Kiss in the Moonlight

 Story=06-----04
「うわー、あれって船ですかね?」
遠くに望む川の方向を見たあかねが、友雅に尋ねた。
広い大河は真っ暗闇だが、その中に浮き上がるような船舶の形がある。
甲板や船着き場のランプたちが、ライトアップするかのように船を闇の中で彩っていた。

「明後日になったら、私たちも丸一日は船の上で過ごすことになるよ。」
優雅な豪華クルーズとは行かないけれど、それなりの大型客船に乗って向かうのは、隣国との国境線近く。
どんな国でも、国境線付近というのは治安が良くない。
危険は最小限に抑えたいため、そこからは少し遠回りを余儀なくされるが、これは仕方が無いことだ。
その間、あかねに不必要な緊迫感を与えないようには、一体どうすれば良いか…。
友雅を始めとする面々は、そういう意味でも厳しい道中になる。

「あ、あれ、すごい綺麗なネックレスがいっぱいー!」
腕をぐっと引っ張られて、彼女が指差す方を見る。
店の明かりや街灯に照らされたワゴンが、町のあちこちに点在している。
異国情緒に溢れたアクセサリーに、上質なシルクの反物やドレス。
華やかな色の花々に、香ばしい肉の焼ける匂いや菓子の甘い香り…貿易の進んだこの町には、あらゆるものが溢れている。
「んー、甘い美味しそうな匂いがするー。」
「少し味見をするかい?夕食に差し障りないくらいなら良いよ。」
見たこともない南国のフルーツが、ずらりと並んだワゴンの前。
トッピングを載せたアイスクリームを受け取り、嬉しそうにあかねが微笑む。

とろりとしたフルーツソースを、スプーンですくい舌で何度も味わう。
そんなあかねの目の前に、今度はシャラリと涼しげな音を立てて、桜貝細工のネックレスが差し出される。
「旅の想い出に、ひとつプレゼントしよう」
「え!い、良いです…そんな高価なものなんて…」
値段はたいしたものじゃなく、友雅にとってはポケットマネーで十個は買えるほどのものだが、造りは意外と綺麗な代物だ。
「滅多に旅なんてないんだよ?記念に何か欲しいと思わない?」
「それはそうですけどー…」
渋っている合間に、あっさり彼は会計を済ませてしまい、そのネックレスはあかねの首に掛けられる。
「ネックレスの代金は、晴れて君が上級巫女になったら…何かでお返ししてくれれば良いよ。」
つまり出世払いってことでね、と笑いながら友雅はあかねの頭を優しく撫でた。

「じゃあ友雅さん、お返しは何が良いですか〜?」
アイスクリームを持った手と反対の腕を、彼の腕に絡めて夜の町を歩く。
時々カットフルーツをひとつ、彼にお裾分けしたりしながら。
「今のうちに、リクエスト聞いておきます。ちゃんとその時に用意出来るようにしますから」
「うーん、そうだねえ…何が良いかな…。」
「あ、でも自由になるお金は限界があるんでー…あまり高価なものじゃないのをお願いしますね?」
「ふふ…分かったよ。じゃ、しばらく考えさせてもらおうか。」

どんな高価な宝石だって、金さえ用意すれば手に入る。
熟成された年代物のワインや、異国の美食家が舌鼓を打つ食材も、のんびり時間を待てば入手は可能だ。
だけど、どうせなら…もっと貴重なものが欲しい。
高望みだとは思うけれど、ほんの少し期待するくらいなら--------------。


「友雅さん、あそこにいるのイノリくんと詩紋くんですよね?」
柄にもなく物思いに耽っていると、あかねの声で現実へと引き戻された。
言われる通りに視線を向けると、確かにそこにいたのはイノリたちだった。
「何やってるんでしょうか?大きなもの抱えてるみたいだけど…」
「おそらくあれは、剣が入った袋だね。暗くて見えづらいが、仕立ての良さそうな生地をしているから…中身は宝刀かな」
町に着く前からバザールに並ぶ宝刀のことで、イノリは気分が盛り上がっていた。
もしかしてお目当ての品でも、入手出来たのだろうか?
だが、それにしては二人の表情は、どこか神妙な雰囲気にも見える。

「イノリくーん!詩紋くん!何やってるの?」
「あ、あかねちゃん…友雅さんも…」
呼び止める声に気付いて、詩紋はその場で立ち止まった。
「どうしたんだい?随分と良いものを抱えているように見えるけど、早々と掘り出し物が見つかったのかな?」
イノリが抱えている剣袋を見て、友雅はさりげなく尋ねる。
もし本当にそうならば、彼のことだから上機嫌になっているだろうに。

「あのさあ友雅…この町で鍛冶職人とか、工房とかないかなぁ?」
「工房?まさかバザールで、自作の武器でも売って商売するつもりかい?」
困ったような目をして、イノリは友雅を見る。
まさかそうでもしなければ払えないほど、高価な宝刀を手に入れてしまったとか。
「違うんです、あの…ちょっと困ったことになっちゃって…」
間から詩紋が口を挟む。
彼もまたイノリと同行して、一部始終に立ち会っているはずだ。
「ふうん…。ともかく一度宿に戻ろう。そろそろ夕食の時間も近いしね。」
夜道の片隅で立ち話していても仕方ない。
混み合った理由がありそうだが、まず落ち着ける場所で事情を聞き出してからだ。




宿に戻った面々は、あかねの部屋に集まった。
彼女の部屋が一番広いし、その後部屋に戻ることになっても、あかねが外に出る必要がないからだ。

全員が揃ったところで、イノリは持ち帰った剣の袋を取り出した。
朱色に染まった紐を解き、中から一本の宝刀が姿を現す。
「これは…素晴らしい」
頼久が思わず感嘆の声をつぶやく。
剣に関しては友雅に負けず劣らず長けている彼の目にも、その宝刀の美しさは溜息ものだった。
そして更に鞘から抜いて現れた刃も、全面に虹が広がる鋭利さの中に艶やかさを持ち、言葉では言い表せない神々しさを放っている。
「普通の豪商が持つような、手軽なものではないね」
「ええ。おそらく何かしら地位の高い方が持つものか…或いは、なんらかの謂れを持つものか…」
友雅と頼久が、唸りながらぐるりと眺めている中、現在の持ち主であるイノリが口を開く。
「当たり。これはシェンナの王族に、代々伝わっていた宝刀なんだってさ」

シェンナという名を、久しぶりに聞いた気がする。
今から二十年ほど前まで栄えていた小国で、豊かな鉱山が多く商業や流通も整っていた。
しかし、度々起こった天災によって土地は荒れ、それらを復興させることに精一杯になり、国境の監視が緩くなって行く。
その隙を狙い、入り込んで来た盗賊団や密輸団が蔓延るようになってから、あっという間に国は朽ち果てた。
「そんな国があったんですか…」
「別に珍しいことではない。他にもそんな風に消えた国は、いくらでもある。それが現実だ。」
泰明はそう言うけれど…。
でも、自分の知らない外の世界は、悲しい歴史を持つ国があるというリアル。
これから上級巫女として、この世の安定を保つ手助けをするあかねにとって、衝撃的な事実だった。

「で、この宝刀の持ち主ってのが、骨董商をやってるジイさんなんだけど、シェンナの王宮にいたんだって。」
宮殿にある美術品や骨董品など、あらゆるものを管理していた目利きの鑑定士で、そのため王にも懇意にしてもらっていた。
国が城と共に落ちる時、最期に王はその宝刀を彼に預けた。
このまま倒れ、後に身元の分からぬ者に奪われるのだけは避けたいと、彼にシェンナの歴史を預けて息を引き取った。
「形見分けのような、大切な宝刀なんですね…」
「そう。でも、どっかからこれを嗅ぎ付けたヤツがいて、最近ジイさんの周りをうろついてるんだってさ。」
宝刀の意味を知らずとも、輝く宝珠が散りばめられた鞘と、この美しい姿を見れば特級品として通用する。
売りさばけば、かなりの値に釣り上げられるだろう。

「だけど、ジイさんとしちゃこんな大切なやつ、手放せないじゃん。なのに、そいつらはしつこく言い寄ってきてる。」
しかも結構えげつない脅迫まで。命を脅かすことさえあるらしい。

そこで------と、イノリは宝刀をすっと抜いて掲げてみる。
「俺が武器職人だって言ったら、そいつらを騙くらかすために、この宝刀の精巧なレプリカを作ってくれないか、って言われちゃったんだよな」
「レプリカを!?」
イノリは刀を担いでうなずきながら、ぽりぽりと頭を掻いた。



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Megumi,Ka

suga