Kiss in the Moonlight

 Story=33-----02
外も随分と冷え込んで来た。
ホールはまだまだ宴もたけなわのようだが、そろそろ彼女のところへ戻った方が良いだろう。
自分が席を離れている間は、多分鷹通たちがあかねをフォローしてくれているはず。それほど困った事にはなっていないと思うが。

一人で夜風に身を浸し、少しだが気持ちは晴れたように思う。
この恋に見込みがなくとも、ずっと彼女のそばにいられることは変わらないのだから、それを幸いと思うしかない。
割り切ってこれからも、彼女に付き添いながら生きるしか道はないのだ。

カサッ。
噴水の縁から立ち上がって、館内に戻ろうとした友雅の前に、近付く足音と共に威厳のある輝きが現れた。
すぐに彼は胸に手を置き、その場に深く腰を折る。
「そなたの姿が見えないと思ったら、こんなところにいたのか」
「申し訳ございません。勝手に館を出てしまいまして」
「構わんよ。今は皆気ままにやっている。あかね殿も…皆と一緒にいるから安全は保たれている」
王が肩を叩くと、友雅はゆっくり腰を上げた。
目線が均等の位置になる。これで少しは、崩れた会話も出来るようになった。
側近とは言っても、彼が即位する前からの長い付き合いである。
公的な場所でなければ、割と肩肘張らぬ話も出来る仲だ。
それ故に、王自身も友雅の変貌には気付いていた。

「浮かない顔をしているな。珍しいものだな、おまえがそういう顔をするとは」
「そんな風に、見えますか」
「ああ。まるで…恋に破れたような、憂いのある顔をしているぞ」
恋に破れたような顔。
なるほど、皇太子にでもさっきの話を聞かされたのだろう。
「昔のおまえを思うと、今が信じられんな」
友雅は苦笑しながら、王の言葉を受け取っていた。

「何故、あかね殿の心を探らないのだ。おまえなら、それくらい出来るだろうが」
透視とか読心力とかいう特殊なものとは違うが、限りなくそれに近い読みの鋭さを友雅は持っている。
王だろうが何だろうが、よほどの相手でなければ心理を見抜くのは容易いはず。
ましてやあかねに関しては、彼だけが彼女の気を感じられる。
やろうと思えば、自分をどう思っているかくらい、簡単に分かるのだ。
「それは、禁忌とされているでしょう」
「確かにそれはそうだが、例外というのもあるだろうが」

"相手の承諾無しに心を見抜くことを禁ずる"。
友雅が、護る者として選ばれた時に受けた天啓のひとつ。
心理は見抜いても、私的な理由で彼女の心を探ってはならない。
彼にその力があるために、特別に設けられた規則だった。

「おまえはそれを、私的な理由だと言うのだな」
「当然でしょう。恋というものは、個人的な感情ですから」
だから、彼女の心を探らない。
真実として受け取るのは、彼女からの言葉だけだ。
そう信じている友雅に対し、王は不思議な問いを投げかけた。
「それならば、もしもあかね殿が恋をしたとして。その相手の心を彼女が知りたいと思ったとしたら、おまえは力を貸すか?」
一瞬、友雅は答えに迷った。
力を貸す、というのが正論だろう。それはよく分かっている。
けれど、どこか納得出来ないものが自分の中にあって、素直に引き受けられない戸惑いがある。
「……彼女が、そうして欲しいと望むのであれば、構いませんよ」
「そうか。表向きは、そう答えるだろうと思った」
予想通りの応答だったと、王は笑いながら彼を見た。

噴水の水面に、月が映し出されている。
飛沫のおかげで形は崩れているが、その黄金の輝きは失われていない。
「なら、彼女のためにも一度、心を覗いてやると良い」
「……?誰の心を、です?」
手のひらを水に浸し、ひんやりした感触を楽しみながら王は言う。
「あかね殿の心をだな。それと、おまえ自身の心もだ」
すくいあげた手の中の水にも、空の月は映る。
遠い空の果てにあるように見えるものも、もしかしたらこんな風に簡単に手に入れられる可能性も、あるかもしれない。
「そう思わないか、友雅」
ぱしゃん、と噴水に戻した水は、輪を描いて跡形もなく消えた。

「ほんの少しだけなら、心に触れても構わん。王の私も、そして…龍からもそれは許可を得た」
……何だって?
龍から許可を得たとは、どういうことだ。
いつのまにそんな展開が、知らないところで進んでいたのだ?
さすがに驚いた友雅だったが、王は詳しい事は言わずに微笑むだけである。
「あかね殿にそなたの本心を------------」
そう王が言いかけたとき、突然友雅が指を立てて声を潜めた。

どこかから、足音が聞こえる。
王には気付かないが、友雅には分かる小さな足音と、特別な気。
こちらにやって来る。もう少しで、その垣根のあたりに到達するはず。
「あ、友雅さ…っ、へ、陛下!」
ようやく友雅を見つけて、駆け出そうとしたあかねだったが、そこに王の姿を見つけて慌ててひれ伏した。
「ああ、あかね殿。ちょうど良かったよ…。傷心している友雅を、どうか慰めてやってくれないか」
「しょ、傷心?」
いきなりそんなことを言われたあかねは、すぐに友雅の顔を見た。
さっきも皇太子から"もの憂げな顔をしていた"と言われていたし。
傷心って、一体何があったのか。

「哀れにもこの男はね、失恋をしてしまったらしい」
…失恋?友雅さんが?
「かなり想いを込めていた相手だったようでね。その分、心の傷も深いようだ」
「陛下、あかね殿を困惑させないて下さいますか」
とは言っても、王は友雅の声など聞く耳も持たない。
そして友雅の背中を軽く押して、あかねの元へと差し出す。
「話し相手にでも、なってやってくれるかい、あかね殿。そなたなら慰めてあげられると思うのでね」
友雅の顔を、あかねは見上げる。

もしかして失恋…って、彼が好きだといったその人のこと?
でも、急に"失恋した"だなんて言い出すってことは、もしかしたら王宮内にいる誰かが…彼の心の相手なのだろうか。
いろいろな想いが交錯して、あかねは自分がどんな表情をしているのかも分からなかった。
「行こうか。そろそろ夜露が落ちて来るからね、冷えると身体に悪い」
何もなかったように、友雅はあかねの肩を抱く。
そして二人揃って王に深く礼をしたあと、館に向けて歩き出した。


……もう一息なのだがねえ。
これは上級巫女になるための三年よりも、かなり手こずってしまったようだ。
「ですが、あと一歩ですよ、陛下」
庭の奥の方から顔を出したのは、皇太子と彼の未来の妻。
「しかし友雅が、こんなにも本番に弱いとは思わんかったよ」
「それだけ彼にとって、特別な相手なのでしょうね」
護りながら、愛情を注げる無二の人。
それはつまり、運命というものが繋げた絆でもある。



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Megumi,Ka

suga