Kiss in the Moonlight

 Story=05-----03
「おかえりなさい!良かった…無事で。」
皆が揃って戻ってきた姿を見て、開口一番に詩紋が嬉しそうに迎えた。
遠隔攻撃に携わっていた永泉と泰明以外は、びしょ濡れ状態。
その中でも天真は、湖に飛び込んでしまったから、全身から水が滴り落ちている。

彼らが戻る前に泰明から連絡を受け、詩紋とイノリは皆の着替えを準備していた。
それと、ワインを入れた熱い紅茶。
酒をまだ受け付けられないあかねには、ジンジャーシロップとシナモン入り。
「じゃあ、妖精はもう大丈夫なんだな?」
「多分ね。あとはあかね殿の力が、どこまで伝わるか…だね。」
紅茶を口にしながら、友雅がイノリの質問に答えていると、ロザリオの手入れをしていた泰明が口を開いた。
「あかねの力は、我々が思うよりも大きい。期待に応えることは十分可能だ。」
上級巫女に備わっている資質は、抜き出た特殊能力を持つ人間とは、また違う次元のものである。
彼女は成長過程であるから、まだその力を100%発揮出来ぬだけ。
だが、この三年の中でそれらは形になりつつある。
この旅が終わり、龍から認められれば……輝かしい力が発揮出来るだろう。
「未来の上級巫女殿に、一足早く乾杯しておこうか」
カチン、とカップを合わせた友雅たちの後ろからは、ずっとシャワーの音が聞こえていた。



天真の方が濡れていたのだが、まずはあかねの方が重要であるから…ということで、シャワーの二番手は天真となった。
おかげで友雅が汗を流せたのは、帰宅してから既に1時間ほど過ぎた頃だった。
熱い湯を浴び、紅茶を飲んで芯まで暖まったあかね達は、それぞれの部屋へと戻っていく。
もちろんあかねと友雅は…同じ部屋へと。


「えーと、抱っこして寝れば良いんですよね、コレ」
振動を続ける岩のかけらを、あかねは自分の枕の上に置いた。
だが、抱いて眠るとは言っても、大きさはそれほどではなく、削り出した状態の岩はあちこちが角張って尖っている。
「これに包んだ方が良いよ。岩の角で怪我などしたら大変だからね。」
友雅は、部屋にあったテーブルセンターを拝借して岩をくるみ、それらをあかねの枕カバーの中へ忍ばせた。
「小さい岩だからね。こうして眠ればなくさないだろう」
「そっか。そうですね…ありがとうございます」
言われたとおりに、あかねは枕を抱いて横になった。
確かにこうしておけば、抱き枕のようで無理なく眠れそうだ。

「その枕の代わりに、今夜は私が腕を貸して上げるよ」
頭を静かに持ち上げて、友雅の腕があかねの首の下へとくぐる。
横たわって向かい合った隣には、彼の笑顔があった。

…さっきまで防波堤だったブランケットは、もうここにはない。
彼の腕枕に身を任せて、寄り添って一緒に眠っているのに…何故か今は気恥ずかしくもなく。
それよりも、無性に込み上げてくる安心感の方が、今はとても強い。
「さあ、身体が暖まっているうちに、ちゃんと眠った方がいいね」
彼は自分の背中など構わず、一枚のブランケット広げると、あかねの身体がこぼれないように上から掛けた。


「あの、友雅さん…ありがとうございます。」
枕を抱いたあかねが顔を覗かせると、友雅は閉じかけていた瞼を開いた。
「私、ちゃんとお礼を言ってなかったから…。助けに来てくれて、有り難うございました。」
「お礼を言われることなんて、したかな?君を護ることが私の役目だって、いつも言ってるだろう?」
「ん…それは分かってるんですけど」
それが彼の仕事なのだと、分かってはいる。
でも、助けに来てくれたのは事実。
彼があの時駆け付けてくれなかったら、そのまま湖に引きずり込まれていたかもしれないのだ。

「…やっぱり、有り難うございます。助けに来てくれて、嬉しかったです。」
にっこりと素直な彼女の笑顔が、じんわりと友雅の腕から身体に染み込んで行く。
幼さの残る無邪気さの中に、少しだけ聖母にも似た慈愛の面影を浮かばせて。
「嬉しい…か。あかね殿のその言葉が、私にとっては嬉しいね。」
ぎゅうっと枕を抱きしめて、あかねはもう一度微笑みをくれた。
その安心した穏やかな表情が、何よりも友雅にとって至福を味わわせる。

「あ…な、何ですか…?」
枕にしていた彼の腕が、あかねの身体を胸の中へと引き寄せ、両手で覆うように抱きすくめた。
延ばした裸足のつま先が、ブランケットの中で彼の足に触れて、また少しだけどきどきし始める。
「今度は、悪い夢を見てうなされたりしないように。」
「だ、だ、大丈夫ですよっ…も、もう…」
一緒にベッドに入ることも、さっきは抵抗感が無かった。
だけど何だか今になって、急に照れくさくなって…。
「私は君を護るんだ。悪いことはしないよ?例え悪戯でもね。」
くすぐったい笑い声が、あかねの耳元で聞こえた。

互いの身体の間にあるものは、彼女が抱いている枕ひとつだけ。
汗を流した肌に絡む石鹸の香りが、二人の身体から漂っている。
あかねの頬の柔らかさを確かめるように、友雅は指先でなぞるように触れる。
「…もうおやすみ。散々大変な経験をしたんだから。」
友雅は胸の中に、彼女の頭を抱き込んだ。
一度は眠ったのに、思い掛けないことで起こされて。
更にそこから、あんなバトルに遭遇してしまったのだから、目には見えなくても憔悴しきっているだろう。
「おやすみなさい…」
「おやすみ。今度こそ、良い夢を見るようにね」
静かにあかねはうなずいて、ようやく瞳を閉じた。


ともかく……あかねが無事で何よりだった。
綿密な打ち合わせをしてから、事に移すつもりだったのに、まさか急に本番に突入するとは思っていなかったし。
だが、咄嗟に動いたにしては、スムーズに万事解決に至ったのは、本当にラッキーだったと言える。
地理感覚もない上、真っ暗な森に入るなんて危険は承知だった。
けれども、彼女を助けるためには、そうするしかなかった。
だから、迷わず夜の森へと飛び出した。

目の前から、突然あかねの気配が急に消えた時の…言葉に出来ない焦りと戸惑い。
あんな気持ち、生まれて初めてだった。
森の中を右往左往しながら、彼女の姿をただ求めて、必死に気配を探し歩いて。
一秒でも早く、彼女を取り戻したいと考えながら、夜の静寂を駆け抜けた。
でも、そんな彼女は…今はこうして自分の胸の中で瞼を閉じ、少しずつ寝息を立て始めている。
あの時感じた不安は、もうこの胸の中には存在しない。

誰よりも近くであかねを護ることが、自分に与えられた任だ。
だから、いつだって彼女のそばにいたい。
それは男とか、女とか-----そういう理由では………なくて?
抱きしめたくて、こうして腕の中で眠らせたけれど。
この行動に、任務以外の気持ちは……。

……どうしたものかね…。

子どもみたいに、安らかにあかねは眠る。
そうか。もう今夜は"おやすみ"のキスを済ませてしまったんだな、と思い出して苦笑いした。

でも、もう一度だけね。ナイショで。
恩を着せるつもりはないけれど…。
だけど、助けてあげた努力に免じて…これくらいは良いよね?

唇を重ねても、眠り姫は気が付く気配まるでなし。
秘密のキスを胸の奥に閉じ込めて、友雅も静かに瞼を閉じた。



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Megumi,Ka

suga