Kiss in the Moonlight

 Story=03-----04
教会のような建物には、まだ若い夫婦が住んでいた。
泰明が言っていたように、彼らは守護妖精を守るためにここにいるのだと言った。
「ですが、妖精様が捕われて以来、ここに来られる方も殆どおりません。」
「信仰が薄らいだわけではないのですが、いつあの獣がまた下りて来るかと思うと、皆不安で外出したがらないのです」
彼らが毎日食べる食料などは、月に一度の決められた日に、近隣の村から配給されるのを待つのみ。
この場所にやってきて、必要なものを持ち帰るだけで、人々の交流も最近は途絶えつつある。
「何もなかった頃は、皆で子どもたちの誕生祝いや、村祭りもしたり賑やかだったのですが…」
夫妻は、まるで夢のようだった過去を振り返り、寂しげにそう話した。

「それにしても、こうして妖精様の像が…あなた方の手に渡るとは…」
頼久たちから見せられた像を、愛しい子のように抱きしめる。
「この像を持ち歩けるのは、妖精自身がその者に助けを求めている時だけ、と聞きましたが。」
「ええ…そうです。遠い昔に村が干ばつに遭った時、妖精様が西国の賢者様の枕元に立たれ、そのお力を貸して下さるようにと頼まれたのだそうです。」
妖精によって引き寄せられた賢者は、名も知らぬこの村にやって来ると、一晩まじないを施した。
すると次の日、ひと月ぶりの雨が大地を潤した。
それからしばらくの間、夜にしっとりと雨が降り、朝になると晴天になっている…という天気が続き、秋に大豊作がやってきた…という言い伝え。

「ですから、やはり妖精様は……」
……自分たちに、助けを求めているということか。
そして、妖精やこの村の者を救えるのは、自分たちだと…いうことか。
頼久と詩紋は、あの男が切実に語った様子を思い出しては、手の中に汗が滲んだ。

「妖精が捕われているというのは、村の奥にある森の中ですか?」
しばらく黙っていた鷹通が、ようやく口を開く。
「ええ。森の奥に小さな湖があります。その中に、大きな溶岩が沈んでいるのですが、そこに妖精様は封印されているとのことです。」
そして獣はその湖の底に棲んでいて、溶岩に手を出そうと近付いた者を水中に引きずり込むのだと言う。
戻らなかった村人たちも、おそらく今は湖の奥底に眠っているのだろう。

「他の土地の方に、無理強いすることは致しません。何よりも、人の命が一番ですから。」
でも……と、彼らは言葉を続けた。
「もしも、あなた方に、匹敵するお力があるのであれば……どうか……」
そのあとは、何も言わなかった。
けれども、おそらくその後に続いたのは、"助けてほしい"の一言だっただろう。





ゴトゴトと、来た道を戻る。
朝は何かと会話が多かったのに、帰り道はほとんど無口に近かった。
誰も、話をする気になれなかった。
村の惨状は予想以上に、物悲しく寂しいものだったせいだ。

どうにかしてやれないか。
あの村が再び妖精の加護を受け、穏やかに暮らせるようになるために、自分たちの力を使うことは出来ないのか。
「…何とかしてやりたいよな」
背を向けたまま手綱を持つ天真が、ひとりごとを言う。

「何か方法を考えてあげましょうよ!?」
一斉に誰もが顔を上げて、あかねの顔を凝視した。
「村の人たちは、もうそんな余裕はないと思うんです。だから、私たちに助けを求めているなら…どうにか上手く行く方法を考えましょうよ!!」
「あかね殿、相手は村人を飲み込む獣だよ。簡単に倒せる相手とは言い難い。」
立ち上がろうとした彼女の腕を、友雅は引っ張って隣に座らせる

「でも、何か段階を踏んで近付けば、倒せる方法もあるかもしれないでしょう?」
毎日怯えながら暮らし、未来に希望さえ持てずに生きている。
そんな日常、あまりに辛すぎるじゃないか。

「最初から諦めていても、どうにもならないかもしれないね。」
あかねの背中を覆うように、友雅がそっと手を伸ばして引き寄せる。
「良い案が出るか出ないか。考えて、話し合ってみなけりゃ始まらないからね。どうだい?皆も、諦めたくないんだろう?」
彼らの表情を見ていれば、友雅にはすべて分かってしまう。
正義感の固まりみたいな頼久やイノリ、そして天真。
義理と人情に厚い鷹通や詩紋、永泉。
そして、理論的で感情には流されない泰明も、突き放すような目はしていない。

「幸い牧場のご夫妻は、しばらく滞在しても良いと言ってくれている。まずは明日にでも、ゆっくり話し合ってみないか?」
今日はもう夕暮れ間近。帰ったらすぐに、夕食になってしまう。
「……そうですね。考えなくては、答えは出ないものですね」
最初に答えたのは鷹通。
「ああ。これだけ人数がいるんだから、いろんな案が出るかもしんないもんな!」
続いてイノリが力強く言うと、一気に彼らの表情が和らいだ。


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村に戻ったあかねたちは、まずは自分たちの部屋へと向かった。
足はそれほどではないけれど、精神的にはちょっと疲れちゃったな…と、ドアのノブを引く。
「……え?あ、あれ…っ!?」
部屋に入ったとたん、あかねはそこにある見慣れないものに、唖然として入口に立ち尽くした。
ここ、間違いなく私の部屋だよね?
家具も昨日と同じだし、カーテンの柄も、私の荷物もちゃんとクローゼットのそばに置いてあるし。
テーブルの上にある花瓶には、オレンジ色のバラが飾られているのも変わっていないのに…。

「ああ、あかねさん。どう?これなら大丈夫でしょう?」
ぼうっとしていると、妻が新しいブランケットを持ってやって来た。
「あ、あの奥様…、何で私の部屋にベッドが二つもあるんですか…」
確かに今朝はシングルベッド一つだったのに、帰ってみたら何故かベッドが二つくっついている。
「ごめんなさいねえ、私、ちっとも気がつかなくって…」
あかねを部屋に押し込むと、彼女はもう一つのベッドに、広げたブランケットと枕を用意した。
「生憎二人用のベッドは予備がないのよ。だから、留学中の息子のものを運んてきたの。」
…というか、どうしてこの部屋に、もうひとつベッドを運ばなくちゃいけない理由があるのか?
そこが一番知りたいのだが?

「あらあら。さあ、どうぞどうぞ。今、ベッドも用意し終わりましたのよ」
ベッドメイキングを終えた彼女が、あかねの前を通り過ぎて入口へと向かう。
そして、そこに立っていたのは…
「とっ…友雅さん!?何で友雅さんが私の部屋にっ…」
全く状況が飲み込めずに、わたわたしているあかねの元へと、彼女は友雅を連れて戻って来た。
「ほーら。こうして一緒の部屋で寝泊まり出来れば、わざわざ夕べみたいに顔を見に来る必要も無いでしょう?」
にっこりと笑って、あかねと友雅の顔を交互に見る。

え、ちょっと、待った。
もしかして、その…あれ?え、ちょっと…どういうこと?
頭の中がこんがらがって、現状がさっぱり読み込めない。

「もう、そういうことなら、遠慮せずに言ってくれたら良かったのに!ごめんなさいね、気が利かなくて。でも、今日からは大丈夫よ。」
あかねは背中を叩かれて、よろけそうになりつつドアにしがみつく。
そして妻は、何やら合図するように友雅の腕を軽く叩いて、そそくさと部屋を出て行った。



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Megumi,Ka

suga