Kiss in the Moonlight

 Story=07-----02
しばらくして、部屋に戻ってきた頼久の話によれば、この町には6件の鍛冶工房があるという。
「骨董商の老人については、それなりに名も顔も知れているようです。ですので、事情を話してみましたら…やはり面倒なことになっているようですね。」
事情を聞いて、模造品制作を頼まれた職人も多いらしいが、あれだけの宝刀のレプリカを作る自信はないということで、引き受ける者はいなかったらしい。
「大丈夫なんでしょうか、イノリくん…。そんな大役を引き受けちゃって…」
「イノリの技術は、あの年では半端じゃない高等なものだよ。」
「ええ。彼の師も常日頃から、"数十年ぶりの逸材"と褒め称えておりますから。」
不安そうに尋ねたあかねに、友雅と鷹通は口を揃えて答えた。

3回、2回、1回の順番で、ノックが響く。
これは、あかねたちにだけ通じる、決められた合図みたいなものだ。
「ただいまー。」
ドアを開けて、イノリが部屋に戻って来た。
一緒に出掛けた天真は姿が見えないので、おそらく警護に残っているのだろう。
「工房の方、どうにか良い目星付いた?」
「事情は知られているらしい。明日工房を当ってみれば、どこかしらは引き受けてくれるだろう。」
頼久はそう答えて、聞き出した工房の名前と場所を記したメモを、イノリに直接手渡した。

そうしているうちに、さっきと同じノックが再び聞こえた。
「王宮と連絡がついた。明日の午前中には、付近の護衛官が到着するよう手配を進めてもらった。」
「そうか。なら、一安心だね。」
戻って来た泰明と永泉の返事を聞き、友雅は予定通りに事が進んだことに、ひとまずは安堵感を覚えた。
だが、それはそれで、また調整をしなくてはならないことも出て来る。
「船の乗船時刻も、少し考え直さねばいけませんね」
鷹通が言う通り、船に乗る予定を立て直す必要が出た。
元は、明後日の船に乗船予定だったのだが、この問題が解決するまでは滞在するしかない。
明後日以降の出航予定を、改めてチェックしなくては。

「悪いな、安請け合いしちゃってさ」
申し訳なさそうにイノリが頭を垂れると、あかねは反射的に身を乗り出しそうになったが、ぎりぎりのところで我に返った。
彼が謝ることはない。自分だってそんな人が目の前にいたら、放っておけないだろうし、助けてあげたいと思うだろう。
でも、自分の意志だけでそんなこと言ったら、またこの旅を遅らせることになるし、皆に面倒を掛けてしまうかもしれないし…。

ふとあかねは、疑問が浮かんだ。
人を助けたいだけなのに、こんな風に一瞬ためらってしまうのは…果たして良いことなんだろうか?
旅に支障があるから。皆に迷惑を掛けるから。
だけどその旅は、すべて自分のための旅。
それを優先し、困った人を無視してしまうとしたら…それは果たして正しいことなのだろうか。

ぼんやりとしていたあかねの肩に、後ろから包むような大きな手が伸びた。
「謝らなくても良いよ、イノリ。困った人に手を貸すのは、人間として当然のことなんだから。」
……友雅さん?
顔を上げて友雅の横顔を見ると、その手はそっとあかねの身体を抱き寄せる。
「我々が不安を取り除けるのならば、その努力を惜しむ必要はない。」
「そうですよ。旅の時間はまだ長いのですから、少し立ち止まってもたいしたことはありません。」
友雅の一言から、頼久と鷹通が続いて行く。
その言葉はどれもこれも、あかねが今しがたまで疑問に思っていたものを、溶かして行くような意味を持っていた。
「あかね殿も、そう思わないかい?」
「えっ…?何ですかっ!?」
急に顔を覗き込まれて、どきっとしてあかねは友雅の顔を見直した。
「困った人々を助けてあげるのも、上級巫女の心得に通じるものだよね?」
「も、もちろんですよっ!」
「というわけで、あかね殿もそれをご所望だし。これで、みんな意見は一致。だから、イノリも心置きなくレプリカ造りに励んで構わないよ。」
全員が笑顔でうなずくと、イノリは少し照れたように笑い返して、力強く拳を握りしめた。




明日に備えて、各自早々に部屋へと戻って行ったが、友雅だけはあかねを部屋に送り届けるために、彼女の部屋へと一緒に向かった。
四方の窓の戸締まりを確認し、慣れた仕草でベッドのターンダウンも済ませる。
いくらホテルとはいえ、素性の分からないスタッフに、彼女の部屋を出入りさせるわけにはいかない。簡単な部屋の仕立ては、友雅がすべて行う。

「さあて…予定外のことになってしまったけど、イノリの仕事が終わるまでは、ゆっくり過ごせるかもしれないよ」
友雅は彼女をベッドに座らせると、ナイトテーブルの上に大きめのグラスをひとつ置いた。
中には半分ほど、水を注ぐ。
水脈に関わる妖精の藤姫は、眠りにつくときに少量の水に浸って眠るからだ。
「イノリくん、あんなすごい宝刀のレプリカ…本当に作れちゃうんですか?」
「まあ、平気だと思うよ。彼はさっきも言ったとおり、あれでも一人前の凄腕を持つ職人だからね。」
王宮の鍛冶職人として認められるのは、早くてもせいぜい二十代後半以降が普通。
その称号を彼は十代で授与され、小さな個人工房部屋を王宮内に貰っている。これだけで、彼の特異な技術はお墨付きだ。
「イノリ様は、素晴らしいお力を持ってらっしゃるのですね」
「ホント、すごいなー…。私とたいして年も変わらないのに…」
そう思うと、彼がどんなレプリカを作り上げるのか、少し楽しみになってきた。

「でも、私はあかね殿の方が、よっぽど凄いと思うけどねぇ?」
確かにイノリの飛び抜けた技術も、頼久の優れた剣術や泰明の法力にしても、普通の人間からすれば人智を超えたレベルだろう。
しかし、彼女に託された力や将来は、そんなもの比べられないほど大きなもの。
それをまだ18の細い肩で、背負って生きて行くのだから。
「君はこの世界を、幸せに導くための架け橋になるんだよ。凄いじゃないか。」
「そうですわ。きっと、お心の暖かいお優しいあかね様だからこそ、上級巫女として選ばれたのですわ。」
「それは、ちょっと言い過ぎだよっ…」
二人に口を揃えて讃えられたあかねは、くすぐったいような顔で頬を染めながら苦笑いをする。
普通の若い女の子-----にしか見えないけれど、この世界にとっても、そして友雅自身にとっても、彼女は何より大きな存在だ。

「未来の上級巫女様。そろそろベッドに入って、今宵も夢を楽しんでおいで。」
部屋の明かりをひとつ消して、代わりにベッドのライトを付ける。
オレンジ色の柔らかい光が枕元を照らすと、藤姫は羽根を閉じてグラスの中へ飛び込んだ。
「おやすみ。」
「…おやすみなさい。」
二人がそう言葉を交わして、さあこれで今日はおしまい。
ゆっくり朝まで眠りに着こう…と思った藤姫だったが、目の前に繰り広げられた光景に驚いて、思わずグラスから飛び出しそうになった。
「じゃあね。良い夢を。」
目を丸くしている藤姫と違い、友雅は至って普通に部屋を後にした。


「さー、藤姫ちゃんも寝ようねー。」
毛布を広げ、すぐ眠る体勢に入ろうとしたあかねの近くに、突然ぱたぱたと羽根のはためく音が近付き、藤姫が枕元に降り立った。
「あかね様っ!あかね様っ!あのっ…あかね様と友雅殿は、その、そういう関係でいらっしゃいますのっ!?」
「え?そういう関係って…何のこと?」
「その、あの…お心を許し合ったお相手ですのっ!?」
「ええっ!?」
今度はあかねの方が驚いて、即座にベッドから起き上がる。
もしかして藤姫が言う"心を許し合った"というのは、つまり…恋人同士とか、そういうことを言っているのか!?

「そんなっ!そんなことないよっ!!何でそんなこと思ったのっ!?」
「だって…今、キスをなさいましたわ…」
恥ずかしそうに半分顔を隠し、藤姫は小さな声で告げる。
「あ、あれはね、決まり事なのっ。そういうのとは違うのっ!」
とんでもない誤解だ。
彼は自分を護るために、龍のお告げに寄って選ばれた特別な人。
他の者とは格が違うのだ。
だからこそ、護る側と護られる側の間には、常に深い信頼がなくてはならない。
毎晩行うこのキスは、そのお互いの意志を確かめあう儀式みたいなものなのだ(と教えられた)。

「だから、藤姫ちゃんが考えてるような、ロマンチックなことじゃないのよっ!」
「そう…なのですか…?」
「そうなの!だから、あまり変な勘ぐり方しないでねっ?」
あまりにあかねが断言するので、藤姫はそれ以上は突っ込むことが出来ず、もう一度グラスへと戻って行った。

が、それでも。
……でも、あかね様はそうおっしゃるけど…何だか友雅殿の雰囲気は、ちょっと違う気がしましたわ…。
藤姫はグラスの縁で頬杖を付き、あかねが眠りに着いたあとも、しばらく首を傾げていた。



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Megumi,Ka

suga