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Kiss in the Moonlight
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Story=35-----01 |
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王から直々に連絡が来たのは、少しずつ日が傾いてきた時刻。
あかねへの用件だったらしいが、おそらく友雅の部屋にいるのだろうと、直接彼に連絡して来たのだと言う。
一体何事だろうか…と、二人ともいささか緊張気味だったのだが、用件はそれほど堅苦しいものではなかった。
『今夜のディナーを一緒にどうだろうか』
つまり、夕食の誘いである。
今まで継承儀式の用意や、友雅の腕の怪我などもあって、旅を終えたあとの労いもきちんと出来なかった。
せっかく今日は休日なのだから、皆と共に歓談しながら夕食はどうか、と王からの言葉。
正式な食事会というわけでもないので、ドレスコードも気遣う必要はない。
メニューもカジュアルなものを取り揃えるから、とのこと。
その誘いに、断りを入れる理由はなかった。
「じゃ、一時間後に迎えに行くよ」
ドレスコードは不必要と言うが、やはり普段着というワケにもいかないのが常。
シンプルだが上品な服を選ばねば…と、男性と違い女性はいろいろ気を使うものである。
「それとも、私が一緒に選んであげようか。ドレスだけじゃなく、アンダーまで」
「も、もう…そういう冗談はやめて下さいっ」
開こうとするドアの前で、顔を近付けて言う友雅の台詞に、かっとあかねの頬が紅色に染まる。
夜の顔と昼の顔が、同化するのはもうしばらく掛かりそうだ。
ぬくもりごと抱きしめて眠っても、目覚めればピュアな表情が待っている。
「お、お邪魔しました〜っ」
古いドアノブは、ギイ…と軋むような音を立てて回る。
開いた透き間から廊下の空気と、光が足元を照らした。
「あかね殿」
出ていこうとする彼女を、友雅の声が呼び止める。
振り向いて彼を見たあかねに、真っ直ぐな瞳が注がれた。
「陛下の前で、さっきの話をするつもりだね」
「………はい」
うなずきながら、あかねは迷いのないはっきりした声で答えた。
「反対されるかもしれませんけど…。でも、私が直に感じたことなので。それを知ってもらうだけでも、って」
「そうか。分かった、止めはしないよ」
夕暮れになるまでの長い時間、あかねはずっと友雅と話していた。
彼女が口を開いた内容は、上級巫女を継承する前…遡ること、旅の途中から思い始めていたことだと言う。
それは有る意味、前代未聞の提案。
上級巫女としての日常生活は、友雅もある程度頭に入っている。
しかし、あかねの提案した内容が組み込まれていないということは、これまでの上級巫女は思い付くことではなかっただろう。
あかねも自分の異端な発想は自覚していて、これまで公には出せなかったらしい。
しかし、友雅なら聞いてくれるだろう…と思い、話をすることを決めたと言った。
自分はこう考えているが、第三者はどう考えるだろう?
それによって、これらを元・上級巫女の皇太子妃や、国王に打ち明けるべきか、判断したいとのことで。
正直なところ、友雅としては何とも言えないというのが本音だった。
だがその反面で、その提案はいかにも彼女らしい、凛としつつ慈愛に満ちた考えだな、とも感じた。
あくまで個人の範囲ではなく、それは広い世界に向けた愛情の眼差しと心。
彼女だから、そこまで目に留めることが出来たのではないか…。
ならば自分は、彼女の背中を押してやりたい。素直に、彼はそう思った。
「私は、君の味方だ。フォローが必要ならば、遠慮無く頼って良い」
近付いてきた彼の顔を、あかねは見上げる。
頼もしい、その言葉。彼はどんな時も自分を信じて、見守ってくれるという安心感が、どれほど勇気づけてくれるか知れない。
彼が私を護る人で、本当に良かった。
つかの間の別れを惜しむ口づけを交わしながら、強くあかねはそう思った。
午後6時を過ぎると、天上には無数の星が瞬く。
大きな木々に包まれて、中の明かりが外に漏れにくいテラスの廊下から、夜空を眺めつつあかねは友雅と共にメインダイニングへと向かった。
いくら上級巫女とは言っても、やはり王族と同じ食堂で食事することはない。
滅多に足を踏み入れたことのなかった、王族専用のダイニングルームには、既に招待客が揃って席に着いていた。
「申し訳ございません、陛下。いささかお時間を間違えていたのかもしれません」
「いいや、時間どおりだ。何も遅れたりはしておらん。それに-------」
数分くらいの遅刻に目くじらを立てるような、狭い心は持っておらぬよ、と王はにこやかに笑った。
椅子を引き、あかねを席に座らせてから、友雅も隣の席に腰を下ろす。
左右、そして向かいには王、皇太子、皇太子妃…の他に、親しい顔がずらっと並んでいた。
「せっかくなので、藤姫殿も誘ってみたのだよ」
普段ならば、配膳の支度にせかせか歩き回っている彼女は、名前に相応しい薄い藤色のドレスを着て、やや緊張ぎみに席に着いていた。
「わ、私のようなものが、陛下と同じ場所でお食事なんて…」
「気にせずとも良い。いつも頑張っている姿は、私も感心しているのだよ。今夜は褒美のディナーと思ってくれて良い」
王は穏やかに話すが、それでも藤姫の緊張は解けない。
だが、向かいにいるあかねが笑顔でうなづくと、ようやく少し肩の力が解れたようだった。
「さあ、本日は堅苦しいことは無しだ。旅話なども交えて楽しもう」
各自グラスを手に取って、近場の者と縁を合わせる。軽やかなガラスの触れる音が、食堂内に響いた。
フルコースのメニューも、今夜は割と気軽に食べられるよう調理されている。
香草で味付けしたドラムチキンは、手づかみでも食べられる。他にもコールスローサラダやテリーヌ、ゼリー寄せなど。
「足りなければおかわりして良いのよ。今夜はたくさん用意してあるから」
皇太子妃はそう言って、既にチキンを食べ尽くす勢いの約2名に笑いかけた。
思えば旅先でのことなど、改まって話した事はなかった。
国事に関する内容や、地域での事件性を含んだ事柄は報告したが、他愛も無い日常的な話などをする機会もないままだった。
王や皇太子は、あかねたちが訪れた町の話をすると、興味深く揃って耳を傾ける。
ただし皇太子妃だけは、あかねと個人的に談話する機会が多かったため、中には聞き覚えのある内容もあり、その時は黙って相づちを打っていた。
「確かに、シェンナの意匠は優れた物ばかりだ。実は私たちも、先日彼から頂いたものがあってな」
王と皇太子には、マントを留めるブローチ。皇太子妃には、天然石を散りばめた宝石箱。
数少ない亡き故郷の遺品の中から、シェンナの老人は親愛と感謝の証として献上したのだと言う。
「今度集まる時には見せてやろう。その時は、皆の土産も見せてもらえるかね?」
「喜んでお持ち致します。私は実用的な剣にしか興味はありませんでしたが、あの素晴らしさは無視出来ないほどでしたので」
珍しく口を開いたのは、頼久だった。
騎士である彼が武器に求めるものは、攻撃力や耐久性、そして扱いやすさ。
品を選ぶ時にはそれらを重視していたのだが、そんな彼もシェンナ伝来の装飾を施した剣には、類い希な何かを感じて入手してしまったのである。
「そういえば、そなた…あの老人と何か計画があるのではないか?イノリ」
唐突に王が、イノリに語りかけた。
すぐさま彼はチキンを手放し、ナプキンで口を清める。
誰もが首をかしげるが、王は何やら耳にしているようだ。
「えっと…実は俺さ、あのジイサンに習って、宝刀を作ってみようと思っててさ」
「宝刀?」
初めて聞いた話に、彼の親友でもある詩紋も驚いていたが、イノリの方は自信満々な表情で答えた。
「シェンナの装飾技術って、今も言ったようにホント凄いんだ。でも、国が亡くなっちまっただろ?だけどさ…そのまま消えていくなんて、もったいないじゃん」
騎士団や護衛団の武器を作るのは、イノリたち刀鍛冶職人の仕事。
しかし、出来るならそんな武器ではなくて、眺めて楽しめる美しいものを作っていけたら良いと思う。
そして今、消滅しかかっている文化があるのならば…それを残していくことも重要だろう。
「だからさ、ちょっと前からあのジイサンに話して、シェンナの装飾をこれからも伝えていけるようなものを、作っていこうって決めたんだ」
きらきらと輝く、イノリの瞳の中に見える明るい炎。
未来へ続く道を照らす太陽のような色が見えて、それらはこの場にいる者すべてを暖める。
「良い計画だね。例え国がなくなっても、そういうものが残されていけば、歴史は伝えていけるだろう」
「イノリの力量ならば、すぐにシェンナの技術に追い付くだろう。これから生まれる宝刀が、私も今から楽しみだ」
友雅と王が、続いてイノリを見て微笑む。
ぺこりと彼は頭を下げたが、その表情には"まかせとけ"という、頼もしい一言が浮かんでいるように思えた。
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