Kiss in the Moonlight

 Story=05-----04
肩を突かれている…ような気がする。
つん、つん、と、何度も何度も繰り返されて。
「…んん〜……っ…」
まだ身体半分が睡魔に束縛されていて、すっきりと目覚めることが出来ない。
ベッドの中で何度も寝返りを打ち、ごろごろと右に左に体勢を変えながら、あかねはぐうっと腕を広げた。

「あかね殿、私の理性をうち砕くつもりかい?」
「あ……う〜ん……」
ごろんと仰向けになって、目をこすりながら視界を広げる。
声が聞こえてきたのは、すぐ隣から。
「ん…友雅さ…ん…?」
「おはよう。早く起きてもらえないかな。目のやり場に困ってしまうんだがね。」
「あ〜……んー…?」
ごしごしと顔をこすり目を開けると、頬杖を付いた友雅がこちらを眺めている。
やけにニコニコした表情と、妙に涼しい感触が気になる……。


「あ…きゃーーーー!!!」
慌てて掴んだブランケットを、頭からすっぽりと被る。
「別にそこまでしなくても、ボタンを留めれば良いじゃないか」
「そそそっ…そんな問題じゃっ……!!」
忘れてた。
自分は意外と、寝相が悪いタイプなんだということに。
普段はそれほどではないのだが、疲れた日はやたらに寝返りが多い、と小さい頃から言われていたのだ。
その証拠に、叔父の仕事がピークの時期は、朝になったら布団も枕も放り投げていたこともある。
真夏の熱帯夜の時などは、とても人に見せられないような格好だったことも……。

ああああ!!なんて危険なコトしてたの、ワタシ!!
まさか…友雅さん…見てないよね…?
い、悪戯しないって言ってたもんね?何もなかった…よね?
外れてたボタンは3つだけ…だったもんね?
一応、ちゃんと留めてはあったから、な、な、中までは見えなかった…よねぇっ!?
ボタン3つなら、せいぜい谷間くらいしか見えないと思うけど…。
で、でもっ、た、た、た、た…谷間を見せちゃった…かもしれないのっ!?ワタシ!?


「あかね殿?早く出ておいで。お客さまがずっとお待ちなのだよ。」
さっきからブランケットの中で、もそもそとパニックを起こしているあかねの背中を、友雅はぽん、と叩いた。
「お客さまが君に会いたがっているんだよ。顔を見せてあげなさい」
……お客さま?
お客って、誰のことだ?
ここは未踏の地だったから、知り合いなんているはずはない。
もしかして、王宮から誰かやって来た…とかは、あり得ないか。

ボタンがきちんと留まっているのを確認し、あかねはむくっと起き上がった。
ぎこちないあかねとは違い、友雅はというと…普通にいつもの笑顔でそこにいる。
「あの、お客さんて…誰ですか?」
そう問い掛けると、彼は黙ってソファの方を指差した。

「……ああっ!!」
その姿を見たあかねは、驚きの声を上げずにはいられなかった。
ソファに座って微笑んでいたその人物は…まさにあの彫像の妖精。
こっくりと鮮やかな、サフランイエローの長い髪。桜貝のような肌と優雅な身体。
そして、あの彫像にも見て取れた、透けるような羽根が背中から伸びている。

『あかね様、昨夜は申し訳ありませんでした…』
輪郭しか分からなかった時と違って、今は彼女の声がしっかりと聞こえる。
『上級巫女になられる大切な御方の身を、こんな危険に巻き込んでしまって…何てお詫びしたら良いか…』
「い、いえ!別に良いんですよ、もう!無事に何事もなく帰ってこられたし!」
確かに、危機一髪状態にも遭遇したが、それらはすべて済んだこと。
特に怪我もなく、皆で戻ってこられたのだ。それで十分じゃないか、とあかねは心底思った。

「…でも、良かったですね。ちゃんと解放されたんですね。」
『ええ。みなさまがお力を貸して下さったおかげで…やっと私も、あの村を護る役目に戻ることが出来ます。』
守護妖精の自分が村に戻れば、少しずつ穏やかだった日々が取り戻せる。
今すぐとは行かないが、自分がそこにいることで皆は期待や希望を感じることが出来るだろう…と、そう言って妖精は幸せそうに微笑む。
『あかね様には、心から感謝致しております。お礼の言葉などでは、とても足りません。』
「私のことは気にしないで良いですよ。みなさんが明るく過ごせるようになるのが、私も嬉しいんですから。」
ね、友雅さん?----と、あかねはこちらを向いて、相づちを求めた。
君の無事さえ確認出来れば、他人なんてどうでも良いんだけど…という気持ちは隠して、友雅は黙ってうなづいた。

『せめて…あかね様方の旅のお手伝いを、私にさせて頂けませんか?』
「え?お手伝いって…」
土地を護る守護妖精の彼女が、その場所から離れることは出来ない。
だとしたら、どんな方法で旅の手伝いをしてくれると言うのだろうか。

『さあ、いらっしゃい』
妖精の手がひらりと宙を舞うと、夕べのような光の粉が浮かび上がった。
そしてその光の中から現れたのは…彼女とは違った黒髪の小さな妖精。
『はじめまして、あかね様。私、お嬢様にお仕えしております侍女妖精の、藤と申します。』
名前の通り、ラベンダー色のワンピースドレスの少女は、乳白色の小さな翼をぱたぱたとはためかせると、あかねの膝の上へと舞い降りた。
『この子は私の侍女の一人です。旅の道中に、是非お供させて下さいませ。』
「えっ!?そんな…ダメですよ!大切な侍女の妖精さんなんでしょう?いなくなったら困るじゃないですか!」
すると、彼女は優雅な眼差しでこちらを見た。
『私には、他に100人ほどの侍女がおりますから。ご心配はいりませんわ。』
100人の侍女?って…そりゃあまたケタ違いな世界だ。
守護妖精という立場を考えると、いろいろと手も必要になるんだろうか。よく分からないのだが。

『藤はまだ幼い子ですが、とても利発で能力も優れています。お仲間の祭司様の為にも、御協力出来るかと。』
肩に乗るほど小さい妖精は、あかねを見上げて大きな瞳を輝かせている。
『私の、せめてもの感謝の気持ちです。連れていって頂けませんか?』
「せっかくのご厚意だし、ここは遠慮せずに力を貸してもらっても良いと思うよ」
どうしたら良いかと戸惑っていたあかねに、友雅は答えた。

ふわっと幼い妖精は飛び上がり、ドレスの裾をつまんでお辞儀をする。
『お嬢様の恩人でいらっしゃる皆様が、無事に旅を終えられますよう、私も精一杯お力になるため努力致しますわ』
黒曜石にも似た艶やかな黒髪を靡かせて、上品なドールのように少女は微笑んだ。

ソファから、すっと妖精は立ち上がって、ゆっくりとベッドの方へ歩いてくる。
『皆様の旅が輝かしいものでありますように。そして…あかね様が、素晴らしい上級巫女になられることを、私をはじめとして皆が心からお祈りしております。』
満開に咲き誇る、春の花畑みたいな香りが漂う。
そうして、彼女はそっとあかねの額へ、祈るようにキスをした。

「あ…!」
彼女の周りを靄が包み、その姿はやがて光となって形を変えてゆく。
きらきらと粉が舞い、次第に映像は薄らいで消えていった。
「…どうしたんでしょう?あの妖精さん…」
『元の場所にお戻りになったのです。お嬢様は、あの教会で村の皆様を見守ってらっしゃるので。』
藤はそう話すと、あかねの肩にちょこんと座った。
「そっか…。じゃ、もう村は大丈夫なんですね。」
「完全に、今回の件は一件落着ということだね。」

とは言っても、ホッと安心しているわけにもいかない。

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旅はまだ、始まったばかりだ。



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Megumi,Ka

suga