Kiss in the Moonlight

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「今夜はゆっくりと、ひとりの部屋で眠れそうだね。」
くるりと一通り部屋を見渡して、友雅はそう言った。
「でも、友雅さんたちは4人でひとつの部屋でしょう?窮屈じゃないですか?」
「ま、広々ってわけに行かないけども、一応工夫して部屋割りをしたよ」
ひとつの部屋に4人が入るのだが、全員が全員大柄な男では息が詰まる。
小柄なのはイノリと詩紋と…永泉も入るか。
逆に上背があって大柄なのは、天真と頼久と友雅。泰明と鷹通は中間。
「そういうわけで、私は詩紋と鷹通と天真と一緒になったよ。頼久と天真と私が一緒だと、天井の空気まで狭くなりそうだったからね。」
「あはは…大変でしたね」
ベッドに足を投げ出して、あかねは笑いながら彼の話を聞いた。

が、のんびりした話題は、これでおしまい。
「で、明日のことだけれど」
友雅が切り出すと、あかねもしゃんとして姿勢を正す。
「例の村に行くつもりだけど、君も着いて来るかい?」
「も、もちろんですよ!だって、みんなのこと心配だもの!」
この家の主人も妻も優しい人だけれど、自分だけ取り残されるのは嫌だ。
頼りになれる力はないかもしれない。それでも、何かあった時に手を貸すくらいはしたいのに。

友雅の手のひらが頭上に延びて来て、ふわっと優しく重なる。
「そう言うと思っていたよ。でも、本当は置いて行きたいんだからね?」
もしかしたら、獣が潜んでいるかもしれないという村に、大切な巫女候補の彼女を連れて行くのは、正直気乗りがしない。
だがその反面で、姿が見えないところに彼女を一人で置いて行くのも、少しだけ不安がある。

----常に誰よりも近い場所で、彼女を率先して護ることがあなたの運命。

この任を命ぜられた時、現在の上級巫女から告げられた龍の御言葉。
他の誰にも任せられない。
彼女が上級巫女に選ばれたと同じくらい、友雅の任もまた重要な意味を持つ。
「だから、明日は絶対に私のそばから離れないように。分かったね?」
「はい、分かりました。」
「珍しいものがあっても、それを追いかけて行ったりしないように。」
「こっ、子どもじゃないんですから、そんなことしませんよっ!!」
唇を尖らせて拗ねたあかねは、笑っている友雅の背中を軽く叩いた。


「それじゃ、明日も早いから、もうおやすみ。」
ベッドから友雅は立ち上がると、ランプの明かりをひとつだけ消した。
窓辺に行き、鍵が掛かっているのを確認する。
これも、友雅が毎日欠かさずチェックしていること。
あかねが安眠出来る環境であるかどうか。忘れてはいけない確認作業の一つだ。

すべてをチェックし終えて、入口に向かう友雅を見送るため、あかねもベッドから下りて着いて行く。
「おやすみ。ぐっすり休むんだよ?」
「はい、おやすみなさい。あ…ちょ、ちょっと待って友雅さん!」
ドアを開けかけた友雅の胸に、あかねは慌てて近付いた。
そして、くっと少しつま先立ちで背を伸ばし、いつものように唇を近付ける。

友雅は彼女の背中を引き寄せると、その唇に自らの唇を重ねた。
「いい子だね。ちゃんと忘れなかったなんて。」
唇を離したあとであかねを見ると、彼女は素直にニコッと笑う。
…出来ればキスのあとは、少し照れ笑いしてくれた方が良いんだけどな。
なんて、そんなことを思ってみても、あかねにとっては既に日常の儀式みたいなものか。
でも、今からキスに慣れ過ぎてしまうのも、後々になって困ってしまうだろう。

「いい子には、特別におまけをあげるよ」
「え?」
おまけって、一体どういうこと?
……と首をかしげるよりも先に、ちゅ、と軽く吸い上げるような唇の感触。
「これがおまけ」
「……キス2回が、ですか?」
あかねはぽかんとして、友雅の顔を見上げている。

やれやれ。
これくらいのキスじゃ、もう特別には思えなくなってしまったということだな。
いずれ恋人と初めて口づけを交わしたとき、こんな風に平然とされたら…さぞかし相手は複雑だろうねえ…。
「良い夢が見られるように、のおまじないだよ。おやすみ。」
苦笑いを殺しながら彼女の髪を撫でて、友雅は部屋を後にした。


+++++


次の日の朝早く、あかねたちは隣村に向けて出発した。
近場への村に行くのには、旅に使う幌馬車では大きすぎて不便だろうと、主人は小型の馬車を二つ貸してくれた。
幌がなくても天気が良いので、雨に濡れるようなことは、まずないと思われる。
ただし、太陽の強い日差しは、それはそれで厳しいもの。
「これを被っておいで。少しは暑さが凌げるからね」
艶やかな大きめのスカーフを広げて、友雅はあかねにそれを被せてやった。


川を渡り終えて、15分ほど真っ直ぐ道を進んでいると、次第に周りの景色が変わり始める。
同じ土地で同じ気候のはずなのに、白い柵の向こうにある薔薇は蕾さえも付けていない。
緑の木々はいくつかあるが、その中には秋の終わりでもないのに、立ち枯れのものまである。
民家はどこも塗装が剥がれていて、昼間なのに窓を開けている家はひとつもない。
「…これじゃ、どこが空き家なのかも分かんねぇな…」
人気のない家並みを見て、イノリがポツリとつぶやく。
ゴーストタウンとまでは行かないまでも、これだけ生活感が薄らいでいては、近い将来の姿が目に見えている。
辿り着いたその村の前で、皆同じように思った。

天真と頼久が馬車から下りて、辺りをじっくりと見渡してみる。
怪しい人物がいないか。そして、妙な獣らしきものの気配がないか。
それを確認しないうちは、皆を車から下ろすことは出来ない。
「問題ない。この村の空気は、明らかに沈んではいるが…今のところ異質な気は感じない。」
「そっか。じゃ、安心だな」
泰明の確認も済んで、ようやく皆は車から下りた。

「この先に、教会のような建物があるはずだ。おそらくそこが、妖精を祀っていた場所だ。」
目を凝らすと、小さな三角屋根が少しだけ見える。
てっぺんには十字架の代わりに、花紋のような飾りが取り付けられていた。
「そこに、人が住んでいる。礼拝堂の管理をしている者だろうな。」
「神父さんみたいな感じですか」
詩紋が尋ねると、泰明は静かに無言でうなずいた。

「それでは、まずは行ってみましょう。直接、ここに住む方のお話を聞かねば…」
カサカサと枯れ草が靡く道を、鷹通たちは高台へと歩き出した。



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Megumi,Ka

suga