Kiss in the Moonlight

 Story=04-----03
「何ですって!?あかね殿が…消えた!?」
友雅はすぐに、離れの部屋へと戻った。
彼から、事の状況を説明された鷹通たちは、一斉に顔を青ざめさせた。

湖に棲んでいる獣は、普通なら夜は眠っている。
妖精はチャンスを見計らって抜け出し、あかねのところへ助けを求めに来たのだ。
「でも、だからって何であかねが連れて行かれるんだ!?」
「おそらく、封印していた妖精の異変に獣が気付き、何らかの手を掛けようとしたのだろう。そのショックで、妖精は封印された岩に引き戻され、丁度加護の光を纏ったあかねも、それに巻き込まれたのだ。」
泰明の答えは、そういう理論だった。

「どうすんだ…今すぐ森に行くか?」
「でも、真っ暗だよ?行った事もないのに、ちゃんと辿り着けなかったら…」
苛立ちながら爪を噛む天真に、詩紋は言った。
本当は詩紋も、どうして良いのか分からないのだ。
ただ、あかねをこのままにはしておけない。
切羽詰まった緊迫状態なのは、分かるが。

「とにかく…すぐに手を打つにしても、まずは手順を考えてからにしましょう。」
鷹通は、村の地図を広げた。
赤い印が着いているのは、今日訪ねた場所。
獣のいる湖は、村の奥に広がる森の中だ。
「詩紋殿の言う通り、道に迷ってはどうにもなりません。今一度、地図でアタリの地理をしっかり確認してから………」

話を進める鷹通の隣にいた友雅が、すっとその場から立ち上がった。
「私が先に行くよ」
「友雅殿!それはいくら何でも無茶です!こんな夜遅くに一人でなど…」
いくら友雅が、それなりの武芸を嗜んでいるにしても、夜の闇が深まる未踏の森に行くなんて、無謀にも程がある。
だが、鷹通が止めるのも聞かずに、友雅は武器用のトランクを開けた。
「私なら、あかね殿がどこにいるか、その気を確実に読める。後から、皆も着いて来れば間違いないよ」
革のケースに入った短剣をひとつ。
彼はジャケットの内ポケットに忍ばせて、夜露しのぎのマントを手に取った。

「ソードブレーカーだけで、獣を相手するのは困難では?せめて、レイピア一本だけでも持たれた方が…」
あまりにも軽装備な友雅の武器に、頼久が細身の剣を一本取り出そうとしたが、彼はそれを遠慮した。
「良いよ、私はこれだけで。本格的な攻撃は、君らに任せるから。」
私がやらなくてはいけないのは、獣を倒すことよりも、まずは彼女を取り戻して護ることだ。
そう言って、長い髪を軽く後ろで束ねる友雅を、今度は泰明が呼び止めた。

「友雅、おまえのペンダントを貸せ。」
「ペンダント?身分証明の、この瑪瑙のやつかい?」
側近の印と王家の紋章が刻まれた、友雅の正体を明らかにするためのもの。
言われた通りに首から外して、それを泰明に手渡す。
すると彼はそれに向けて手をかざし、何やら難しそうな呪文を唱えた。
「これで、おまえの居場所を私が察知出来る。おまえがどこに進もうが、行き先を完全に追いかける事が出来るはずだ。」
「そっか。じゃあ、先に友雅が出て行っても、泰明の言う通りに進めば辿り着くってことだな!」
天真は立ち上がって、さっそく武器の用意を始めた。


「無理はなさらないで下さいね。出来るだけ、私たちが到着するまでは…時間しのぎをお願いします。」
「分かってるよ。でも、彼女の身を護るためなら、迷わずに私は行動に出る。それに関しては、許してくれるね。」
…もちろん、それは充分に理解している。
理解してはいる…が。

「この辺り一帯には、既に結界を張っておいた。家の者たちには気付かれない。外にいる馬に乗って行け。」
「感謝するよ、泰明殿。鷹通、頼久、出来るだけ早く援軍を頼むよ」
開け放った窓を飛び越えた友雅は、彼を待つようにそこにいた馬にまたがる。
手綱を軽く操り、しんと静まった暗い川の向こうへと、馬は消えて行った。


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ぽつん、と冷たいものが頬に落ちてきた。
その感触に気付いたあかねは、ゆっくりと意識を起こして目を開いてみる。
鬱蒼とした木々の合間に、まるまるとした月が輝いていた。
梟か何かの、夜鳴き鳥の声がどこかから聞こえ、足元からはさらさらとした、風が波を作る音。
背中に当たる、ごつごつとした硬い感じが気持ち悪くて、上半身を起こして辺りを見渡してみると-----今にも湖に沈みそうな岩の上にいた。

「えっ…どこ!?一体ここは…どこ!?」
辺りをキョロキョロするが、人のいる気配は無い。

友雅さんと部屋にいたら、妖精が助けを求めに来たんだ。
そして、助けてあげるって約束して、金色の粉を纏ったとたんに意識がなくなって……気付いたら、こんなところに。
私一人だけ?他には誰もないの?
妖精は?友雅さんは?

「友雅さん……?」
暗くて静まり返った世界にいると、夢の中での孤独を思い出してしまう。
そばにいて、抱きしめてくれたのに………どこにもいないの?

友雅さんっ!!

大声で彼の名を叫ぼうとして、息を吸い込んだ瞬間。
-----声を出しては駄目。今は息をひそめて。
あの妖精の声が、あかねの中に響いて来た。
-----心で思えば言葉は通じます。私は今、あなたのいる岩の中に閉じ込められています。
はっとして岩の表面に目をやったが、一見は何の変哲もない大きな岩だ。
ただ、その中から小さな震動のようなものを感じる。
まるで、妖精の鼓動みたいに。

-----声を出したら、湖の底の獣に気付かれます。あなたを助けるために、あの方がこちらに向かっています。それまで、今は出来るだけ気配を抑えて。
『助けに向かっているって、もしかして友雅さんが?』
あかね自身も、地理的にここがどこなのか分からない。
それなのに、こんなにも暗い夜の森の中を、本当に彼が辿り着けるのだろうか。
-----大丈夫。あの方は、あなたの気なら探り当てられるはず。これまでも、そうだったのでしょう?
『確かにそれは、そうですけど…』
自分は選ばれた人間だから、と言って、私を一番近くで護ってくれて。
どんな時でも…真っ先に助けに来てくれたのは、友雅さんが私の気を常に感じてくれていたから…。

『でも!そんな友雅さんが私は心配です…』
魔に狂わされた獣だけではなく、深い森には凶暴な野性の動物もいるだろう。
もしもここまで来る途中に、それらに彼が襲われてしまったら…。
-----あの方には、あなたと同じように、龍の加護が着いています。それに、お仲間でしょうか…。とても強い霊力を持った方が、あの方を護る呪を掛けて下さっています。
おそらくそれは、泰明だ。
国でもトップクラスの力を持ち、幼少の頃から王宮に入った彼。
-----野性の獣を寄せ付けぬよう、最大の力を与えて下さっています。大丈夫です、あの方が来るのをお待ちしましょう。

あかねはそうっと再び身体を岩に横たえ、仰向けになって空を見上げた。
明るい月のおかげで、星さえもよく見えない空。
だが、森の茂みの中は月光も遮られて、足元も暗いだろう。

……友雅さん、どうか無事で辿り着いて。
胸の上で両手を組み、目を閉じてあかねは何度も祈った。



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Megumi,Ka

suga