Kiss in the Moonlight

 Story=34-----03
意識はまだまだ目覚めきっておらず、ブランケットに潜ったままで、しばし夢の世界の入口をうろうろする。
優しい目覚めが待っている…そんな気がする朝。
あかねのまぶたに、柔らかい何かが触れた。
この感触は何だろう。
よく知っているものなのだけれど、何だったっけ?
そう考えているうちに、また…今度は頬に。
更にまたしばらくすると、それは唇にそっと触れた。

ちゅっ。
感触と同時に、音が聞こえることに気付いた。
ちゅっ。ちゅっ。
音と感触は止まることなく、それらがあかねの意識を静かに目覚めさせた。
「ん、んん〜…」
気持ちは軽いのに、身体はまだ重い。
もぞもぞと寝返りを打とうとして、かすかに瞼を開こうとした時、また感触と音が同時に響いた。
「お目覚めかい?」
今日という日の始まり。
その一日の最初に目に映ったのは、甘い囁きと優しい笑顔。
「改めて、おはよう」
近付いてきた顔と唇が、また重なって視野を塞ぐ。
一瞬で思い出したこの感触は、そう、彼の唇だった。

愛しさだけを詰め込んだ、軽いキスを何度も繰り返しているうちに、ようやくしっかり目が覚めてくる。
それでもぼうっとしているあかねの髪を、大きな手が撫でてくれた。
「今日一日は休みだからね。好きなだけ眠って、好きなように過ごすと良いよ」
正式に上級巫女となって、第一日目の今日は誰にも干渉されない完全フリー。
起床時間が来ても起こされに来ないし、食事の時間も決められていない。
友雅が言ったように、自分の好きなように過ごして良い日。
こんなにすべて解き放たれた日なんて、今まで一度もなかったような気がする。

「…友雅さんは…もう起きるんですか?」
「どうしようかな。私は、君の予定次第かな」
例え休日でも、友雅の任に休息などは存在しない。
あかねの姿が確認出来るところで、付かず離れずいることを義務付けられている。
「でも、私にとってはこの上ない任務だね」
そばにいてやれること。隣に寄り添っていられること。
自分の心が願う想いが、義務という意味をも持って与えられるなんて、幸せじゃないか。
「で、どうする?もう起きるかい?」
時計の針は、午前9時間際。普段なら既に起きていて、朝食も済んでいる時間だ。
それが今日は、まだこうしてベッドの中でごろごろと。
しかも、隣には彼がいる。
「もう少し、ごろごろしてても良いですか〜?」
「良いよ。好きなだけのんびりしておいで。食事がしたくなったら、連絡を入れれば良いから」
頭を撫でながらそう言うと、友雅はベッドから起き上がった。

広い背中が、あかねの目の前にある。
身動きするたびに、無駄のない筋肉が動くのを眺めながら、その腕が一晩中自分を抱きしめてくれていたことを思い出し、頬が熱くなった。
肌の暖かさも、耳元で囁いてくれた言葉も、何もかもが覚えている。
おやすみのキスよりも、眠らせないためのキスを、この唇は記憶している。
「……うん?」
ふいに背後から手が伸びてきて、友雅の手をぎゅっと握った。
着替えようかと思い、掴もうとしたシャツが足元へはらりと落ちる。
「何だい?」
手を握ったまま振り返ると、毛布にくるまったあかねがこちらを見ている。
何も答えないが、ただその表情は無垢なほど素直な笑顔で。
あまりにも幸せそうな眼差しでこちらを見るから、引き寄せられてしまう。
「…もう少し、一緒にいようか」
「うん」
一旦抜け出したベッドへ再び身を投げ出して、あかねがくるまる毛布に自分も入らせてもらう。
自然に腕と腕は組みしだかれ、どちらからともなく相手に身を任せて抱きあった。

何も予定がないのなら、出来るだけ一緒にいたい。
上級巫女の肩書きから離れて過ごせるのなら、大好きな人のそばにいたい。
「あかね殿」
友雅が、名前を呼ぶ。
顔を上げると、両頬を手のひらで押さえられ、視線を逸らせないよう固定された。
「愛しているよ」
はっきりとした声で、愛の告白。
その一言で、全身の血流が逆方向へ走り出すような感じ。
「ずっと君のそばで、君だけを愛するよ」
夕べ何度も聞いたのに、そのたびに胸を締めつけられて、そしてときめいて。
めちゃくちゃに、恋に溺れてみたくなる。

「………ん?誰か、部屋の前にいるようだね」
突然、友雅があかねの唇に、自分の人差し指を押し付けた。
耳を澄ましてみるが、寝室と入口とでは部屋も別れているし、距離が離れている。
外の物音など、聞こえるわけもなかった。
普通の人間であれば、だが。
「えっと…、友雅さんのお部屋へのお客さんですか?」
「どうかな。そこまでは分からないけれど」
あかねの部屋と、ほぼ向かいにある友雅の部屋。どちらも館の一番奥にあるため、二人に用事のある者でなければ廊下を通るものはいない。
人物の正体は確認出来ないが、もしあかねの部屋を訪れた者だったとしたら?
「君が部屋にいないと知ったら、大騒ぎになるかな?」
実は向かいの彼の部屋で、朝まで一緒に過ごしていました、なんて思っていないだろうし。

「あ、もしかしたら…藤姫ちゃんかも」
思い当たる一人の名前を、あかねが口にした。
毎朝、身体を清める聖水を持ってきてくれる彼女。今朝もいつものように、用意してきてくれたのかもしれない。
「どうしよう。出ていった方が良いですかね…」
「出て行くの?ここから、その格好で?」
素肌にシーツを巻き付けて。?或いは、昨日のドレスをもう一度身に着けて?
どちらにしたって不自然だし、そんな格好で彼の部屋から出てきたとしたら、あっさりコトがバレてしまう。

「バレても、別に問題はないのだけれどね」
友雅はあかねを愛していて、あかねも同じように友雅を愛していた。
その二人が結ばれて愛し合ったところで、何の問題は生じない。むしろ自然なことで、咎められることはない。
「でも、まあ徐々にオープンにしていこう。急に全部晒してしまったら、それこそ大騒ぎになりそうだ」
こういうことに関して、過剰に反応しそうな者も何人か思い当たる。
それに、黙っていてもそれとなく感じる、勘の良い者もいるから、いつのまにか知れ渡るかもしれない。
これからは、誰にも心を隠さなくても良い。
あかねに対しても、抱き続けた想いを抑え込まなくても良い。
それが何より、友雅にとっては嬉しいことだった。

「…諦めて帰ってゆくみたいだよ」
友雅の耳には、小さな足音が気配として聞こえていた。
時間を区切って生活している時なら、あかねを起こしにゆくのと同時に聖水を届けるのだが、今日はまっさらな休日。
急いで起きる必要もないので、起きていないのならそのまま帰ってこい、と言われているのかも。

「じゃ、もうしばらくはゆっくり、だね」
艶やかに微笑んで、今朝何度目か分からないキス。
寄り添って、抱きあって。
恋人と目覚める朝が、一日の幕を明けた。



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Megumi,Ka

suga