Kiss in the Moonlight

 Story=08-----04
一口で食べてしまうようなショコラを、いくつか砕いて藤姫用に。
未来の上級巫女と小さな姫君は、揃って甘いものの虜になっている。
友雅はそんな二人を、紅茶を飲みつつ眺めているだけだった。

3、2、1の、いつものノックが聞こえる。
「失礼致します。お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「あ、どうぞどうぞー」
部屋を訪ねて来た永泉は、控えめな仕草で中に足を踏み入れた。
あかねは彼のお茶を入れようと立ち上がったが、永泉は慌てながらそれをやんわり断った。
上級巫女様にそんなことをして頂くなんて…と彼は言うけれど、元々彼は王族の遠縁に当る系統の出。
育ちと家系だけで見るならば、あかねよりもずっと高位であるなのに、いつも彼は一段下からあかねを見上げている。
とにかく、こういう遠慮がちで礼儀正しいところが、永泉の長所でも短所でもあると言えるが。

「それで、永泉様がこちらにいらしたご用件は?」
「あ…その、先程あのご老人宅の周辺を警護していた者が、頼久からの伝言を持って戻って参りまして。」
永泉は衣服の袂から、頼久の書いた文書を取り出した。
「お支度が済んだとのことで、そろそろ出発する予定だということです」
「良かった。何とかあの人たちには、気付かれずに逃げられそうですね。」
話を聞いて、あかねは少しホッとする。
もちろん、それですべてがおしまい・解決というわけではない。
「イノリの仕事は、どんな調子なんだろうね?」
「特に連絡はありませんが、工房周辺にも護衛官が待機しておりますから、何か異変があれば伝言が来ると思いますけど…」
窓から見下ろせる町の風景は、賑やかなだけで騒がしい様子も無い。
問題なく進んでいるなら何より----なのであるが。


「でも、友雅さん…。本物はどうやって保管するんですか?」
まさか自分たちが、そのまま旅の道中を持ち歩いて行く…とか?
「本物は、既にあのご老人の手に戻したよ。」
「えっ…!?」
友雅は護衛官に頼んで、宝刀を持って老人の元に向かってもらった。
王宮までの道は決して短くはないが、自分たちが龍晄山へ向かう旅の距離よりはずっと近い。
「王宮に着いたら、あれはご老人の身分証明にもなる。それに、私たちが持って歩いて無くしたりでもしたら、それこそあのご老人に申し訳ないよ。」
「それはまあ、そうですけど…」
今は亡きシェンナの記憶を、隅々まで刻みこんだ美しい宝刀は、この世界の歴史の一つでもある。
おそらく国王も、しっかりとした形で管理してくれるはずだ。

「ちょっと待って下さい。イノリくんが作ったレプリカは、どうやってあの人たちに渡すんですか?」
ふと、あかねは疑問に思った。
元々レプリカを作るのは、本物の宝刀と思わせるためだ。
彼らにそれを渡し、その隙に本物を持って逃げられるように、という話だったはずだが、あの老人がアパートに居ないと知ったら、男たちはどうなるか。
もしかしたら、宝刀を持った老人のあとを追いかけていくかもしれない。
護衛官たちが付き添っていると言えど、それでは危険が膨らむばかりではないだろうか。

「それは、俺が責任もって引き受けることになってんのよ」
「天真くん!」
ノックの合図もなかったので、まさか急に彼が部屋にやって来るとは思わず、あかねは少し驚いた。
そんな天真のマナー違反を、永泉は軽く窘めてみたが、果たして彼の耳には届いてるかどうかあやしい。
さらに彼はテーブルの上にあるショコラを、遠慮もせず一粒口に放り入れる。
「俺がぁ、囮をやる予定なの」
「囮?天真くんが囮って…どういうことですか?」
「うーん…囮っていうほどでもないんだけどね」
友雅は複雑な表情で苦笑しつつ、このあとの計画予定を話し始めた。

「あの男たちは、間違いなくご老人のアパートに来る。でも、もぬけの殻になっている部屋を見て、居場所を探そうとするに違いない。」
「そこに俺がさりげなーくレプリカを持って、あいつらの周りに姿を現すわけ。そうすりゃ、絶対近寄ってくるよな、奴ら。」
レプリカを餌に、わざと男たちを近寄らせてコンタクトを取る。
とにかく宝刀を手に入れたいだろうから、彼らは老人から譲り受ける約束をしている、とか言い出すだろう。
「でも、すんなり手渡したら怪しまれるから、ちょっとごまかしたりするわけ。」
まあ、もしかしたら手荒いことになるかもしれないが…と、そんなことを天真は軽く言う。
「しばらくごちゃごちゃやって、タイミングを見計らってレプリカを手渡す。宝刀が手に入れば、奴らだってジイさんを探すことはしないって。」
そのうちに、老人たちは王宮へと向かって進み、レプリカを手渡したら自分たちは客船に乗り込んで逃げる。
あとになってレプリカと分かっても、既に天真もこの町とはおサラバしているし、老人は王宮内に護られているだろう。
「ってなわけで、万事解決って寸法よ」
一通りの計画を話し終えて、窓枠に腰掛けながら天真は腕を組んで胸を張った。

「待って。まだ解決じゃないってば。」
あかねが顔を上げて、天真の方を真っ直ぐに見た。
「そのレプリカ、市のおじさんに売る約束をしてるのよ。そうするとあのおじさん、偽物をとんでもないお金で買うことになっちゃうじゃない?」
50000トールという巨額で、取引契約していた。
本物なら良いが、偽物でそんな値段は有り得ないし、その偽物が更に他で高額で取引されるとなったら…それは問題ではないか?

「今日のあかね殿は、とても鋭いね。」
「そのことでしたら、もう手を打っておりますよ。店の主人には、鷹通殿が事情を説明に行かれました。その者たちが売りに来たら、近くに居る護衛官に連絡をするようにと。」
町の治安局にも、話は説明を済ませている。
老人が怪しい者たちに、しつこく付きまとわれていたのを知る者は、この町にはいくらでもいるから話は早かった。
「偽物が他の人の手に渡る前に、彼らを捕まえるよ。レプリカと一緒にね。」
「そうだったんですか…」

何だかいつの間にか、すごい筋書きが成り立ってしまっている。
つい夕べ、思い掛けなくイノリが持ち帰って来た話題。
その時はどうなるんだろうと思っていたのに、あっという間に王宮にも連絡がついたし、護衛官がやって来て老人を逃がすことまで済んで。
あとはイノリのレプリカが出来上がり、彼らに上手く手渡されれば、本当にこのミッションは終了だ。

みんなすごいなあ…。ぱっぱっと思い付いて、ぱっぱっと動いて。
自然と阿吽の呼吸があるみたいに、ひとつの提案を誰かがすぐに組み立てて、更に誰がかそれを行動に移す。
彼らが王宮内に留まらず、国全土を含めて選び抜かれた者たちと呼ばれるのが、何となく分かる。
その中でも、友雅の気転の早さと即決力は…何というか、比べられる者がいない。
……今回の話だって、昨日友雅さんがぱっと一気に決めちゃったんだもんね…。
すぐに王宮に連絡を取り、近くの護衛官に結集を呼びかけ、更に老人宅周辺の警護や工房探しまで。
友雅さんの一言で、話がすーっと進んじゃったみたい…。

「どうしたの?」
しげしげとこちらを見つめるあかねを、友雅はこちらから見つめ直した。
「う…ん、何て言うか、すごいなあって」
「ふふ…それは、あかね殿の口癖かな?他人のことを見ては"すごいすごい"って。君にそう言われると、こちらの方がかしこまってしまうよ」
「だって、ホントにすごいんですもん」
まだ自分は人生経験も未熟だから、仕方ないのかもしれないけれど。
だからこそ、こんな風に結団力と行動力に溢れた人たちを、心から尊敬してしまうし、憧れる。

私だって重要な立場になるんだから、これから少しずつみんなを見習って、しっかりしないとね。
改めて、あかねは気を引き締めようとした。



「す、すいません!!あの、今…連絡が来たんですけどっ…」
天真と違って礼儀はしっかりしているはずの詩紋が、ノックもせずに部屋に飛び込んで来た。
「イノリくんのいる工房あたりを、変な男の人たちが訪ね歩いているって…」
「頼久からの連絡かい?」
「そ、そうです。今、護衛官の人が戻って来て教えてくれて…」
気付かれぬように様子を伺ったが、彼らの話は老人がどこにいるか、居場所を探り歩いていると確認出来ている。

「早々と、俺の出番がやって来たかぁ。」
そう言って天真は立ち上がる。
「一晩中ジイさんの警護したあとで、やっと飯を食ったばかりだってのにまぁ、忙しい男だよなあ、オレって。」
頭を掻きながらも、天真の様子は余裕の余裕。焦る素振りは全くゼロ。

「とにかく、まだレプリカも出来上がってないし。ちょっとばかし、奴らにちょっかい出して時間稼ぎしてくるわ」
「天真くん!無理しないでね!?気をつけてね!?」
「何かあれば、すぐに連絡してくれれば加勢を出すよ」
そんな友雅の言葉に、"俺を甘く見るなよ"と一言答えて笑いながら、天真は軽やかに部屋を出て行った。



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Megumi,Ka

suga