Kiss in the Moonlight

 Story=35-----05
「おまえ、言うときにゃ言うなあ」
少し豪快な笑い声と、ごしごし強い力で頭を撫でる手のひら。
飾りっけのない天真の笑顔が、あかねを見下ろしている。
「ああもきっぱり、真面目な展望を説明されちゃあ、俺らも反論出来ねえわ」
「反論…?もしかして、みんな…」
きょろきょろと、一同の顔を見渡してみる。
しかしそこにある表情は、渋い顔をしているものなどおらず、皆そろって笑顔。泰明でさえ、冷静かつ涼しげな笑みを浮かべている。

「あかね様のお考えは、ひとつの希望です。貴女なら、もしかしたら世界中に幸いをもたらすことも、可能かもしれませんね」
「そ、それはお世辞でも言い過ぎですよ鷹通さん!」
確かに言い過ぎだ、と天真が口を挟んで笑うが、鷹通も他の者も笑っているだけ。
冗談も交えてはいるが、100%は無理だとしても、これまでよりも幸せが増える可能性は期待出来る。
素直な心を持つあかねだから、わずらわしい裏の顔もないしウソもない。
その無垢な想いが、必ず誰かの穢れを浄化させてくれるだろう。
皆どこかで、そんな願いを、期待を抱いていた。

「友雅も、上手いことやったなあ」
ニヤリと笑うイノリの顔は、どうも二人の関係を見通しているような。
終始手を握ってもらったりしていたから、まあ何となく気付かれてしまったか。
「これからもあかね殿を、支えて行って下さい、友雅殿」
「ん?それはつまり、支え合って一生を生きていけ、という意味なのかな、鷹通」
「それは…、友雅殿のご意志にお任せしますよ」
さらりと交わしつつ、心を通わせることが出来た彼を祝福しているような、眼鏡の向こうで緩む眼差し。
そうだね、一生…のつもりで、私は彼女を愛し、護っていこう。
この想いが必ず、今までよりも強いものに成長してくれるはずだろうから。




廊下の角で皆と別れ、あかねと友雅は瑠璃色の館へと向かう。
月明かりに反射する青いタイルは、名前の通りにラピスラズリのような神秘的な色に輝く。

「友雅さん、さっきは…ありがとうございました」
彼の少し後ろを歩きながら、足音に重ねてぽつりとあかねがつぶやいた。
「私は何もしていないよ?」
「ううん、友雅さんがいてくれたから…。それだけで、すごく勇気づけられたし」
あかねは手を伸ばし、その腕に寄り添った。
誰もいない廊下では、こうして腕を組んで歩いていても平気だから。
「友雅さんがいると安心するんです」
「安心ねえ。男としては、あまり嬉しくないなあ、それは」
男は女性に危険だと思われるくらいが、張り合いがあるんだよ、と言う。
「前にもそんなこと言ったね。同じベッドで寝ているのに、まったく警戒心なく熟睡してしまって…。あの時は空しかったねえ」
今となっては笑い話に出来るけど、当時はかなりショックだったよと彼は笑った。

「でも、ホントに…友雅さんと一緒だと安心するんですよ、私」
言ったそばから、もう一度あかねが言う。
「ホッとするし安心するし。だから…ずっと一緒にいたいなあって…思うし…」
「その台詞は困るな。前と後ろでは、全然感じ方が違う」
喜んで良いのやら悲しんで良いのやら。

「けど、最後の言葉を信じていいのなら……これからあかね殿の部屋に、お邪魔しても良いかい?」
あかねの部屋と、友雅の部屋の中間。
真ん中で立ち止まって、彼はあかねの返事を待つ。
大理石の床に伸びる、月明かりに照らされるシルエット。夜が更けてゆく。
明日は、上級巫女として大切な第一日目。寝坊なんて許されないし、疲れた顔も出来ない。

だけど-----あかねは友雅の手を取る。
重要な日からこそ、この心を優しく包む人がそばにいて欲しい。
それが出来るのは…彼だけ。
あかねの部屋の前で、いつもと同じおやすみのキス。
そのキスの続きは…部屋に戻ってから。
二人で過ごす夜に、おやすみのキスは必要ない。





コンコン、コンコン。ノックの音が遠くで聞こえている。
しばらくすると、ガチャガチャと物音が近付いてくる。そして、寝室のドアをまたノックする音。
「あかねさま!おはようございます!そろそろお目覚めにならないと…」
この声は、ああ藤姫のものだ。若々しい小鳥のような、軽やかな声。
「あかねさま、お清めの聖水をお持ちしておりますの。ドアを開けて頂けます?」
ふと横に目を遣ると、あかねは隣でまだ眠っている。
すやすやと寝息を立てて、あまりにも穏やかな寝顔だから、起こすのは忍びないのだけれどそうも行かない。

「あかねさ……っ」
ギイ、と寝室のドアが開いた。
藤姫が顔を上げたが、何故か目の前にあるのはあかねの顔ではなくて、がっしりとした広く厚い胸板。
これは…どなたのものですの…と、ぽかんとして現状を受け入れられずにいると、聞き覚えのある声が頭の上からする。
「おはよう、藤姫殿。いつも御苦労様」
「と、友雅…さま…?」
何でここに友雅が?ここはあかねの寝室だったはずなのだが。
友雅が、あかねの寝室にいる?しかも、やたらに着崩している格好は、今急いで羽織ってきましたみたいな感じが。
「あかね殿は、まだ眠っているんだよ。聖水は預かるから、今朝は私に任せて、朝食の用意をして来ておくれ」
そう言って聖水を受け取ると、またドアがパタンと閉まる。
ガチャン、中から鍵が下りた音。密室にされた……らしい。

え、と、つまり、その、え、え、あかねさまと友雅さまは、え、ええと…
「きゃあ〜」
ドタドタと走り去ってゆく足音。そしてすぐに、入口のドアが閉まった音。
ちょっと刺激が強すぎたかな?と友雅は苦笑するが、事実だから隠せない。


聖水をテーブルの上に置き、友雅はベッドに戻った。
上級巫女一日目だというのに、あかねはまだ目覚めそうにない。
「あかね殿、初日の遅刻は御法度だよ。ほら、そろそろ目を開けておくれ」
耳元で囁きながら、眠り姫を起こすためにキスをひとつ落とす。
「ん、ん…あ〜!」
無防備にぐっと両手を広げ、ベッドの中で大きく伸びをしながら瞼が開かれる。
「おはよう、お目覚めになってくれたかな」
「…おはようござい…ます。時間は…?」
「大丈夫だよ。1時間ほど余裕を持って起こしたから」
ホッとして、思わずまた二度寝しそうになるけれど、そうも行かないのでむくっと思い切って起きた。

「ゆっくり寝られたかい?安眠出来たかな」
「…はい、安心して眠れました」
ずっと抱きしめていてくれた腕の暖かさと、ぬくもり。
それらはもう、あかねにとって必要不可欠なもの。月明かりの優しさみたいな、柔らかい光に似ている。
「安心されるのは困るけども、一緒にいられることは代え難いね」
おやすみのキスだけじゃなくて、おはようのキス。
ありがとうのキス、嬉しいのキス。好き---------のキス。
どれもこれも、彼が教えてくれたもの。

そしてきっと今夜も…彼は、愛している---------のキスを教えてくれる。
安心と甘い情熱と、幸せを感じるもの。
月明かりを待ちながら、新しい一日が今日も始まる。

-------彼と共に。
明日も、明後日も、その先も……ずっと。






-----THE END





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2010.12.12 THE END

Megumi,Ka

suga