Kiss in the Moonlight

 Story=34-----02
「実は…あかね殿に、ずっと隠していたことがあったんだけれどね」
えっ?とその言葉を聞いたとたん、彼女はびっくりしたような顔をして、重ねていた身体を少し離した。
さて、そろそろ白状しなくてはならないかな。
苦笑いを交え、友雅は覚悟を決めていた。

「あのね、毎晩の"おやすみのキス”のことだけど------------」
晩餐会が終わったあと、自分の部屋に戻る前にも行った儀式。
それは、上級巫女と彼女を護る者との間にある、信頼を確かめ、そして誓うもの。
だけどそれは…。
「………やっぱり、これは後日ってことにしようかな」
突然、何かを打ち明けようとしたのを、誤魔化すように振り切る。
「ちょ、ちょっと何ですか?そこまで言って、黙らないでくださいよっ」
「んー…でもね、本当のことを言ったら、怒られそうで」
悪戯っぽく舌を出して、友雅は笑う。
けれどもここまで言っておきながら、もったいぶるなんてずるい。
「怒らないですからー!もうー、はっきり言って下さい!どんな隠し事してたんですかっ?」
「ふふっ…本当に?怒らないって約束してくれるかい?」
「します!だからー!ほら、言ってくださいー!」
何とかして白状させようと、あかねは友雅の肩を揺さぶる。
遠慮なく身体を押し付けてくるけれど、それが男にどんな感情を生ませてしまうのか、困ったことに彼女は気付いていないみたいだ。

「じゃあ、言うよ。実はこれまでの"おやすみのキス"は……」

-----------全部ウソだったんだ。
「……えっ!?」
一瞬、耳を疑った。
今、友雅は…何と言った?ウソ?何が?
「だから、儀式とか誓いとかはなくてね…単なる普通のキスだったってこと」
……
……
……
「えええええーーーーっ!?」
さすがにあかねは動揺して、がばっとベッドから起き上がった。
ウソ?ウソって…あのキスが全部意味の無かったこと、ということ?
王宮にやって来た初めての夜から、毎日ほぼ欠かさずに行ってきた儀式…と信じていたものが、全部ウソ!?
「ごめんね」
「え、えっと…ちょっと待ってクダサイ」

咄嗟に額に手を当てて、混乱する頭の中を整理しようとした。
あのキスは、ただのキスだったということだけど。最初から、つまり意味の存在しないものだったと。
だとしたらどうしてまた、友雅はそんなことをしたのかという疑問が浮かぶ。
「うーん…それはまあ、あかね殿があまりに可愛らしかったから、かな」
あけすけと悪びれもしない、余裕の笑顔で友雅は答える。
起き上がっているあかねに手を伸ばし、もう一度自分の胸へと引き寄せて。
「可愛いものだから、ちょっと大人の悪戯をしてみたくなってね」
「ひっ、酷っ…!私っ、ついさっきまで信じて疑わなかったのにーっ!!!」
はじめての時は恥ずかしかったけれど、それも次第に慣れてきて、いつのまにか普通に唇を重ねられるようになったのに。
それが今になって、全部ウソでしたって…そんなのあるか!?

「ほらね。だから、怒るから言うのは嫌だって言ったんだよねぇ」
納得出来ないというか、眉間に皺を寄せているあかねの頬を、つんつんと友雅の指先が突く。
怒っているわけじゃないけれど、何というか……。
「面白くないだけですっ、ずっと騙されてたと思ったら悔しくって」
「やっぱり不機嫌だね」
「そうじゃなくってー……」
何げなしに、自分の指で唇に触れる。
初めてのキスはいつだった?あれは…はじめて彼と逢った夜のこと。
思い掛けなく、ふいに奪われてしまって、何がなんだか分からなかったけれど。
あれから……時は流れて、思い返してみれば。
「うん?文句の台詞でも思い付いたかい?」
顔を上げてみれば、そこに友雅がいるけれど。
最初のキスから始まって…今に至るまで、自分の唇に触れたのは、彼の唇だけだ。

友雅のさんのキスしか、私は知らない。
友雅さんの唇しか…唇のぬくもりしか、私の唇は知らない。
「………んんっ!」
そう物思いに耽っている合間にも、彼から浴びせられるのは甘く熱いキス。
おやすみの、ではなくて。眠れなくなりそうなキス。
「怒っているのなら、全身全霊で詫びよう。どんな望みでも言っておくれ」
どんな望みでも、君の機嫌が戻るなら。
彼に言われて、さあどうしようかとあかねは頭を捻る。

ちょっと意地悪なことを言ってみる?
それとも、普通の恋人みたいにデートに連れてってもらうとか?
でも、そんなの今更だよね。
今までだって、休みがあればどこかに連れ出してくれていたし。
肩を抱きながら、友雅はこちらの様子を伺っている。
けれどさっきみたいな悪戯めいた顔はなくて、微笑みながらも真っ直ぐ真摯な眼差しを向ける。
あかねは自分から手を伸ばし、彼の胸に顔をうずめた。
とくん、とくん、心臓の音が頬に伝わって、そのリズムがあかねの心音にシンクロしてゆく。

……私には友雅さんみたいに、相手の心を見抜く力はない。
でも、友雅さんが包み隠さず私を見てくれているのは、痛いくらいによく分かる。
悪戯半分にキスなんか仕掛けて…。
それはちょっと面白くないけれど、今はもうどうでもいいや、と思ってしまう。
理由は…こんなにも好きになってしまったから。

「じゃ、ずっとそばにいてくれますか?」
自然に飛び出した、それはあかねの真実の言葉。
「お詫びなんていらないですから。そのかわり、友雅さんと一緒にいても…良いですか…?」
ぎゅっと強く、あかねは友雅にしがみつく。
離さないでくれ、という気持ちが彼に伝わるように、強くしっかりと。

「手に入れることが出来た愛する人を、手放せるわけがないだろうに」
声が聞こえたあとで、ゆっくりと友雅が覆い被さってきた。
身体に熱が沸き上がる。
内部から、外部から、汗が噴き出るような熱いもの。
それらは甘くて、痺れるような感覚で脳までもを侵食していくようで、自分を見失ってしまいそうになる。
でも、それは彼の愛の証。
彼が何度も口にしてきた、たった一人の想い人へ込められた情熱の全て。
一生その人しか愛せないとまで言い切った、その想いが…こうして形になって現れている。

……あれが、私のことだったなんて……。
彼にそこまで愛された女性を、心底羨ましいと思った自分。
だが、その女性こそが自分であったと知ったときの、衝撃と歓喜を忘れられない。
溢れ出す眩しい光。そして、涙が零れるほどの至福感。
嘘じゃないか?と思った。
思い描いていた心が、まさか届くとは思っても見なかったから。

それでも信じたくて。
その嬉しさを手放したくなかったから、流れるように自然に愛し合って。
全身で、彼の想いを味わいたかった。
………今みたいに。

-------------ああ、幸せだ…私。
身体が分かり始めている。彼が、こんなにも愛してくれていること。
繋がり合うぬくもりから流れ込んでくる、友雅の心に降り積もった感情。
誰よりも近くで護ってくれた、それだけでも感謝しているのに、こんな想いまでもを私に与えてくれる人。

「友雅…さん…」
滲む涙は、経験したての刺激のせいじゃなく、彼が自分を愛してくれていることへの喜び。
そして、この想いを受け止めてくれたことへの…喜び。

ゆっくりと夜が明けてゆく時間に合わせ、心を露わにして。
意識が睡魔に抑え込まれてしまうまで、そんなひとときは続いてゆく。



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Megumi,Ka

suga