Kiss in the Moonlight

 Story=35-----04
あかねの声が止まったあと、しいんと食堂が静まりかえった。
誰ひとりとして身動きもせず、沈黙という空気が広い部屋の中に充満してゆく。
重苦しい無音と無反応に、押し潰されそうになりつつも、そのたびあかねは友雅の言葉を思い出した。

"私は君の味方だ"
その言葉が、勇気をくれる。
そして足元を照らして、前に進む方向を示してくれている。
だから例え反対されても…良い。
反対されたら、また別の方向で実現する方法を探れば良い。
手段はひとつではないから。
それだけで諦められるほどに、柔な意志ではないから…いつか必ず。

----ふう。
静寂の中にひとつ聞こえた、深い溜息は彼女のもの。
そして顔を上げた彼女は、あかねの瞳の奥にある輝きをじっと見つめた。
「あなた強いのね。こんなに強い意志を持った子だとは、思ってもみなかったわ」
苦笑しているように見えて、どことなく嬉しそうな気もする不思議な笑顔。
「こんなにしっかりと、将来のことを見据えた人は初めて見たわ。昔はそんな風に見えなかったのに…どういう変化なのかしらね?」
ちらり、と今度は視線が隣に移動する。
何かを伝えているような目を投げかけられたが、友雅はただ静かに笑みで応えているだけだ。
もしかして、あかねの答えを待っている?
するとそれを理解したかのように、あかねが口を開いた。
「私も…守りたいんです。私の出来ることで、大切な…人を。だから、切り開いていこうと思って」
彼は期待をしてくれるから、それに応えたいと思う。
じっとしているだけじゃ始まらないし、新しいものも生まれない。
これまでの由緒正しい歴史を、壊してしまうことになるかもしれないけれど…。
「絶対に悪い形にはしないと誓います」
必ず進歩として残せる結果を刻んで、私なりの上級巫女の歴史を作る。
「それが世界の安寧につながるのであれば、これ以上のことはないと思うんです」

「で、友雅はそれに賛成なの?」
一通りあかねの話を聞き終えてから、今度ははっきりと友雅に答えをあおいだ。
しかし、友雅も答える内容なんて、もう最初から決まっている。
「反論することは、何一つないでしょう。私も彼女と共に旅をして、見落としていたものに気付かされましたからね」
彼女の考えは、間違いなく尊重すべきである。
もしもということは、常につきまとうかもしれないけれど。
「私がそばにいます。彼女には傷ひとつ与えません。そして、彼女を悲しませるような結果は招きません」
自分が傷つけば、あかねは涙をこぼす。そんな姿は見たくはない。
二人が共にいるからこそ、お互いに幸せになれるのだと…夕べ何度も確認した。
やっと手にしたものを、バラバラになんか絶対にさせない。

「私が、彼女の笑顔を護ります」
"彼女を"ではなく、笑顔を。幸せを。
喜びの笑顔を常に浮かべていられるように、私も私に出来ることで彼女を幸せにしてやろう。


「陛下、殿下、どういたしましょう…」
「ん?そ、そうだな…どう応えれば良いかな…」
急に皇太子妃から振られた王と皇太子は、やや狼狽えながら答えを探る。
あかねの真っ直ぐな意志は、眩いほどに強く輝くばかり。否定するつもりはないのだが。
やはり問題なのは、上級巫女がこの世に一人しかないということであって、何かもしものことがあったら…という不安だ。
それがつきまとって、はっきりと答えが出せない。
「お二人ともお悩みでしたら、私が…返事をしても構いません?」
「あ、そうだな!やはり先輩の上級巫女である貴女が、一番適任だろう!」
まるで役目を押し付けて逃げるかのように、あっさりと王たちは彼女に全責任を任せた。

「それじゃ……友雅、あかねをよろしく頼むわね」

その声に、二人は同時に顔を上げると、満面の笑みが待っていた。
もしかして、受け入れてもらえた?
あんなにもめちゃくちゃな発想を、それでも一生懸命考え抜いた私の結論を…認めてくれた?
「一泊二日で帰って来られる、近距離の町だけよ?」
「は、はい!」
「毎週はダメ。月に一度よ。日曜はゆっくり心身ともに癒す休日なのだから」
「はい、分かりました!」
気合いの入った返事に、くすくすと彼女は笑う。
「いろいろと、まだ話し合うことはありそうだけれど…、あなたたちが出掛けている時は、私が上級巫女の代わりを引き受けます。もし、私に抜けられない用事があった場合は…そうね、私の前の巫女様をお呼びしましょうか」
彼女の前の上級巫女?ということは、あかねの二代前の上級巫女。
一度も会ったことがなかったから、健在であることさえも知らなかった。
「今、60と少しくらいかしら。王宮内の修道院でシスターをしているわ」
とは言え、健康でまだまだ元気であるらしいので、ちょっとの時間に代役を頼むことも出来るだろう。

「だから、安心してその目で、本当の世界を確かめていらっしゃい」
又聞き、噂、人づてでは宛てにならないが、それらが真実かどうか確かめることは出来る。
気になる事があったなら、護衛官を派遣して現地調査をすれば、コトの真相も分かるかもしれない。
そうやって少しずつでも情報を集め、ひとつひとつの解決に繋がっていくのなら。
そこに生きる者しか、分からないことがある。
遠くで眺めて、推測だけで判断は下せない。偏った考えに陥って、必要な答えを取り間違える可能性だってある。
自分の目で確かめて、歩み寄ってゆく。
少しの時間でも良いから、人々の営みが幸せで埋め尽くされるように、そのためにも…私は歩き出していかなければ。
「頑張って。世界の新しい幸せを、二人で導いてちょうだい」
「……はい!」

私の考えたことは、私が感じたことは、間違いじゃなかった。
もっと外を見て、本当の世界を確かめながら上級巫女の任をこなして行こう。
前向きに、明るい未来だけを夢に描いて。
人々が笑顔で賑わい、子どもたちが元気に遊びまわり、愛し合う恋人同士が結ばれる……どこもかしこも、そんな幸せが溢れますように。

……。
もう一度伸びてきた友雅の手が、しっかりとあかねの手を握りしめる。
そう、これは二人で選んだことかもしれない。
私が思ってきたことを、彼が上手い形に形成してくれたからだ。
信じられる人がいるって、こんなにも心強いことなのか。
それが愛する人ならば、気持ちは更にどんどん深く強いものになって、パワーの源になってくれる。


「さあ、それじゃあ今夜はお開きにしましょうか。もう遅いですものね」
気付けば時計は、あと15分ほどで10時のところに針がやって来る。
普段の夕食より早めに始まったのに、終わったのは桁外れな遅い時間である。
まるで晩餐会の閉会時間みたいだ。
「あかね、明日からは本番よ。気を緩めるのは今夜だけ。明日になったら、しゃきっとしてね」
「はい、分かりました。精一杯、頑張ります!」
「友雅もね、そこはちゃんと理解しておいてよ?初日から、あかねを寝不足にさせないでよ?」
甘い意味合いを込めたツッコミを入れて、笑いながら彼女は先に部屋を出てゆく。
取り残されたのは、あかねと友雅と…旅を共にした仲間たちが揃っている。

そういえば、最終的に皇太子妃さまと王様方との会話になっちゃって、みんなの声は全然入ってこなかったけれど、どう思われているんだろう…。
ちゃんと正式な許可は取ったが、皆がどんな考えなのか、少し気になるところ。
反応を待ち続けているあかねのところに、近付いてくる人影と足音。
これは誰のものだろうか、と顔を上げて確認しようとしたとたん、上から頭をくしゃっとかき回された。



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Megumi,Ka

suga