Kiss in the Moonlight

 Story=33-----03
屋敷の規模は小さいため、庭園から館内に戻るまでの距離はそれほど長くない。
深い緑の垣根を掻き分けて、彼女のドレスが引っ掛かったりしないように、身を寄せて歩いた。
「友雅さん、あの…さっきの失恋の話って…」
「ああ。哀れにも、そういう結果になってしまったみたいだよ」
歩きながら、さほど堪えていないように平然と、友雅はあかねの問いに答えた。
もう吹っ切れてしまったんだろうか。
いや、そんなはずはないだろう。あんなにも想いを募らせていた相手なのだ。
「どうやら彼女にとって私は…そういう対象じゃないみたいだよ」
苦笑いとも見える笑みを浮かべ、彼は言う。

友雅は、女性に絶大な人気がある。
三年前に王宮に召された時、彼が自分を護ってくれる人だと言うと、それこそ耳にタコが出来るほど羨ましがられた。
女中だけではなく、女学士や巫女、そして宮中の町に住む一般の女性さえも、口を揃えて同じように言った。
それは、今現在も変わらない。
そんな彼なのに、恋愛対象に出来ないとはっきり言ってしまう女性。
どうして言えるんだろう…。私だったら、絶対に言えない。
あかねは彼のそばで、そう自分に言い聞かせる。

館の明かりが近付き、二人はテラスに上がった。
彼に手を取ってもらいながら、中に向かおうとすると、ぽつりとつぶやきみたいな声が耳をかすめた。
「一番近くにいるだけに、その事実を知らされると…ちょっとだけ辛いけども、仕方ないね」
えっ?
顔を上げると、すぐにホールの喧噪が包み込んで、友雅の声もかき消された。
まるで空耳だったように思える、今の言葉。
だがあかねは、しっかりと耳に残った。

…一番近くにいる?
友雅の一番近くにいる女性って。
彼がいつもそばにいる女性って。
待って、それって、その人って--------------!
心が逸る。心音がどんどん早まって、鼓動が激しくなる。
自分の勝手な、自己満足的な想像かもしれない。
でも、それでも、もしかしたらと。


「お楽しみのところ、そろそろ今夜の晩餐会も閉幕の時間が近付いて参りました」
壇上に目をやると、祭司たちと王族が揃って立っている。
急にぐっと友雅に手を握られ、急いでそちらへと向かった。
新・上級巫女のお披露目会とも言える宴は、穏やかに賑やかに幕を閉じる。
その中であかねの心は、これまでにない揺れ動きに対し、落ち着きを取り戻せなかった。





長い長い一日が終わる。
疲れているはずなのに、目が冴えてしまっていて眠れそうにない。
「今夜はゆっくり休むんだよ。明日は一日お休みだから、明後日以降に備えてのんびりすると良い」
気を落ち着かせるため、継承儀式の翌日はまるまる休日である。
心身をリセットし、新たな生活を始動するための休息日と言って良い。
「これからまた大変だけどね、私はずっとそばにいるから。遠慮なくいつものように頼っておくれ」
部屋の前まで送り届け、彼女の頬を優しく撫でる。

「おやすみ」
「…おやすみ…なさい」
そうしていつものように、目を閉じて、少し背伸びして…唇を重ねる。
信頼の証、それだけのキス。
それだけじゃなくて、もっと甘い口付けが欲しい。
もしも彼が、もしもあなたが----------あなたの心に、私が触れられるのなら。

「じゃあね」
あかねの部屋のドアノブを引き、開けたドアの向こうに彼女を入れる。
こうして友雅は、いつも彼女が部屋に入ったのを確かめてから、自室へと戻るのだった。



薄暗い部屋に戻ると、今日の疲れがどっと出て来た。
彼女を上級巫女にするこの日のために、ずっと三年も誠心誠意を捧げて来た。
だが、よりにもよってその当日に…失恋してしまうとは皮肉なものだ。
近付き過ぎたのかもしれない。
親しくなり過ぎて、恋に発展しないところまで来てしまったのかも。
「何だかねえ…」
タイを外し、シャツのボタンを外す。
胸に掛かるインタリオのペンダントが、窓から差し込む月光に反射して輝いた。

明日は休みなのは、丁度良い。
この機会に、気持ちを切り替えなくては。
そう考えながら、シャワーでも浴びようとドアのロックを掛けようとした時。
コンコン。ノックする音がした。
友雅は外を確認せず、すぐにドアを開けた。
外にいるのが誰なのか、彼だけは確実に分かる人だったから。

「どうしたんだい?何か確認することでもあったかい?」
「いえ、あの…ちょっとだけ友雅さんとお話したくって…。ダメですか?」
彼女はまだ、晩餐会のドレスのまま。
せめて着替えくらいさせてやりたいが、のんびりした雰囲気でもなさそうな。
「良いよ、お入り。明日は休みだからね、遅くまで付き合うよ」
あかねを部屋に入れ、ドアを閉じる。
入口にあるスイッチを付けると、薄暗かった部屋が優しいオレンジの明かりに包まれた。


ミルク多めの熱い紅茶を入れ、ソファに座るあかねの前に差し出す。
一粒だけバニラを垂らして、ほのかに甘い香りを添える。
「それで、どういう話に付き合えば良いのかな」
彼女の向かいに腰を下ろし、友雅は会話に受け答える姿勢を整えた。
あかねは何度か紅茶をすすり、それでもなかなか口を開く気配はなかったが、カップの中身が半分ほどになった頃、それをテーブルの上に戻して顔を上げた。

「と、友雅さんが好きだった人のこと…知りたいんです」
やっと言えた、という安堵感のような顔。
しかしすぐにまた表情は、緊張の面持ちに戻った。
「私の好きだった人。つまり、私がふられた相手のことを、あかね殿は知りたいのかい」
「…はい」
「どうしてだい?君には直接関わることではないと思うけどね」
-------関わるどころか。
それが君自身であることに、気付いていないだろう。

「それとも、陛下に言われたから、慰めに来てくれたのかな?」
慰められるのは君しかいない。
確かにそれは、真実だが。



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Megumi,Ka

suga