Kiss in the Moonlight

 Story=04-----01
ドアがパタンと閉まったあと、しーんと鎮まった部屋の中。
流れる気配は、自分と…そして彼のものだけ。
「あの…何でこういうことになっちゃったんですか?」
「うーん。どうやら、夕べのことで勘違いされたみたいだよ。」
友雅は苦笑いをしながら、隣にいるあかねを見下ろした。

「私と君は、そういう仲だと思われているらしい。」
「そ、そういう仲って…!何でそんなっ!!!」
夕べ自分の部屋に戻ろうとした途中、廊下の突き当たりでばったり妻と会った。
その時、やけに彼女がニコニコして自分を見ていたのが、妙だな…と思った。
おそらく、おやすみのキスをしているところを見られたか。
「理由を知らなけりゃ、勘違いされても仕方ないだろうねえ。」
「そんなっ…あれは…」
あかねは必死に弁解しようとする。
そう。確かにそういう意味のキスじゃない。
けれど、何も知らない人にとっては…やはり甘い関係に見えてしまうものか。
だからわざと、こんなお節介までしてくれて。

「ど、どうするんですか、今夜…」
否応なしに目に入る二つのベッド。
ぴったりとくっついて、まるでダブルベッドのようにそこにある。
二つもベッドを押し込んだせいで、部屋は少し手狭になってしまい、引き離そうにも家具が邪魔してしまい、無理だ。
「まあ…ねえ。私たちも身分を隠している身だし?。思い込ませておけば後々楽だから、私は構わないんだけれど…君は?」
君は?って…。
そんなこと、こちらに振られても何と答えれば。
だって、一緒にここで寝るとなったら…並んで横になるしかないっていうのに。

「同じ部屋で一晩過ごしても、絶対に悪さはしないっていうのは、証明してきたつもりなんだけどな」
そう言って、友雅は笑った。

二人でひとつの部屋で夜を過ごしたのは、過去に2回。
初めて会った時に、あかねの部屋に泊まり込んだのが最初。
あの時もベッドはひとつしかなかったけれど、彼は隅っこで壁に寄り掛かって眠ってくれたっけ。
そして一昨日の夜も、まるごとベッドを明け渡してくれて。
一人で、ソファに寝てくれて。
「大切な姫君を、傷物になんかしないよ」
めちゃくちゃ甘美な台詞と眼差しで、指先を顎に忍ばせ、すうっとなぞる。
どきっとする仕草には、動揺してしまう……けれど。

「どうしても気になるなら、間に防波堤を作ろうか。」
友雅はベッドの上にあったブランケットを、くるくると丸めてベッドの中央の境目に置いた。
実用としてはどうか分からないけれど、これがあれば、同じベッドで眠っているという感覚は、少しは薄らぐのではないか。
「一応鷹通たちには、承諾してもらっているけどね。」
あかねのそばにいてくれた方が、何かと安心だからと。
与えられた役目のおかげで、彼らに信頼されすぎているのも、ちょっと複雑な気がするが。

「わ、分かりました…。じゃ、一緒に寝ましょう…っ」
「良かった。姫君のお許しを頂けて。」
あかねから答えが返ってきたあと、ガチャン、とドアの鍵が内側から掛かった。




防波堤とか言っても、丸めたブランケットじゃあまり意味がない。
二人の間にそれがあっても、手を伸ばせば相手の身体に触れてしまうし、寝返りを打てば、隣で横たわる彼と顔が合ってしまう。
「こうして一緒のベッドに入るのは、初めてだね。」
「そ、そういうこと言わないで下さいっ!」
くるんとブランケットにくるまって、あかねは頭のてっぺんまで隠れてしまった。
薄いブラウンの生地なだけに、まるで蓑虫みたいな格好なのが少し笑える。

「あかね殿」
そっと手を伸ばすと、びくっと身体が震えた。
「な,なんですか!?」
「夕べはちゃんと忘れなかったのに、今夜はまだ…だよ?」

もそもそとブランケットから顔を出して、あかねはちらっと横を見た。
甘くて深い彼の香りが、本人の姿と一緒にそこにいる。
「おやすみなさ…い」
身体を少しだけ起こし、上から唇を落とす。
いつものように、柔らかな感触が分かるくらいの、おやすみのキス。
「おやすみ。何もしないから、安心して眠って良いよ」
「そ、そういう台詞は余計です!!」
ぱっと友雅から離れたあかねは、再び蓑虫スタイルになって背を向けてしまった。

女性と同じベッドに入って、おやすみのキスだけだなんて…我ながら真面目だな。
あかねの背中を眺めつつ、友雅はそんな事を考える。
これまでの経験なら、キスはすべての始まりに過ぎず。
そのあとに繰り広げられる、甘美な時間がメインだというのに。
彼女に触れることもなく、あろうことか背を向けられて、それで朝まで一緒のベッドで眠るとは。
それもこれも、和やかで優しいハーブのような、彼女の香りのせいだろうか。

「……くう」
吐き出すような声に気付いて、友雅は身体を起こした。
ゆっくりと起き上がり、"防波堤"を超えて彼女を覗き込んでみると…。
「くー…すー…くぅー…………」

参ったな。もう眠ってしまったのか。
疲れているせいもあるだろうが、ついさっきまで、あんなにびくびくしていたのに、こんなにも無防備に熟睡している。
ブランケットを静かにずらして、顔を出させてやった。
頭からすっぽりくるまっては、息苦しくなってしまうだろうにねえ。
幾度か頬に指が触れても、あかねは全く目を覚まさない。
深く深く、夢の国に旅立ってしまったようだ。

何だか、こうも安心して眠られてしまうと、やっぱりちょっと空しいねえ…。
かと言って、どうするわけでもないのだけど。

とにかく、今は彼女が安心して眠れれば良い…としておこう。
これから本当の上級巫女になる彼女には、甘い恋のお楽しみは、もう少し先になってから。
その時、心から想い合ったその人と、とびきりの恋を味わって。
おやすみのキスなんて、ただの子ども騙しに思えるほど、素敵なキスを教えてもらえば良い。

…おやすみ。姫君。

あかねは長いまつ毛を伏せて、静かに寝息を立てる。
そっと隣から離れた友雅は、横たわって自分も目を閉じた。



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Megumi,Ka

suga