Kiss in the Moonlight

 Story=08-----03
8時を過ぎ、皆が食堂で朝食に手を付け始めた頃、支配人から連絡が入った。
数人の来客がやって来ているとの言伝だったが、それを聞いた友雅と鷹通は、すぐに彼らを通すようにと頼むと、代表として二人の青年が部屋にやって来た。
両方とも頼久と同い年くらい。しっかりとした真面目そうな男である。

「こんなに早くいらっしゃるとは、思っておりませんでしたよ。」
「夕べ連絡を受けてから、すぐに出発致しました。少しでも早いほうが良いかと思いまして。」
「流石に察しが良い。何事にも、手を打つのは早めの方が都合が良いからね。」
彼らに連絡を入れた時とは、状況が違っている。
思った以上に敵の動きが早まっているため、これからどう対処すべきか…と今朝のことを交えながら、皆で相談していたところだ。
「丁度良いから、君らにも話に加わって貰おう。」
友雅がそう言って、部屋の隅にある予備の椅子を二つ用意する。
そして詩紋が、ワゴンに用意されているティーセットで、彼らにコーヒーを差し出した。


「では、すでに向こうは、動き出す準備に入っているということですか。」
「多分ね。何せ買い手が決まっているんだし。普通なら一刻も早く品物を手に入れて、それを売りさばいて大金を手に入れたい…んじゃないかな。」
こんな状況だから、君らが早めに到着してくれたのは本当に有り難かった…と友雅は言って、ライ麦パンの最後のひとかけらを口に放り入れた。

「私達は、どうすれば良いですか」
コーヒーに口を付けていない方の男が、真っ直ぐな姿勢で意見を尋ねる。
「用意が整い次第、ご老人を警護しながら王宮に届けて欲しいんだ。」
「それは承知の上ですが、あかね様や橘様方の身の安全を思えば、皆で移動するわけには行きません。」
「せめて数人、こちらに残すことを許可願えませんか?」
この町に集められた護衛官は、彼らを含めて25人。
その中の5人でも良い。もしもの時を考えて、あかね達のフォローに回すように残してもらえないか、と彼らは言う。

「友雅殿、人員に余裕があるのなら、その方が良いと思いますよ。」
「うん、確かにそれはそうだね…」
敵がどんな暴挙に出るか分からないし、応戦することになるかもしれない。
戦う手が多ければ多いほど有利だし、そうすれば自分はあかねを護ることに専念できるのは良い。
「じゃあ何人かこちらに残ってもらって、あとは例のご老人の警護と誘導に当たっておくれ。」
「了解致しました。それでは、私達は向かいの料理屋でお待ちしております。用意が済みましたら、こちらまでお声を掛けてくださいませ。」
二人は無駄のない会話を終えて、席を立つ。
カップには、どちらにも半分ほどのコーヒーが残っていた。

「護衛官の人たちって、初めてお会いしましたけど…すごく立派そうな人ですね」
彼らが去ったあと、一旦手を止めていた食事を再開したあかねが、そんなことをぽつりと言った。
頼久は騎士であるし、天真は役人で、彼ら護衛官と同じような業種ではあるが、雰囲気が全く違う。
周囲に悟られぬようにと、いつもなら身を包んでいる軍服に似た制服は身に着けていなかったが、頼久たちよりどっしりした感じがした。
「彼らは護衛団時代の私の後輩で、その中でも優れた精鋭の者達です。決して力に不足はないかと。」
「そうなんですか…すごいなぁ。」
頼久にしても彼らにしても、国を護る一線の任務を与えられている。
友雅が言っていたように、あかね自身に科せられた上級巫女という任務は、それらよりも特殊で重要なことであるのは分かる。
でも、やっぱりどこかまだ自覚が弱くて、彼らの方がずっと凄いんじゃないか、と感じてしまう。

「ごちそーさんでした。とにかく俺、すぐに工房に行って、しばらくレプリカ作りに閉じ籠もってくるわ。」
朝食を一気に食べ終えたイノリは、最後にデザートの林檎を一個ポケットに突っ込んで立ち上がった。
のんびりはしていられない。レプリカの製作も、早めに仕上げなくては。
何せ自分たちは、まだ旅の途中なのだ。


+++++


イノリが護衛官を連れて出掛けたあと、ほぼ入れ違いで天真が戻ってきた。
どっさりと二人分用意してあった食事に、彼は夢中でかじりついている。
そうしているうちに、今度は頼久が老人のアパートへ向かうため出て行く。
友雅たちの周りも一気に慌ただしくなり、同時に町中も賑やかになってきた。

そんな中で、あかねは自分の部屋に戻ってから、ソファの上でごろごろしている。
「あかね様あかね様、本日はどう過ごされますの?」
「う〜ん…どうしようねぇ?」
テーブルの上にちょこんと座っている藤姫が尋ねたが、あかねは返答に困った。
さあ、何をして過ごそうか?
せっかく数日だがひとつの町に滞在出来るのに、何もすることが見付からない。
こういう状況だから出掛けるのも危険かもしれないし、みんなが一生懸命になっている中を、暢気に遊びに行くなんてのも不謹慎だし。
「外は良いお天気ですわね」
「うん、そうだねー…」
開いた窓からは、清々しい風が吹いてくる。
空にはふわふわと、白い雲が浮かんでいた。


コンコンコン、コンコン、コン。
「どなたかいらっしゃいましたわ」
ノックの音を聞いて、藤姫が羽根をはためかせながらドアの方へ飛んでいく。
部屋の外を覗ける小さな穴も、彼女の目には大きな穴だ。
じいっと彼女はそこを覗き込んでから、もう一度あかねの方に戻ってきた。
「あかね様、友雅殿がいらしてますわ。」
「友雅さん?何かあったのかな…」
「さあ。でも、手に何かをお持ちになっているようですけど」
何だろう?忘れ物でもしたかな?
朝に借りたマントは返したし。
食事のときに何か置き忘れた…ものもない気がするが。

「あかね殿、お邪魔しても良いかい?」
「はあ。別に構いませんけど…」
ドアを開けると、確かに友雅が立っていた。
そして藤姫が言うとおりに、トレイのようなものを片手に持っているが、そのまま友雅は部屋の中に進むと、それをコトンとテーブルの上に置く。
何となく甘い香りがするような…?
鼻を利かせながら、藤姫は目の前のトレイの中身が何なのか探ろうとする。

「暇を持て余していると思ってね、差し入れだよ。」
友雅はそう言って、トレイの上に掛けられたナプキンを取り払った。
「うわあ、これチョコレートですか?」
銀色のトレイの上には、一口サイズのショコラがずらり。
貝殻の形だったり花の形だったり。白いものもあれば定番のショコラブラウンの他、ストロベリーピンクのものもある。
「こういうものを売る市も、あるんだよ。良いカカオの採れる国からの輸入ものらしいから、きっと美味しいんじゃないかな。」
「わー、ありがとうございます!」
さっそくあかねはソファに座り、藤姫と一緒にチョコをひとつずつ吟味し始めた。
二人の楽しそうな表情と言ったら。

…やっぱり女の子には、甘いものが一番だね。

外に出掛ける機会も失って、さぞかし暇を持て余しているだろうと思い、近くの市へ出掛けて見繕ってきた。
ちょっとした観光気分も、残念ながらお流れになってしまったし。
ほんの些細なことではあるけれど、こんなもので少しでも気が紛れてくれれば良い、と思いつつ。

「ねえ友雅さん、今お茶入れますから、友雅さんも一緒に味見してくださいよー」
「ああ、それじゃ遠慮無く頂こうかな。」
一足お先にショコラを一個ほおばりながら、あかねは楽しそうに茶葉をポットに入れた。



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Megumi,Ka

suga