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Kiss in the Moonlight
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Story=07-----01 |
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「つまりそれって、相手を騙すための模造品を作るってことだよな?」
天真の言葉に、渋々イノリはうなづく。否定はしていない。自覚も有るようだ。
すると、それまで口を噤んでいた永泉が、少し困ったような表情で顔を上げた。
「…そんなことをしても、良いのでしょうか…。かりにも私たちは王宮に仕える身。理由はどうあれ、模造品を作って人を騙す手助けをするなど…」
素性は公にしない限り、自分たちが国王から任を与えられている者であることは誰も知らない。
しかし、自分たちにはそれでもプライドが少なからずあるし、国王への忠誠心の一環として、忘れてはならない心だと思っている。
もしもこの行為に手を貸したら、旅が終わって王宮に戻ったとき、王の前で胸を張れるだろうか。
それは果たして、王への本当の忠誠の証となるのか?
「いや、永泉殿。ものは考えようだと思うよ?」
友雅はイノリの前に手を伸ばし、その宝刀を受け取った。
輝くばかりの宝飾をちりばめられた、細かい技巧の美しい刀剣。
ずっしりと重みを感じるのは、その仕立ての良さという実質的な意味もあるが、秘められた重い歴史のせいか。
「イノリ、骨董商のご老人に付きまとっているのは、どんな輩なんだい?」
「相手は密輸団のゴロツキどもだって。下っ端連中ばかりだけど、ああいうのは上層部より手下の方が、手癖が悪いってもんだろ。」
「そうだね。彼らは何とかして、手柄を立てようとするからね。」
上からの指示を受け、気に入られようと手下どもは必死だ。
ボスのご機嫌を取るためなら、その手を汚すことだって厭わない者だっている。
「模造品であいつらを煙に巻いたら…ジイさん、すぐにこの土地から逃げるって行ってた。」
イノリはそう言うが、果たしてそう上手く行くだろうか。
もし、それが模造品だと気付き逆上したら…それこそ危険は高まる。
どうすれば良いのだろう。
崩壊した国の残骸を、ひたすらに守ろうとする老人。
彼にとって、その宝刀はかけがえのない自分の記録のようなもの。
手を貸して逃がしてやりたいが、逃げて安全に暮らせる場所があるのだろうか。
答えが出せずに、誰もが無言になる。
「泰明殿、君の力だったら…王宮とすぐに連絡が付くよね?」
友雅が急に泰明の方に意識を向けた。
彼は窓際に立ち、表情も変えずに黙ってこちらの様子を見ている。
「今回の事情を話して、この付近に駐在している護衛官たちを、出来るだけ早くこの町に集めるように伝えてくれないかな」
「…何を考えている?」
泰明はそう切り返したが、おそらく友雅の考えは分かっているはずだ。
国内外問わず、比較的大きな都市付近には、王宮から派遣された護衛官が数人ほど駐在している。
この町も商業の中心であるから、すぐに連絡を取れば十数名は簡単に集まるはず。
そんな彼らを集める意味は?
「友雅殿、そんなことを申されては、王が困惑されるのではありませんか?」
彼の計画を次に察知した頼久が、泰明と友雅の間に割り込む。
しかし、頼久を始めとして戸惑いを続ける皆とは違い、彼は落ち着いて答える。
「以前から王は、シェンナの崩壊について胸を痛めておられたよ。国を治める者として、とても他人事とは思えないと言ってね。」
龍京王国は広大な土地を持ち、その隅々まで警護が行き届いている。
外部からの行き来する者の審査も、有り余る程の人員で取り組んでいるために、災いを持ち込む者は殆どいない。
だが、その隆盛が永遠とは限らない。
天変地異が起こるかもしれないし、未だかつて無い強大な呪術を操る者たちが、壁を打ち砕いて攻めて来るかもしれない。
もしかしたら自国も、シェンナのようになる可能性は、確実に0ではないのだ。
「だからね、事情を話せば受け入れてくれるはずだよ。シェンナの生き残りだと、そう伝えてくれれば。」
彼はそう言って、イノリに宝刀を返した。
「分かった。今すぐ王宮に連絡を取ってやる。その代わり、この町にある井戸を探してこい。」
泰明はポケットの中から、瑠璃色に輝く小さな鏡のペンダントを取り出した。
普段から彼が政に使用しているもので、祭司として認められた者だけに与えられる物である。
それを井戸水を汲んだ桶に浸せば、王宮の祭壇に飾られた鏡を通じ連絡が取れる。
もちろん、それだけの力がある祭司のみしか出来ない技だが。
「一番近い井戸は…この宿の裏手を西に行った突き当たりにありますわ。水の気配が感じられますもの。」
あかねのそばにいた藤姫が、即座に水脈の気配を感じ取った。
「井戸水の方は、それで解決だね。あとは…問題は鍛冶職人のツテか…」
第一の問題は、それだ。
鍛冶作業を行う場所がなくては、宝刀の模造品を作ることも出来ない。
「でも、イノリくん…こんなすごい宝刀のレプリカなんて作れるの?」
イノリの手に戻って来た宝刀を見て、詩紋が思わず口にする。
きらびやかな宝飾をちりばめた、いかにも手の込んだ目にも眩しい代物。
簡単に複製出来るとは、とても思えないのだが。
「これくらいなら平気。二日掛かるか掛かんないかで、何とか出来るって。」
唐突に目の前に、じゃらじゃらと音のする革袋が置かれた。
紐を解き、中からこぼれ落ちて来たそれは、まばゆいカラフルな宝石の数々。
「すごい!イノリくん、これどうしたの!?」
こういうものに真っ先に反応したのは、やはり女性であるあかねだった。
「ジイさんから貰って来た。レプリカを作るんだったら、これを使えって。」
部屋の照明が反射し、小さなかけらたちはきらきらと輝く。
その中から友雅は無作為に、一粒の宝石をつまんだ。
「これもレプリカだね?」
「えっ!?偽物なんですか?これ…」
てっきり本物だと思って興奮していたあかねだったが、友雅のつまんだルビーらしきものをじっと見たが、本物か偽物か、正直はっきり分からない。
「ルビーだと言えば偽物になってしまうけど、これはこれで別の宝石になる石だよ。形はルビーに似ているから、普段の宝飾品なんかに使われている素材だ。」
この一粒だけではなく、クリスタルのような透明の石も、エメラルドのような深緑の石も、夜空のように深いサファイアのような石も、皆"らしい"ものであって、本物ではなかった。
「模造品を作るんだからな。それなりの良い石を使わねえと、あっさりバレちゃうだろ。」
とは言っても、この石でさえ意外と高価なものではある、とイノリは付け足した。
「ご老人は、本気で護り抜こうと考えているのですね…」
王国に仕えていたとはいえ、既に朽ち果てた国。
崩壊の中に巻き込まれて逃げ出した彼に、それほどの蓄えは残っていないだろう。
これだけの石を集めただけでも、かなり資金繰りに苦労したはずだ。
「いつか、模造品を作れる職人に出会えたら、頼もうと思ってコツコツ集めたんだってさ。」
そうして…やっとイノリとめぐり逢えたことで、チャンスを手に掴みかけているということだ。
「フロントで、この町の鍛冶職人について尋ねて来ます。」
頼久が立ち上がり、一番乗りで部屋を出て行った。
そのあとに続いたのが、天真。
「ジイさんの身も守らなきゃな。イノリ、ジイさんのいるところに案内しろよ。今夜の外回りで、そこらも歩いてやるから。」
「ああ、サンキュ、天真。」
宝刀をしっかり布袋に包み、それを詩紋に預けて二人も部屋を出て行く。
残ったのは鷹通、詩紋、永泉、泰明、そして友雅…とあかね+藤姫。
と、泰明が一人ですたすたと入口に歩いて行く。
ドアのノブを握り、一旦立ち止まった彼は振り向いて永泉を呼んだ。
「永泉、井戸水を汲みに行くぞ。着いて来い。」
「は、はい…分かりました」
彼は鷹通たちに軽く頭を下げ、慌てて泰明の後を追いかけて行った。
「あの、私たちは何か…お手伝いとか出来ないんですかね?」
友雅の顔を、あかねが横から覗き込む。
その肩に乗った藤姫もまた、一緒にこちらの様子を伺う。
「今はまだ何もないね。みんなが戻って来たら、それぞれの分担を決めよう。」
まずは鍛冶職人を見つけて、模造品作成可能な場所を確保すること。
そして、泰明に王宮との連絡をつけてもらうこと。
改めてすべての筋書きを立てるのは、それからだ。
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