Kiss in the Moonlight

 Story=03-----01
「実は町を出る時に、この先の村から来たという男に、声を掛けられまして。」
頼久と詩紋は、町を発つ前に会った男の話を始めた。

男の故郷は、この山を越えた山間にある小さな村。
決して豊かとは言えないが、人々はそれぞれに牛や農作物を育てたりしながら、それなりに穏やかな暮らしを営んでいた。
「その村は、古くから妖精に護られた土地だったそうです。」
妖精信仰?あまり聞いた覚えが無い風習だな、と誰もが思ったが、そういう知識には誰より長けている者がいる。
「ごく少数ではあるが、そういう土地は存在する。大体がその村のように、山間部の小さな土地が多いのも特徴だ。」
「へえー、そうなんですか。知らなかった…。」
泰明の話に、感心しながら詩紋はうなづいた

「しかし、10年ほど前に村に流れて来た呪い師が、森で妙な術を試したそうなのです。それが失敗だったのか分かりませんが、以来見たことも無い獣が村に下りて来て、たびたび家畜や人を襲うようになったらしいのです。」
日々の営みの糧を踏みにじられ、中には自身まで傷付けられて。
そんな村人たちを救おうと、守り神であった妖精は自らを人柱にして森に入り、獣に捕らえられてしまったのだと言う。
「そんな、可哀想…」
小さな妖精が村のために、身を投げ出して護ろうとしたなんて。
お伽話でしか知らない、あの可憐な妖精の姿を思い浮かべたあかねは、痛々しくて胸が詰まった。
「おかげで獣は、村には下りて来なくなりました。ですが、妖精がいなくなったために空気が乱れ始めたのか…豊かだった作物も実りが減り、生活が出来なくなった村人は、他に移ってしまったそうなんです」
話しかけて来たその男も、本当ならば村に留まっていたかったが、農作物も採れ難くなった今、家族のために町へ出稼ぎに来るしかないと語った。

「森に入って、獣から妖精を取り返そうとした者もいたらしいですが、誰ひとり…戻ってきた者はいないそうです。」
それ以来、誰も森に入る者はいない。
村はひっそりと静まり返り、細々と暮らす者だけが残って、日々物悲しい雰囲気を深めている。
わずかな子供たちや女たちも、獣がいつ下りて来るかを恐れて、殆ど外にも出られない状態らしい。
「だからその男の人は、頼久さんの剣を見て、もしかしたら助けてくれるかも、と思って声をかけたんですね」
あかねは、頼久の剣を見て、そう言った。
剣に優れた者は、その手が剣に触れた時に、強い気を全身から発することがある。
もしかしたらその男は、頼久の気を感じ取ったのかもしれない。
…彼なら、あの獣に立ち向かえる力があるのではないだろうか、という直感で。

「あかね殿、思っている事を言ってごらん」
「え?」
友雅に背中を叩かれて、あかねは驚いたように顔を上げた。
「その村に行ってみよう…って、そう言いたいんじゃないのかな?」
彼に心の中を見通されてぎくっとすると、今度は周りにいるみんなの顔を見て、またぎくっとした。

"何てことを考えているんだ!"
誰もがきっと、そう言いたげな表情。驚いたような、苦々しいような。
……でも、頼久の話を聞いていたら、このまま見過ごすなんて、そんな気にはなれなかった。
「だって…その人は、見ず知らずの頼久さんに、真剣に頼んで来たんでしょう?それだけ村の状況は、切羽詰まっているってことじゃないですか…」
「あのな、おまえ分かってる?さっき言っただろ?森に入って帰って来たヤツは、いないんだぜ?」
天真はもう一度、頼久が言った話を繰り返した。
勇気を振り絞って、村の仲間や家族が穏便に暮らせるため、立ち向かって行った彼らの心は、脆くもそのまま消えた。
しかも、それは一人ではない。
「頼久だって不死身じゃないんだぜ?こいつの性格だから、助けたいのはやまやまだろうけどさ…」
「最悪は免れても、頼久が怪我を負った状態で、もしものことが起こったら…」
あかねに危険が迫ったとき、一人でも手負いがあっては、力不足になってしまう。
永泉も、その時のことを恐れていた。


「まあまあ、ちょっと私の話を聞いてくれるかい?」
もやもやした空気を、友雅が手刀で割くように話題に入って来た。
「彼女だって、頼久をそんな危うい目に遭わせたいなんて、これっぽっちも思っていないよ。ただ純粋に、不憫な運命に流されるしかない村人たちを、何とか救いたいと思っているだけだ。」
友雅に言われなくても、それくらい分かっている。
生まれついての素直な心に加え、上級巫女という立場の尊さと、それに付随する暖かい慈愛の心を持つことの重要さを、彼女はこれまでに学んで身に付けた。
だから、見知らぬ村人たちのことも、見過ごすことが出来なかったのだろう。

「とにかくその村に行ってみて、話を聞いてから判断しても遅くはないと思うよ」
「村人に直接話を…ですか」
永泉と鷹通は、友雅の発言を聞いて思案した。
「どっちみち…頼久、君だって気にかけていたんだろう?」
頼久が顔を上げてみると、友雅がこちらを見ている。
「その彫像を持って来たということは、おおかた…こっそり自分だけで片をつけようとか、思っていたんじゃないのかな」

……見破られているな、やはり。
彼がここにいる限り、自分の中に隠し通すことは無理だったか。
口をつぐんで、頼久は再びうなだれた。

「だったら、なおさらです!頼久さん一人だけでそんな所に言ったら、それこそ危ないじゃないですか!」
続いて声を上げたのは、あかねの方だった。
「頼久、おまえ本気で…一人で何とかするつもりだったのかよ?」
「……申し訳有りません。」
天真に肩を叩かれた頼久は、皆に向かって頭を下げる。
「私も皆も、そしてあかね殿も、君の身を案じているんだよ。一人で片付けるよりも、力は多ければ多いほど安全じゃないか?」
そう言った頼久の隣で、心配そうなあかねの目がこちらに向いている。
大切な旅の途中である彼女に、こんな顔をさせてしまうなんて…失態だった、と頼久は軽く自己嫌悪に陥った。

「ともかくさ、現地調査が一番だと思うぜ?ここであーだこーだ言っても、仕方ないじゃん」
小刀の手入れをしながら、イノリが言ったあとで鷹通もうなづく。
「そうですね。では…出来るだけ先を急ぎましょう。」
遅い時間に家を尋ねても、村人たちに警戒されてはね除けられそうだ。
少し馬車の速度を早め、今日の宿泊地に向かってあかね達は進み始めた。


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昨日の町とはがらりと変わって、山間の村はとても小さかった。
観光地でもないここには、宿なんてものも存在しない。
仕方なく村長に掛け合った末、客人を受け入れてくれる家を紹介してもらった。
「悪いねえ。一人一人の部屋までは余裕がなくてね。」
「いいえ、とんでもありません。滞在させて頂けるだけで光栄です。」
部屋に案内してくれた主人に、永泉は深く頭を下げた。

酪農が中心のこの村で、一番大きな牧場を営む家。
その分従業員も、あちこちの村や町から多く雇っている。
しかし、幸い今は閑散期であるために、従業員は里帰り中。
丁度彼らの部屋が空いているので、それらを提供してくれることになった。

二段ベッドが2つずつの、4人部屋が2つ。
お世辞にも広いとは言い難いが、野宿するよりはずっとマシだ。
それに、一番気にかけていたあかねの部屋は、嫁いだ娘の部屋を貸してくれると話もついた。
「豪勢なものはないけど、母屋に食事を用意させるから。あんたたちも落ち着いたら、来ると良いよ。」
「あ、それじゃ僕も手伝います。お屋敷では厨房係をやっていたので、料理は得意なんです。」
「そうかい?じゃ、今日は久々に人数が多そうだし…手伝ってもらうとするかな」
詩紋の申し出を快く引き受けると、主人は詩紋を連れて部屋を出て行った。



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Megumi,Ka

suga