Kiss in the Moonlight

 Story=08-----02
黙っていろと言われているから、何も言わないでいるけれど、本当はかなりムッとしている。
一応お年頃と世間で言われる世代の娘が、少年とは言え男に間違われるというのは屈辱以外にあるものか!
こっちの気も知らないで、二人とも笑ってるし。
その声がまたカチンとしてイライラする!

-----というあかねの事情など知らず、主人は何度か彼女の顔を見下ろした。
「しかし、綺麗な顔した坊ちゃんだな。女の子みたいな顔して。」
主人の太い指先が、あかねの頬と顎に伸びて来た。
まるで商品を扱うような手つきに、ぎくっとしてあかねは友雅にしがみつく。
「駄目駄目。そんな汚れた手で触っては、この子の綺麗な顔が台無しになってしまうじゃないか。悪いけど触らないでくれるかい?」
友雅は主人の手を払い除けて、胸の中にあかねを抱え込む。
その姿がまさに怯えているように見え、困ったように主人は苦笑いを浮かべた。
「いや、すまんね。綺麗なお小姓だと思ってさ、つい。」

小姓っ!?小姓だとっ!?
まだこの主人は、自分の事を男だと思って疑ってないのかっ!
男という前提で"綺麗な顔"とか言われても、嬉しいはずないだろうっ!
友雅の袖を掴むあかねの手が、拳になってぐいぐい力がこもる。
マントの下からちらっとこちらを見るあかねは、完全に膨れっ面で唇を尖らせているものだから、友雅としては笑いを堪えるのが必死だった。
「悪いけど、私はそういう趣味はないんだ。この子は弟だよ。年は結構離れているけれど。」
「弟?あんたのかい?」
「そう。両親は既に他界しているものだから、私にとってはたった一人の大切な家族なんだよ。」
でまかせを言いながら、友雅はあかねの背中を軽くぽんぽんと叩く。
まるで小さな子を宥めるかのようにして。


「ところで、随分良い装飾品を揃えているんだね。」
友雅は話題を移し、店の品揃えに話を変えた。
「高価なものもあるけど、うちはそんなものばかりじゃないよ。手頃なものでも、この目で選んだ良いもんばかりだ。」
商品にはぞれぞれ値札が付いていて、確かに随分と高価なものもあれば、指輪や腕輪などはポケットマネーで十分買える程度のものもある。
しかも、全てなかなか見映えの良いものだ。
「弟さんもそういう仕事してりゃ、こういうの似合いそうなもんだがなぁ。旦那、イイヒトに贈り物とかはどうだい」
「そうだねえ。でも、生憎昨日のうちに贈り物は買ってしまったから、今回は遠慮しておくよ、」
その気もないのに"出世払いで"と口実を付けて、ネックレスを買ったばかりだし。
まあ、彼女が欲しいというのなら、喜んで買ってやっても良いのだが…おそらくそういうことは言い出さなそうだし。
「もうしばらくこの町にはいるから、余裕が出たら、また覗きに来るよ。」
「ああ、気軽に立ち寄ってくれ。その間に、旦那みたいな見目華やかな男に似合いそうな、良い代物が入るかもしれないしな。」

"良い代物"とは、さっきの男たちと取引した…あの宝刀の事だな。
その宝刀こそ、本物は今まさにイノリが保管しているんだけどね…。
そして上手くいけば、おそらく君の手に渡って来るのは、イノリが作ったレプリカのはずだよ、残念だけど。

主人はそんな裏事情も知らず、立ち寄る客に愛想を振りまきながら商売に戻った。





宿について、自分たちの部屋があるフロアに上がると、ようやくそこであかねはマントを脱いだ。
元々は友雅のものであるから、脱いだそれを畳んで彼に手渡す。
「あと1時間ほどで朝食だ。個室を用意してもらっているから、皆にさっきのこと伝えないとね。」
「そうですね」
「護衛官の者たちも、午前中には着くし。彼らにこれまでの状況も説明しなくてば。のんびりしていられない一日になりそうだ。」
「そうですね」
ドアを開けて中に入ると、外とはまったく違う景色。
戸締まりしたままの部屋の中は、朝の光が降り注ぐ外とは違い、まだ夜明け前のように薄暗い。
パタンと静かに戸が閉まると、更にしんと静かな闇が広がる。


「ご機嫌斜めだね。男扱いされたのが、さぞかしお気に召さなかったようで。」
「だっ…だって…」
市からここまで戻って来る間、あかねはずっと黙り状態で。
しゃべらないように、と言い聞かせていたせいもあったが、それだけではないことは、彼女の様子を間近で見ていれば一目瞭然だった。
「普通に歩いていれば、誰も男になんて間違ったりしないよ」
マントで隠したその下は、深みのある珈琲色のワンピースドレスだったし。
肩に掛かるほどのすっきりした髪型は、少年でも通用するかもしれない。
が、決して彼女の顔だちを見れば、男のものじゃないと分かるはず。
「綺麗な顔してるって、あの主人も誉めていたじゃないか」
「それは、"男なのに"って前提でしょっ!誉めてることになんかなりませんっ!」
徐にカーテンをつまんで、いじけたようにぷいっと背を向ける。
そんな仕草や感情がどこまでも可愛くて、自然と表情に笑みが混じってしまう。


「ひゃっ!」
あかねは思わず、驚いて声を上げた。
後ろから急に伸びて来た友雅の両腕が、強く自分を抱きしめたからだ。
「なっ、何ですかっ!いきなり何をっ…」
彼女の肩に、友雅の顎が乗せられる。
擦り寄せるように頬を寄せてくる感触が、くすぐったい。
「そんなに"女"だと、思ってもらいたいの?」
「あ、当たり前じゃないですか!私、女ですもんっ!!」
-----そうだね。
君が女じゃなかったら、私だってこんなに側にいたいとは思わない。

「んっ…何ですかっ!苦しいですーっ!」
ぎゅうっと更に腕の力が強まり、少しあかねはじたばたしたが、友雅は離そうとはしなかった。
十分そのままで、君は女に違いない。
それを自覚させるには、さて…どうすれば良いのかな。

「いずれ時が来たら、もっと女らしくなるよ」
「それって、今は女らしくないって意味ですかっ!?」
ムッとした顔で、あかねは友雅の顔を見上げる。
やれやれ。こっちは試行錯誤の挙げ句、やっと宥められる言葉を見つけたつもりだったのに。
女性の心は繊細で、時に気まぐれで。本当に理解するのが難しい。
「今より"もっと"っていう意味だよ。今よりもっと薫り高い、とても素敵な女性になれるから。」
「そうやって、いつもお世辞ばっかり言うっ!」
「じゃあ…今直ぐ、女らしくなれる方法、教えてあげようか?」
えっ?という表情をしたあかねの顎を、友雅がくいっと持ち上げて上を向かせる。
彼女の瞳の中に沈んで行こうと、後ろから覗き込むように顔を近付けて-----------



「やっぱり、こういうのは急いではダメだね。」
「は、はぁ?」
今まで強く締め付けられていた腕が、とたんにぱっと緩んだかと思うと、あかねは身動きが出来るようになった。
「無理矢理に咲かせるより、自然に咲いた花の方がずっと綺麗なものだからね。」
「…何言ってるんですか」
自由を取り戻した身体を、くるりと変えて友雅とあかねは向き合う。
いつも通りに優しい眼差しが、彼女の顔を見つめている。
「大丈夫だよ。少なくとも私の目には、いつどんな時だって君は女性としか映っていないから。」
「意味、よく分かんないですけど…」
ぽかんとしている、その表情。まっさらで純真無垢な、素直さが醸し出す瞳の色。
そんな彼女が、いつか薔薇のように花開き香り立つためには、何が必要か。
女性がいちばん綺麗になるきっかけは、いつの時代も…たったひとつの理由があれば良い。

「分からなくても良いんだよ。いずれそれも、自然に分かるから。」
果たして、それに彼女が気付くのはいつだろう?



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Megumi,Ka

suga