Kiss in the Moonlight

 Story=07-----04
「そうか。じゃあ工房の方は、もう話がついているんだね。」
部屋の中に、紅茶の香りの混じった湯気が立ちのぼる。
熱いカップで手のひらを暖めながら、二人は天真の話に耳を傾けた。

老人に事情は説明したらしく、模造品を製作するためにイノリが工房を探していると言ったところ、彼は近くの鍛冶職人と連絡を取ってくれた。
「この町では、一番良い道具を揃えている職人じゃ。手の足りないところは、ないはずじゃよ。」
「あっちの職人も、時間無制限で自由に使って良いってさ。自分たちには手に負えないから、その分イノリには期待してるって言ってたぜ。」
彼らも意地が悪くて、老人の依頼を断ったわけじゃない。
そう簡単に、町の鍛冶職人が出来る技術ではないから断るしかなく、歯がゆい思いをしていた者もいたはず。
だからこそ同じ職人として、イノリの挑戦に声援したい気もあったのだろう。


「しかしあの子の技は、凄いものじゃな。持っていたダガーを見せてもらったが、あれをまさか自分で作ったとは…」
昨日、イノリに見せてもらった短剣を思い出しながら、老人はしみじみ感心する。
宝刀のように細工の凝ったものではないが、長年こういう武器を見ていれば、刃の仕立て具合や持ち手の造りにも目が利く。
彼が持参していたダガーは、むやみやたらに刃が鋭利ではないため、怪我の危険性は少ない。
だが、握るための持ち手が手のひらにしっかり馴染み、手の力をそのままに伝えて攻撃出来るものと言える。
「あれだけの物を作れるのは、熟練の職人でもなかなかおらんよ。末恐ろしい子じゃな。」
「ええ!凄いんですよ、イノリくん。まだ私とそれほど変わらないのに、もう国王様から直々に………」

その時、友雅に急に肩を後ろから掴まれて、あかねははっとして我に返った。
気付くと向こう側では、天真がこちらをじっと見ていて、老人は口に運ぼうとしていたカップを、そのまま膝の上に戻す。

あ…私、つい口が滑った…っ。
王宮の者だって隠して旅しているのに、国王様のことを口に出したら…バレちゃうじゃないっ…!
イノリの技術を賞讃してくれたのが嬉しくて、つい口が過ぎたのだ。
バカっ!私、何やってるのっ!
そう自分を責めたところで、言葉に出してしまったものは削除出来ないのが現実。
どうしよう。正体を明かさないといけない…?

「あー、あかね…あんまり気にすんな。そこんとこも、俺はジイさんに説明してあっから。」
「えっ?」
顔を上げると、天真はにかっと笑っている。
そして彼女に気付かれないように、友雅へ即座に目配せを送った。
「ああ、話は伺っております。皆さん、王宮にお勤めになっておられる方々なのじゃろ?」
「ええ。私はこれでも一応、国王側近をやっておりましてね。政に使う宝玉を持ち帰るために、隣国への旅の途中なのですよ。」
老人の話に、友雅が迷わず答える。
頭の中に?のマークが浮かんでいるあかねに、今度は天真が何かしらリアクションを投げた。
多分天真が言いたいのは…"友雅の話に合わせておけ"ということらしい。

「ですから、王には話を通してあります。今日にでも、近くにいる護衛官がやって参りますので、イノリの模造品が敵方に渡ったあとは、彼らと共に王宮へ逃げてください。」
頼久や天真には敵わぬとも、攻撃力・防御力ともに優れた精鋭の者達だ。
普段から王の護衛にも駆り出されている者たち。それらが十人ほど同行してくれれば、普通の盗賊団くらいねじ伏せることは可能だろう。
「あなたに託されたシェンナの記憶を、決して消滅させたりはしませんよ。今後のあなたの身も、そしてあの宝刀も…守り抜くことをお約束します。ですから、どうぞご安心下さい。」
友雅の話を聞いていた老人は、震えながらも友雅の手を強く握った。
そうして、何度も何度も黙ったままで、彼らに深く頭を下げた。



「美味しい紅茶をありがとうございました。」
部屋の中で喉を潤し、身体も暖まったあかねたちは、取り敢えずホテルに帰ることにした。
天真は後ほど頼久がやって来て交替するまで、もうしばらくここに居残って貰う。
「頼久に、イノリも一緒に連れてこいって言っといてな。あと、朝飯は二人分用意しとけって。」
「はいはい、分かりましたよー。」
夕べから警護をしていて疲れているから、腹ごしらえもいつもより多めに!と、もっとものようなこじつけを天真はあかねに伝えた。

「聞いていなかったが、お嬢さんは王宮で、どんなお仕事をしているだね?」
「え、私ですか?」
急に老人が、あかねに改めて目を留めた。
決して短いとは言えない旅に、多くの男たちと同行しているというのは不思議に見えたか…やはり。
「彼女は、王妃のお召し物を仕立てる仕事をしていてね。彼女の目はあなたのように優れているから、生地なども素晴らしいものを選んでくれるんだよ」
「ほう。それはまたすごい。お嬢さんもあの少年に負けず劣らずなんじゃなあ」
それは完全にデタラメというわけでもなく、過去に何度か王妃とドレスについて話し合ったことはある。
まだ比較的若い王妃だが、あかねが王宮に召されてからは母のように接してくれるので、着るものについてもよく談笑したりしていたし。

「じゃ、またあとでね。」
あかねにマントを羽織らせて、友雅は部屋を去っていく。
天真たちはもう一度部屋に戻り、外に向いている雨戸を開けた。
ひやっと朝の空気が入り込み、身を乗り出して階下を覗き込んでみると、二人が丁度アパートメントから出てきたところだった。
上から感じた天真の視線に気付き、あかねが笑いながら手を振る。
まったく無邪気なヤツだよな…と苦笑いを浮かべ、天真もそれに応えて手を振り返した。

「あのお嬢さんは、アンタの良い人かい?かなり親しげにみえるが?」
「は、はぁ!?」
思い掛けない老人の発言を聞いて、天真は後ろを振り返った。
彼はもう一度紅茶を入れている最中で、棚の奥から新しいショートブレッドの缶を取り出し、いくつかを天真のカップの横に添えた。
「ジイさん、勘違いすんなよ!俺とあかねは、そーいうんじゃないぜ!?」
「ふむ?そうなのかい?でも、男所帯に女の子一人じゃあ、特別な相手がおらんと危険じゃろうに」

ってか、最初からそういう暢気な旅じゃないし。
自分たちはあかねを守るために、この旅に同行しているわけだから、そーいう感情を抱くきっかけは今のところは…ない。
男の中に女一人でも、あかねの危険を護る者はちゃんといるし。
それに、もしも特別な相手というのがいるとしたら-------
「あいつにとっての特別な相手ってのは、今一緒に着いてきたヤツのことだよ」
「んん?あの殿方のことか?」
老人は少し驚いた様子を見せた。
ぱっと見では年も離れているようだし、側近と言っても納得するような身なりの良い男と、まだ愛らしさの残る若い娘では、そういう発想は浮かばなかった…か。

「人は見かけによらぬなぁ。ふーむ…そういう二人なのか」
「まあなー」
意味はどうあれ、特別な関係であることは変わりない。
友雅しか、あかねを本当の意味で護れるものはいないのだ。
それは誰にも出来ない、彼にしか許されない選ばれた任であるのだから。





「友雅さん、ごめんなさい。さっきつい口が滑っちゃって…」
ホテルに続く道を歩きながら、あかねは肩を抱いてくれている友雅に言った。
ほんの短い時間だったのに、もう町は賑わいを見せている。あちこちで朝市も始まり、威勢の良い声も響く。
「大丈夫。いずれ彼が王宮に着いたら、本当のことを告げるつもりだから。」
この旅が終わって、あかねが上級巫女として王宮に戻ったら、彼にまた再会することになる。
その時には王とも話が通っているだろうし、御前で身上を誤魔化すわけにはいかないだろうし。

本当のことを知ったら、さぞかしあのご老人も驚くだろうな。
そして、旅が終わって王宮に戻ったら…………私は……。



「……友雅さん」
急にあかねが、くいっと友雅の腕を引っ張った。
友雅は我に返って彼女を見下ろすと、その瞳が妙に戸惑いを見せている。
「何かあったの?」
「……気のせいかな…。何か、ちょっと嫌な雰囲気がするんですけど…」
普段はのんびり屋の彼女であるが、やはり選ばれた巫女候補であるためか、発作的に不穏な気を敏感に感じ取ることがある。
まさに今は、そんな状態。
今の彼女が感じる嫌な雰囲気…と言って思い当たることと言えば。
「もしや、例の密輸団の奴らが近くにいるとか?」
「分からないですけど…もしかしたら。」

友雅は、あかねの肩を強く抱き寄せた。
「少し様子を見て歩いてみよう。君はしばらく何もしゃべらないで、じっと私にくっついているんだよ?」
あかねは彼のマントに身をくるんで、静かにこくんとうなづいた。




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Megumi,Ka

suga