしかして、兄ちゃんの知り合いなのか?」
「ああ。俺らの仲間の一人。だから、安心して良いよ。多分ここには来ないように、うまい手を下してくれるからさ。」
「本当か?信じて良いのか?」
もちろん。
いざとなれば、王宮が動く。国の民の安全を保つ為なら、どんなフォローでも行ってくれるはず。
「さーて。そっちは安心ってことで、これも早く仕上げないとなー。」
イノリは一粒の人工宝石をつまみ、ランプの光に透かしてみせた。


各地からの貿易船が到着し、船着き場からはぞろぞろと人が下りて来る。
独特の服装や若干違いのある顔立ちを含め、異文化の入り交じった賑わいはピークに達していた。
「まあ、朝よりはずっと安全だね。女性の商人も結構多いし。」
老若男女が行き交う町を、一通り見渡しながら友雅はつぶやく。
そんな彼の隣には、当然のようにあかねがいる。

結局のところ、ずっと部屋に閉じこもっているのも退屈だというのは、あかねだけではなく友雅も同じだった。
朝から晩まで四六時中、人の絶えないこの町ではあるが、日中は子どもの姿も多い分安全性も高い。
町の保安官たちも頻繁に歩いているし、それならば…と彼女を連れ出すことに決めた。
だからと言って、あちらもこちらも歩き回るわけにはいかない。
出掛けることを決めたのは、イノリの作業状況や天真の様子を見にいくのが最大の理由である。
「あ、ここですね、イノリくんがいる工房って」
地図を頼りにやってきたそこは、細い路地にいくつもの鍛冶工房が連なっていた。
その中のひとつが、紹介された工房である。

「すみません、あのー…イノリくんいますか?」
あかねが戸を開けると、店番らしい若い男が出て来た。
鍛冶工房に女性客なんて珍しいのか、最初はびっくりしていたが、とたんににこやかになる。
「ああ、あの兄ちゃんね。どうぞどうぞ、中へ。美味い菓子でも用意しようか?何か飲み物でも作ってあげようか?」
「え、あ…おかまいなく。すぐに帰りますんで…」
恐縮するあかねに気も止めず、彼は機嫌良く愛想を振りまくが、背後にいた友雅の存在に気付くと、とたんに背筋がぴんと伸びた。
「それじゃ遠慮なく、二人分をお願いするよ」
「は、はい、どうもすいません」
何故かぺこりと謝りつつ、まず彼は奥の工房へと二人を案内した。



鍛冶打ちの音と部屋にうずまく熱気が、中に入ったとたんに顔に当たる。
イノリは工房の隅っこで、黙々と手を休めずに作業を続けていた。
「すごいね!もうこんなに出来上がってるなんて!」
「本気モードで頑張れば、これくらいたいしたことないぜー」
一から始めたら大変だったが、レプリカなんだし…と、工房にあったスクラップや試作品を譲り受けて加工したが、見た目は本物と寸分違わない。
始めたばかりの装飾作業も、ひとつひとつ宝石も丁寧に飾り付けられている。
「勿体無いね。レプリカと言っても、良い値で売れるんじゃないかい?」
友雅が言うと、職人たちも感心しながらうなずく。
しかし、レプリカ=複製であることは変わりなく、最初から模造品として作っているものを、金を取って売る気は絶対にない。
頑固な彼の師匠の教えは、今も弟子のイノリに受け継がれている。

「そういや…さっき天真が近くに来てたって聞いたけど、会ったか?」
「天真くん?ううん、ここまでの道では見かけなかったけど…」
例の男たちを煙に巻くために、出て行ったきりで居場所は知れない。
既に老人は町を出たし、そうなればこの辺りをうろついているかも、と思ったが姿は見えなかった。
「大丈夫なのかなぁ…。平気だって言ってたけど、ちょっと心配…」
信頼していないわけじゃないが、相手がどんな人間かもはっきりはしていないし。
だからこうして、友雅に着いて来てもらいながら出て来たのだけど。

「まあ、イノリの方は順調らしいから…宿に戻ろうか。もしかしたら、天真も既に帰っているかもしれないし。」
「そうした方が良いぜ?あいつらが近くにいないとも限らないしさ。」
順調に進めば、深夜前には出来上がるはず。
それまでに何事もなければ、無事に切り抜けられるのだ。
今は、それを祈って時を待つしかない。



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Megumi,Ka

suga