Kiss in the Moonlight

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出来るだけ人の目につかないよう、路地裏を選びながら二人は歩く。
しばらくはあかねの直感に頼っていたが、徐々に友雅にも妙な波を感じられるようになってきた。
町中を流れる小川に掛かる、いくつもの小さな橋。
その先では朝早くから市が開かれ、いかにも行商人らしい男たちが目を光らせて、あちこちの店を覗いている。
…彼女を連れて歩くには、好ましくない空気だな。
友雅はそう思ったが、ここまで来て強く感じる不穏な"もの"を、確認せずに帰るわけにも行くまい。
だからといって、あかねを一人で宿に戻すのは、もっと危険を伴うし。
「友雅さん、何だかあそこのお店あたりにいる人…嫌な雰囲気がします」
そんな彼の考えには気付かないのか、あかねは橋の欄干に近いところを指差した。

一見は、何の変哲も無い光景。
市の主人も普通の男なのだが、その前に座り込んで品物を眺めている客が3人程。
年齢はおそらく、天真よりは上で頼久よりは若い。かと言って、鷹通や泰明ほど若くはなくて…まあ、25前後くらいだろう。
体躯も特別優れているとは言い難いが、あかねが言う"嫌な雰囲気"というものが、どことなく匂うような相手ではある。
もう少し近付いてみれば、おそらく確信が掴めるだろう。
けれど、あかねを連れて彼らの側に行くのは…。

「ねえ友雅さん、ちょっとだけ…だめ?」
マントの中から伸びた白い手が、友雅の腕を引っ張って、顔を見上げる。
「多分あの人たちの後ろを、通り過ぎるだけで…分かると思うんです。あの人たちが、どんな人なのか。」
あかねの話に、友雅は困ったように溜息をつく。
繋がり合った特別な絆のせいか。
自分も彼女も、同じ方程式の同じ答えを見付けてしまう。
ただし、ひとつだけ違うのは…それが自分の身に危険が及ぶかも、という自覚が彼女にないことだ。
そしてそれが、友雅にとって一番の問題で、頭を悩ませることなのである。

「ダメですか?もし、あのおじいさんに絡んでいる人たちだったら、天真くんたちにも教えないと危ないです。」
「そうだけど…ね…」
彼女の言うとおりで、もしそうなら天真だけではなく、イノリも知っておいた方が良い。
乗り込んで来るかは別としても、いざというときに備えて臨戦態勢を整えておくのは重要だ。

仕方ない、か。
どのみち何かあったら、自分が盾になればいいこと。
勿論それは、あかねが無事に逃げ切れてから。
その為なら相手に刃を向けても、相手から刃を向けられても覚悟は出来ている。
友雅は、両手で彼女の肩を掴んだ。
そして身体を包むマントを一旦外し、広げ直した後であかねの頭のてっぺんから覆い被せる。
「髪も全身も、ちゃんと隠して。君が、女性だと分からないように。」
「はい、分かりました。」
「声も出さないようにね。何を言われても、黙っているんだよ。」
あかねは小さくうなずいた。





その朝市は、夜店の賑やかさとは違った盛り上がりを見せていた。
普通なら朝市と言えば、農家や牧場からの新鮮なものをウリにしているものだが、ここはそれとは全く違う。
ツンとする異国の香りが入り交じり、馴染みの無い言葉も飛び交う。
女性の声はあまり聞こえず、殆どが野太い男たちの笑い声や呼び込みの声だ。
「武器、防具、煙草に酒…か。女人禁制って感じだな」
自分も男ではあるけれど、こうもむさ苦しいと息が詰まる。少しくらい艶やかさがなければ、盛り上がりに欠ける。
そんなことを思いつつ、友雅はあかねを抱き寄せたまま人混みを進んで行く。
とにかく早く用件を済ませて、外に出よう。
空気の淀んだこんな場所に、彼女を置いておくのは可哀想だ。


「本当にそんなものが、手に入るっていうのかい?」
例の男たちのそばに近付いたとき、市の主人が興味深そうに彼らに顔を近付けた。
その反応を確認した男たちは、互いににやりと笑顔で合図をしたあと、もう一度主人と向き合う。
「勿論だ。もう在処は判明してる。間違いないお宝だぜ?」
「しかし…。シェンナなんて崩壊してから、もう十年以上だぞ。当時は随分お宝が流れてていたが、今じゃさっぱりだ。」
あかねが友雅の袖をぐっと握った。
確かに今、間違いなく彼らの会話に"シェンナ"という言葉が出た。
やはり思った通り、密輸団の一味か…?

「そりゃシェンナって言ったら、美術工芸品に贅を尽くしていたからな。本物ならかなりの値が付く。」
「それを、アンタに売るって言うんだよ。かなりすげぇ宝刀だったぜ?隅から隅まで宝石が散りばめられててな。しかも腰に下げるくらいの大きな刀だ。行商人のアンタなら、どれくらいの相場か見当付くだろ?」
この男たち…あの宝刀を売りさばくつもりだ。
多分彼らのボスが指示しているのだろうが、盗品を売って金にする企みだ。
「50000トールで、取引どうだ?」
「50000!?いくらなんでも、そんな金をすぐには用意出来ねえよ!」
一応説明しておくと、トールとはこの国の通貨で、50000トールと言うと日本円で500万円くらいと考えて頂こう。
主人は高額な言い値に冷や汗を垂らしたが、男たちは引き下がるつもりはない。
「高いとは思わねぇけどなぁ。世の中にゃ想像を絶する裕福なヤツ多い。そいつらなら平気で倍は出しそうな代物だってのに。」
「倍…。そんなにすごいものなのか?」
「そりゃもう。宝物殿に飾られるようなもんだ。」
彼らの言う通り、それくらいの価値は十分にある宝刀ではあった。
だからと言って彼らの企む計画は、許されるべきものではない。

主人はしばらく渋りながら考えていた。
しかし、ついに心を決めたらしく、その煤けた手のひらを男たちに差し出した。
「分かった。そんな代物、二度とお目に掛かれるもんじゃない。手に入ったら持って来てくれ。50000トール、何とかかき集めておくからさ。」
男たちは主人の答えに満足し、快く一人ずつ主人と固く握手を交わした。

まずいことになったな…。
買い手が付いていなければ、少しは男たちも行動を躊躇しただろうが、こうなってはすぐにでも動き出そうとするはず。
イノリの作る模造品は、頑張っても仕上がりまで一日は掛かる。
もし、その間に男たちがあの老人の家に乗り込んで来て、奪い取ろうと力を振りかざしたら…。
模造品が出来上がる前に、護衛官が到着したら老人を逃がしてしまおうか。
だが、そうなったら模造品を彼らに受け渡す役目を、誰がやるというのか……悩みは増えるばかりだ。

「友雅さん、あの人たち行っちゃう!」
最低限まで顰めたあかねの声がして、友雅が目をやると、男たちは揃ってその場から離れて人混みに消えて行く。
追いかければ、元締めのボスの居る場所にたどり着くかもしれないが、あかねを連れては行けない。
ここまでで十分収穫があった、と思って引き下がるのが得策だろう。
今後の事は独断で動くより、すぐに宿に戻って皆と話し合った方が良さそうだ。



「そこの旦那、朝早くから親子連れで市場散策かい」
さっきまで男たちと話していた主人が、いきなりそんな声を上げた。
そうは言っても、まさか自分に話しかけられているとは思っても見なかったのだが、"そこの髪を結わえた旦那"とか"形容詞を言われたら、友雅も自分のことだと自覚しないわけにはいかない。
何せ、そんな風貌の男たちなど、この市には殆ど見かけないので。

「息子さんかい?随分とアンタくらいの年にしちゃ、大きな子だけど。」
「息子?」
……一瞬、主人の言っている意味が理解出来なかった。
が、彼が友雅と一緒に視野に治められる人物は、ただ独りしかいないことに気付いて、まずはっとしたのはあかねだった。

"息子って!!もしかして私が、友雅さんの息子だと思ってるの!?このおじさんっ!!"

とたんにあかねは、不機嫌になった。
息子って一体どういうことっ!?
そりゃ、女性と分からないように髪も身体も隠しているから、仕方ないかもしれないけれどっ…何か面白くないっ!!
「いや…息子じゃないよ。いくら何でも、子どもにしちゃ大きすぎるだろう」
「そうなのかい?旦那みたいな容姿じゃ、そっちの方も早熟そうだと思ったもんで、てっきり息子かと思ったんだがな」
豪快に笑う男に付き添って、友雅もやや苦笑いに近い微笑みを浮かべる。
しかし、完全に機嫌を損ねているあかねの様子が伝わってくると、違う意味で思わず表情が緩んだ。



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Megumi,Ka

suga